ARARA - 21-52

FLOWER COMMUNICATION
 (C) Copyright FLOWER COMMUNICATION. All Rights Reserved.
雲景のあららARARA
52ページ
あららARARA Web劇場ー名前の検索


2011年3月11日 PM2:46分。
三陸沖を震源とする国内観測史上最大のM9.0の地震が発生した・

日本の東半分が壊れてしまった惨事がおきてからのメディアは、「未曾有の」、「未曾有の」 と、
未曾有という言葉をつかう事しか表現のしようがない地震津波の災害報道に明け暮れていた。
誰しもが胸がつぶれる思いで、テレビに釘付けになったり、新聞を読んでいる。

テレビの画面では、高台に逃げ延びた人々が、津波を見下ろしていた。

津波は、海面の水位をあげて陸地に登ってくる。海が海ごと陸地に上陸してくる凄まじさを
初めて見た。陸地に侵入した津波は、逃げ遅れた村人たちを呑み込む。
濁った渦の中には家が一軒浮いたまま流れていた。あの家の中には、思い出が沢山詰まって
いるのでしょう。宝物のように大切にしている物もあるはずだ。すべてが消えてしまう。

「これが現実なのよ !」
高台に逃げた女の人の悲鳴が、耳に突き刺さった。

これが現実なのよ、と声を発しても、これから始まる苦難にまで、その時は考えが及ばないで
しょう。居間のテレビの前の安全地帯で、他人の不幸の映像を見ている自分が後ろめたかった。

救われたのは、避難所に逃げた人々が、二・三人づつテレビの画面に順番に出てきて、
「○○ちゃ〜ん、元気ですか ? こちらは元気ですから安心してくださ〜い」
県外の身内や子供たちに呼びかけていた。
避難した人々が、安全地帯にいる身内を安心させようと、精一杯の笑顔をみせている。
東北の人々の気質にふれて、胸に込み上げてくるものがあった。

農業や漁業で自然とともに生活してきた人々の、日焼けした顔が神々しくみえる。
嵐や雪や、冷害や干ばつに見舞われても、自然の変化に順応して、五穀豊穣や大漁の祈りを
天に捧げてきた人々の強さがそこにあった。

いけばなで、自然を大切にしましょうと、唱えている自分が甘っちょろく感じる。
500年も600年も続くいけばなの歴史の中で、各流派がお互いにしのぎを削っている人間の
する事だから色色な事件があったであろうと想像がつくが、過去のいけばな人にはWebは
なかった。それ故に、SS流の不正侵入は、件数においても今までに遭ったことが無い
歴史的事件とも位置づけられる。
東日本の地震津波が未曾有であるならば、SS流の検索侵入も、いけばな界では未曾有だ。
Webが一般に浸透していない時代には、決して起こりようがなかった事件である。

地震津波は、天災だ。
SS流の不祥事や、その後に起こった福島原子力発電所の事故は、人災だ。
SS流には、自分の流派が犯している現実を謙虚に見つめてほしい。
恥ずべき未曾有の不正行為を自覚してほしい。

3月の勉強会は25日に決まっていた。東日本の惨事が起こってから、2週間後の予定である。
3月16日に連絡係りから、

 >このような状況が続いている中、中止若しくは延期したらどうかと考えています。

メンバー全員の意見を求めるメールがはいった。


                                続く(編集未完)
どる
づく