川棚温泉物語5-2へ
川棚温泉物語  
(1)二本のふんどしが牡犬にかえた

 先生が岡山に帰ってしまうと、一見静かな生活が訪れたようだった。秀明館の宿泊客も二月になると正月の三分の一以下に減り、私が按摩するのは夜間のそれも十一時頃までの三、四時間に限られ、体がずっと楽になったのである。
 そうなると彦太郎も以前のように私の部屋に訪れるようになったのだ。そして、私の部屋に来れば私の口や尻に精液を吐出してそそくさと帰るのだったが、私の心や体は以前のようにしっくりしなかった。
 私は岡山の先生のような百パーセントタチの男だけを望んでいたし、先生の前で女になって泣いた彦太郎が何となく男でなくなった気がするのだ。

『この世界では、ウケとタチは紙一重なんだ。そしてどちらかといえば、ウケの方が快感が深いんだなあ』彦太郎は私に自分のものをくわえさせ乍らよくこのように言った。
 私はその言葉をきき乍ら、彦太郎の誠実な私に対する気持が理解出来たので、あらためてこれからの私の人生を彦太郎に捧げようと決心した。然し、そう思う反面、何時か見た大将に抱いて貰いたいと思ったり、一日も早く岡山の先生が来てくれないものかと思いこがれて過した。

 川棚温泉では、一月の終りに珍しく三十センチを越す積雪があり、二月になって又雪が積った。そして二月下旬春一番が吹き、三月になって間もなくあれ程待ちこがれていた、岡山の先生が秀明館にやって来た。
 彦太郎は平常先生のことは何ひとつ語らなかったが、先生が来ると決まった日から何となくそわそわして落着きをなくしているようだった。この前の二人の激しい交情から察すると、私とこの間柄になるずっと以前から彦太郎とは出来上っていたと思われた。
 それならば彦太郎は私の夫でありながら、先生をはさんで恋仇である。そんな関係は嫌だと思う。

 昼前秀明館に到着した先生が、私を呼んだのは午後七時を過ぎていた。八時間近い時間を一体どこで過したのかと深い疑惑を持ち乍ら、私は先生の部屋で、飢えた牡犬のように彼の全身を舐め、股間のものを揉み舐めて痴態の限りを尽して過した。
 ニヶ月ぶりに見る先生の顔や体は、六十二歳とはとても思えない昂ぶりを見せて私を満足させてくれたけれど、何故か先生の全部を独占出来なかったような悔が残った。それは説明出来ないが、先生のちょっとした仕種や言動が私の心の隅にひっかかり、それは世界中で最も好きな人だけに、どうにもすっきりしないのだ。

「岡山では現役の医者だから、こんな遊びはまるっきり出来ない。だから精液は適当に自分で出すか、家内に注いだりするんだが、何時でも飢えてるんだ」

 先生はこんなことを言い乍ら、事実なつかしい巨根をかちかちに勃起させて、私の口の中や尻の穴の中で黒紫色にぬめり乍らとめどなく苦味のきいた先走液を流し続けたが、ついに私の最も欲しい精液を噴出しなかったのである。
 そのことをなじると、先生は、もう年だからそんな元気はないよと答えるのだったが、私の手に握られた先生のものはグロテスクな程巨大で、どこかを押せばうなりながら盃一杯位の濃い精液を吹き出しそうだった。
 私は先生の巨根を見ながら、私との情事等較ぶべくもない程の、素晴らしい情事が私の知らない所で行われ、その強い快楽を期待しながら燃えくすぶっているのではないかと思った。

 私は何とも言えない不安を感じた。彦太郎にも先生にも棄てられるのではないかと、ふと思った。今、先生に棄てられたらとても生きて行けないと思う。

 その夜、私はニケ月ぶりに先生に抱かれ、先生が眠ってしまうと彼の股間に入って巨根を口に含んで過した。二、三ヶ月に一度の機会だから、寸時を惜しんで先生の体にまとわりついて過すつもりだった。然し、不覚にも昼間の疲れでついうとうとしたようだった。 現実に帰って、先生の体が布団の中にいないことに気付いて時計を見た。やっと十二時を過ぎたばかりである。

 こんな夜更け、いったい何所に行ったのか。便所等探しても彼はどこにもいなかった。やはりそうだったのか、だから私の一番好きな精液を一滴も飲ましてくれなかったのだ。私は悪い予感がして、後悔と不安、期待と失望に責められた。にもかかわらず、根がひどく好色な私は、何となく寝間の先生との会話を思い出していた。

「今日は本田さんも、この旅館に来ている」

 先生は私に出会うとすぐこう言ったのだ。

「本田さんって誰ですか」

 私は問い返した。

「五郎はまだ知らないのか、本田は大将のこれだよ。いい男なんだ」

 先生は、ずんぐりした小指をたてて見せ、それからこう言った。

「大将が惚れるだけあって、本田さんはいい顔しているよ。勿論体もいいぞ、ああいうのって俺好きだよ」

「じゃあ、大将も来ているんですか」

「勿論だよ、本田さんは今、大将の寵愛を一身に受けているんだ」

「見たいですね、まだ見たことがない」

「そうか、見ようと思えば今日はきっと見られるよ。大将は温泉が好きだから、秀明館に
来た時は一日に五回は温泉に入るから……。その時本田さんに背中を流させるから」

「そうですか」

「けど五郎は見ない方がいい。本田さんもいい男だが、あく迄タチの男が見て抱いてみたというような好ましさなんだ、然し……」

 先生はそこ迄言って一旦区切り、私にくわえさせて、二、三度腰をゆすり深く埋めこんで更に言った。

「然し、大将は別格だ。あの人の体は男の精気にみなぎりながら全身がピンク色に揮いとる。それにあの人のマラは、どんな腕ききの彫刻師でも作れないようないいマラ持ってるよ。あの人のマラの前では、どんなタチの男も受けになるという。本田さんだって四十年もタチ役だったのに、大将のマラを一度見ただけで女になってしまった。まして五郎だったら一度で惚れてしまうよ、見るな見るな」

 私は強い昂奮の為、深く挿入された先生のものを私の喉が強く締めた。先生は軽く呻いてそれを抜き出した。私は私の目の前で強カに勃ち上ったものを四本の指で握り、親指で先生のもののくびれや冠状部を撫ぜながら、うわずった声を出した。

「先生のこれよりもまだ大きいのですか」

「大将のは俺の二倍はある。それに凄い艶があるぞ、あれは別格だ」

 私は寝床から立上ると、そっと部屋を抜け出して真夜中の廊下を歩き、秀明館の南側に隣接していろ温泉場に向かった。
 着物を脱ぐ前、小さな話声がするのに気付いて衝立の影からそっとその方向を覗いた。陽煙の中から三人の頭だけが見えた。顔から下は、どんなに背伸びしても見えない仕掛けになっていた。

 いったいどんな人が入っているのかと思う。
 ふと視線をさげて見つめる私の目に、二本の越中褌がよじれ乍ら脱衣籠の一番上に入っているのが見えた。私の心臓が早鐘のような動悸を打ち始めていた。
 私は吸い寄せられるように脱衣寵に近寄り、二本の褌を顔に近付けた。純白のふんどしはそこに包まれていたものの形態を見せつけるように、ふくらんで皺が寄り、男の精気がむんむんした。それは総て精液の匂いだった。甘くて少し苦く、鼻につんとつきささる匂いだった。
 ああこれが大将の匂いだ、巨根の匂いだと思った。私は牡犬のようにくんくと音をたて、二本のふんどしを顔になすりつけて一心に匂いを嗅いでいた。

川棚温泉物語5-2につづく

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