哲学の小径
三木清の記念碑が並ぶ林の中を延びる小道で、西田幾太郎の哲学の道にちなんで作られ、童謡の小径の下をほぼ並行して延びている。
三木清
1897年龍野市生まれの哲学者。
一高時代、西田幾多郎の「善の研究」に強い感銘を受け、京大・哲学科に進んだ。法大教授になった頃から独自のマルクス解釈を展開、マルクス主義を哲学として理解する「唯物史観と現代の意識」を出版して、日本思想界に衝撃を与えた。評論活動のかたわら「岩波新書」立ち上げに尽力、更に近衛文麿の政治集団「昭和研究会」に参加、指導的役割を果した。主著「哲学ノート」他多数。
1945年治安維持法の容疑者を匿った容疑で検挙され、獄中死。
たつの市は姫路の北西に位置し、龍野藩5万三千石の城下町で、清流・揖保(いぼ)川と原生林・鶏籠山に抱かれた静かな風情の街は播磨の小京都と呼ばれ、素麺、醤油の街としても名高い。龍野公園には三つの小径、「童謡の小径」「文学の小径」「哲学の小径」があり、一時間ほどの散策が楽しめる。
司馬遼太郎が「街道をゆく」シリーズの「播州揖保川・室津みち」で、樽を叩く音と琴の音が響く静かで、詩人三木露風の名残が強い街と書いている。
三木清の哲学碑
清のレリーフと「人生論ノート」の中の怒りについての碑(義人とは怒れることを知れる者である)
露風の立像
文学の小径の中ほどに半円形スペースを設けて、
飾ってある。
文学の小径
桜並木の閑静な道。左の赤レンガの壁に露風のレリーフと「赤とんぼ」の歌碑が飾ってある。
野口雨情作詞「七つの子」歌碑
歌碑材料は作詞者出身地の小豆畑石である。
童謡の小径の途中
曲がりくねった坂道の途中に童謡の歌碑がある。
童謡の小径入り口
赤とんぼ荘の正面にあり、直ぐ石畳階段がある。
文学の小径
三木露風のレリーフと銅像が建つ桜並木で、下方には武家屋敷が残っている。
三木露風
1889年龍野市生まれの詩人。
小中学生時代から詩や俳句、短歌を新聞、雑誌に寄稿、17歳で処女詩集、20歳で代表作「廃園」を出版するなど早熟の天才と言われ、北原白秋の「邪宗門」と並び称され「白露時代」を築いた。
1918年頃から鈴木三重吉の赤い鳥運動に参加して童謡を手がけ、童謡集「真珠島」を出版。この中の「赤とんぼ」は山田耕作の作曲で広く知られるようになり、「秋の夜」、「かっこう」、「十五夜」、「春が来た」、「野薔薇」も山田耕作の作曲である。
1964年交通事故で死去。
国民宿舎・赤とんぼ荘
三つの小径を散策する拠点として最適の場所にある。
J文学の小径 --- 赤とんぼ荘から徒歩10分
M童謡の小径
O哲学の小径
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露風のレリーフ
文学の小径入り口の左手にある。
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童謡の小径
昭和53年に「童謡の里」宣言をして全国から好きな童謡を募集し、上位7曲の歌碑を白鷺山に設置、前に立つとそのメロディが流れるようにしている。歌碑は作詞者出身地の石が使用されている。
| 曲名 |
作詞者 |
作曲者 |
| 里の秋 |
斉藤信夫 |
海沼実 |
| 夕焼け小焼け |
中村雨紅 |
草川信 |
| 七つの子 |
野口雨情 |
本居長世 |
| ちいさい秋見つけた |
サトウハチロウ |
中田喜直 |
| みかんの花咲く丘 |
加藤省吾 |
海沼実 |
| 月の砂漠 |
加藤まさお |
佐々木すぐる |
| 叱られて |
清水かつら |
弘田竜太郎 |
哲学の小径
童謡の小道入り口の直ぐ左が哲学の小道の入り口。
京都の哲学の道のような水の流れは無い。
兵庫県たつの市(龍野市) 撮影:H20.7.8
山陽自動車道)龍野ICから29号線を北進し富永交差点を左折して179号線に入る。揖保川の龍野橋を渡って龍野図書館の先を左折して標識に従って白鷺山公園を目指せばよい。駐車場は市民グランドの周りに多数あり、赤とんぼ荘の前にもある。