川棚温泉物語6-2へ
川棚温泉物語    
(1)寒い春故に尚更人恋し

 その年は四月になっても一向に暖かくならず、夜間の仕事をもつ私にはそれがひどくこたえた。深夜十二時過ぎから暖房を切ってしまう秀明館では、客室に続く広い廊下や部屋の温度が急速に下り、体の芯まで冷えきってつらかった。そんな時私は、六十二歳にもなり乍ら妻子まで捨て彦太郎の男妾として、温泉地の按摩を業とする自分を悲しい心でみつめるのだった。

 その日の客は、やっと四十歳を出たばかりの中肉中背の男だった。まだ若いのに連れがなかった。成人した男が一人だけで温泉旅館に来れば、よほどの変り者か失恋の苦しみを捨てに来るかのどちらかである。然し、そんな男が私のような按摩を指名すれば、旅館関係者は一応男好きの男ではなかろうかと、気を廻すのだった。

 それ程最近は同性愛が一般化しつつあるが、第三者がとやかく目くじらをたてる程その種の男は多くないと私は思う。然し、その男を最初に見た時、私は彼を私達の仲間だと見抜いたようだった。その客は、風呂上りのほてった体に相当量の酒が入り、ぬめるような肌を朱に染めて越中褌だけの素裸で私を招いたのである。短髪で丸い顔の輪郭は私の好みだったが、惜しいかな彼は私の相手としてはあまりにも若すぎた。

「おとうさんのようなお方が、こんなお仕事をなさってるので驚きました。」

 男は初対面の私にそう云った。黙っていると気付かなかったが、ものを云う時口から頬にかけての線に何ともいえない色気が出て、彼がそれ程若くないことが分った。
 男は私に殆ど体を揉ませずに、このようなことも云った。い

「おとうさんを見ていると、ここがこんなに勃ってしまいます」

 男の右手が褌の上から自分のものを握っている。それはかなりな体積を感じさせるものだった。

「何のことだかさっぱり分りません」

 私は何も彼も総て分っていたが、そう云って彼の体を無理に揉んだ。

 男の体は見かけよりもずっと固かった。強く押せば体の奥にあるゼンマイ仕掛のエキスパンダーのような芯に、押し返された。それでいて皮膚がぬめってすべすべした。こういうのが餅肌なんだと思う。あと二十年もすればもっともっと肉がつき、顔にも体にも又違った色気が出るに違いない。然し、現在の彼はいくら妥協してもやはりあまりにも若すぎるのだ。にもかかわらず男の体を揉み乍ら、私は次第に男の思惑にはまりかけていた。それは男の体や顔が、私の師匠だった梅吉とよく似ていたからだった。

 三十年も昔当時五十歳前後だった梅吉は、若い私の体に徹底的に男同士の愛を教え、然も受身のよろこびを植えつけて去った男だった。純粋な私の心をずたずたに引き裂いて去った男だったが、今でも梅吉のことを少しでも想い出すだけで、体がほのぼのと燃えるし、遠い昔に死んでしまっているのに無性に会いたいと思う。

 私のような男好きの男が、最初に自分を抱いた男のことを話すとき、大抵の男が、若い時あの男にさえ出会わなかったら、私の人生はこんな暗いものではなかったと、卑下して語るのをよくきくが、私は梅吉と出会わなくともきっとこの世界に入っていたに違いないと思う。そしてこの世界にいればこそ、他人には云えない悲しみと喜びに胸を締めつけられる程のときめきを感じ、何時でも梅吉に感謝こそすれ、一度として彼を恨んだことはないのだ。

 その男は、自分がどうすれば私が一番よろこぶかを的確に見抜いたようだった。気がついた時男はシクスナインの型となり、私の上に逆に体をかぶせ私のものをすっぽりと根元までくわえていた。私も上から突きたてられた男のものを飲みこんでいる。男は十分昂奮しているらしく多量の先走液をたらたらとこぼした。それは若さにものを云わせて、まるで射精でもしたようにどろどろこぼれた。

 けれども私は、男が若いという理由だけでどのように努カしても今一つという所で真剣になれなかった。男の真剣なテクニックで相当の昂みにまで追いあげられ今少しでフィニッシュという域まで来ながら、男がそれと気付かぬほんの些細な手抜きや、気持のずれを敏感に感じとり白けてしまうのだ。私は何とかして男に応えようと、岡山の先生や大将の体を頭に画くのだったが、四歩前進して五歩さがるもどかしさを感じるだけだった。

 私が秀明館に来て一年経った頃、殆ど毎夜彦太郎に抱かれてい乍ら、ある宿泊客と割りない仲になったことがあった。その時、彦太郎は目をむいてこのように言ったのだ。

「宿泊客からどんな誘惑があっても遊んじゃいけない。遊べば、お前のことはたちどころに川棚温泉中の評判になる。お前のことが噂になると、俺も物笑いの種になる。それ程この世界は狭いし、又一方かなりの男達がこの世界の周辺にいるということだ。そして、彼等は申し合わせたように口が軽いんだなあ。だから宿泊客とは遊ぶな、けどそんな中で五郎がどうしても忘れられない程好きだという男がいたら、俺に相談してくれ。何とかしてやるからな」

 私は男に股間のものを吸われながら、彦太郎の言葉を思い出していた。彦太郎の云うように、この世界は二、三人あるいは四、五人が出会うとすぐ肩を寄せ合って、同類の人々の噂話に花を咲かせるのだ。そしてそれは、殆ど悪口に決っている。その発想は、嫉妬と羨望であり、彼等の一人一人は申し合わせたように自己本位で攻撃的で根暗である。ああ嫌なことだと思う。

 彦太郎の云うように、宿泊客の誘惑に乗ってはいけないと思う。耐えられぬ程好きな客ならば、彦太郎に泣きついて抱かれた男が、過去には何人かいた。岡山の先生も博多の人形師も大阪の柔道教師も、皆私が呼ばれて按摩をした宿泊客だった。だから、今夜のようにあまり気の乗らない客は断固として断るべきである。それを根が好色な私は男の誘いにこたえ、男は私のものを吸い私の精液を飲みこんで何とか満足したようだった。

   ◇ 

 私がひどく沈んで男の部屋を出たのは、午前一時を廻ってからだった。自分の部屋に帰るには四つの階段を降りねばならなかった。深夜のホテルや階段は、その照明のせいや階段もあってひどく暗くて物淋しい。そのたたずまいは、この世に妖怪変化というものがいるなら、このような場所にこそふさわしいと思う。然し、心身共に疲れ果ててとぼとぼと自分の部屋に帰る私の姿を宿泊客が見たら、私こそ妖怪変化に見えるのではなかろうか。

 うらぶれて四階から三階に降りた時、何となく人の気配を感じて私は立ちどまった。それは、トイレットに向き合った隣の部屋から飛び出して来た大男のせいだった。周囲が暗いのにその人が大男に見えたのは、並外れて体が大きかったことと、深夜でトイレットが近いという安心感から、その男は寝巻きの前を開き既に小便をする態勢を整えており、体の様子が大体つかめたからである。大男の両手が股の中に入っており、たった今目醒めたらしく上体がふらふら揺れていた。

 私は夢遊病者のような恰好で大男の傍にかけ寄り、それが当然のように股間を見た。大男の大きくはだけた寝巻きの内側に強く張った太鼓腹があり、そのやや下方に越中褌の紐が小さく巻き付いているのが見えた。更にその下に大男の両手の間から、だらりと垂れている亀頭が見えた。それが勃ってもいないのに意外に大きいのだ。瞬間的だったが鶏卵位の大きさに見えた。あれが勃ったら凄い大きさになると思った。

 その間、ほんの二、三分間の出来事だったが、私はこんな深夜大男に出会った好運を心から喜んだ。私の体の全細胞や心臓、胃腸等が急に活動を始め、もう少しも寒いと思わなかったし、自分の現在の境遇を悲しいとも思わなかった。私は、大男のそんなあられもない恰好を見ていろだけで、体の中の悪い血がどこかに飛び出してゆくようだった。私の心の中で、大男の男臭い体に期待する欲望が激しくふくれ、やがて飽和し私は何度も生唾を飲みこんだ。何故か喉が痛かった。

 大男がよろけ乍らトイレットに入っていった。私はそれがまるで自分の務めとでもいうように、大男のあとを追った。大男が便器の前で股をひらき体を反らして小便を出し始めたようだった。
 そのうしろ姿をじっと見ながら、私は大男が大将に違いないと思う。あれ程惚れこんでいたのに何故もっと早く気付かなかったのかと思った。その人が大将と分れば、何も躊躇することはなかった。私は腰をかがめて大きく踏んばった大将の股の中に入った。

川棚温泉物語6-2につづく

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