2018年   5月 20日   聖霊降臨祭(ペンテコステ) 


      
聖書 : 使徒言行録     2章  1~21節

      
説教 :  『 希望はどこから 』     後藤 由起 牧師 


 イエス様の弟子たちに聖霊が降った出来事は、
旧約聖書の預言者ヨエルの言葉の実現であったと記されています。
ヨエルが活動した時代、イスラエルは未曾有の大災害のため大きな被害を受けました。
今日明日の生活もわからず、まして先のことなどとても考えられないような中で、
人々は預言者の言葉に耳を傾けたのです。
ヨエルは神様が「霊」を注いでくださるとき、
人々が再び将来の希望を抱くことができるようになると告げました。

 その約400年後、
ヨエルの言葉は、イエス様の十字架という試練を経験した弟子たちの現実となりました。
ここで重要なことは、聖霊が降った時 
「一同は一つになって集まっていた」 
ということです。
これは日曜の礼拝です。
こうして集まり祈り続けた時に、預言者ヨエルの告げた出来事は本当に起こりました。

 ここで、聖霊に満たされた弟子たちが世界中の言葉で話し出した内容は、
「神の偉大な業」 
についてであったと書かれています。
つまり、この時から今日に至るまでキリスト教会が語り続けることになる福音の内容そのものです。
聖霊を受けて何か特別な超能力を備えられたというより、
主イエス・キリストこそ救い主である ということを語り始めたということが強調されています。
そしてこのペンテコステの日以来、いまに至るまで二千年以上も、
ある希望がキリスト教会の中に生まれました。
それは、
イエス・キリストを主と信じる者が次々に起こされるようになったということです。 

 では私たちの教会はどうでしょうか。
この出来事は私たちにも起こります。
まず大事なことは、弟子たちのように礼拝を守り続け、一つになって祈ることです。

主の御名を呼ぶ者は皆、救われる(21節) からです。

その時、神様は私たちに聖霊を注いでくださいます。
この霊が注がれるとき、
私たちは癒しと慰めをいただき、イエス様の出来事を伝え続けます。

確かに、人々の中には冷ややかな反応をした人々もいました。
教会の伝道はいつも試練の連続です。
しかし礼拝を守り続けるとき、
次に私たちに必要なことは将来の計画を抱くことです。
それを起こさせるのが、聖霊の働きです。

 弟子たちは聖霊を注がれることによって隠れることをやめ、
宣教を始めました。
ペンテコステが教会の誕生日であるといわれるのはこのためです。
建物に鍵をかけていた弟子たちは、
社会とのつながりを求めて出かけていきます。
私たちキリスト者は、
聖霊を注がれることによって宣教し続けるのです。

ペンテコステの出来事が起こったとき、周りの人々は驚いてこういいました。
「話をしているこの人たちは、みなガリラヤの人ではないか。」
これは、イエス様が会堂で教えられた時に、人々が
「これはヨセフの息子ではないか」
と驚いたのと同じです。

小さな村の、普通の人々。
小さな教会です。
しかしながらそこに聖霊が注がれたとき、
弟子たちは大胆に、神様のわざを伝え始めます。
今、私たちの教会にも、
聖霊は同じように励まし、力づけてくださっています。
イエス様の言葉を伝えるための、将来の希望、夢。計画。
それをいだかせてくださる聖霊が私たちに注がれています。

主の御名を呼ぶ者は皆、救われる。

私たちはこの言葉に大胆に信頼して、
ペンテコステを祝い、今週を歩んでまいりましょう。


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