彼の名は、ジョンといった。私とジョンはカストロストリートを歩いていた。過去に本などで読んだことはあったが、世界でも有名な男の街を私はジョンと歩き乍ら、たえず右を見たり左を見たりした。ジョンはそんな私の左側によりそって、私の左手をしっかり握っている。何だかとても恥しい気がしたが、私達の周囲で二人のことを好奇の目で見る人は皆無だった。
この街は、正に男の街だった。右を見ても左を見ても、十五、六歳から四十歳位迄の男達が店の前や道路にまで溢れていた。
ある二人は道路の真中で抱き合ってキスしており、又あるカップルは上半身裸になって、体の前面をぴたりとひっつけて濃厚な愛撫に夢中だった。ちょっと見ただけでも四、五百人はくだらない数の男達が、お互の体を見せあい、あるいはスキンシップをたのしみ乍ら陽気にはしゃいでいた。
それにしても、その男達はどの人を見ても立派な顔と体をもっていて、惜し気もなく五月のカリフォルニアの太陽に全身をさらしている。そして彼等は申し合わせたようにサンフランシスコの中でも一級品のハンサム揃いであり、股間の前面を大きく盛りあげていて私をくらくらさせた。
ジョンは六十五歳にもなり乍ら、半袖シャツにジーパンをはいていた。日本の六十五歳では絶対に似合わないこのファッションで、ジョンの服装のセンスは抜群だった。ぐっとせり出した太鼓腹と尻の張り具合、ジーパンの細めの裾、股間の盛り上り、太鼓腹に巻きついた細めのベルト。それらは不思議な程ジョンの体によく似合った。私は、そんな彼と手をつないで男の街を歩いていることが、まるで夢のようだった。
「ほんの一年も前は、こんなものではなかったのです」
ジョンが、私の左手をきつく握ってそう言った。
私は何も答えずに、時々横目で彼の顔を見た。
「エイズという病気をご存知でしょう。あの病気の流行の為、随分警察がナーバスになってしまいました」
「そんなに流行しているのですか」
「そうですね、サンフランシスコだけでも五千人近い人が亡くなりましたからね」
「日本では、エイズはまだそれ程有名ではありませんよ」
「そのうち、日本でもエイズ患者がどんどん増えると思いますよ」
私はあいずちの仕様がなくて、黙って歩いた。するとジョンは更にこう言った。
「だから、サンフランシスコの同性愛の世界も最近はすっかり鳴りをひそめて、少しも面白くありません。あの三軒あったサウナ等もクローズしてしまいました………」
「それ迄は、随分面白かったのでしょう」
「そりゃ、サンフランシスコのカストロストリートといえば、一年前までは同性愛者のパラダイスでした。どんな刺激的な遊びも出来ましたからね………」
「私の旅行が、一年遅れたのですね」
私がそう言うと、もう一度私の手を握り替えたジョンが、にっこり笑って言った。
「然し、お見受けしたところ、貴方もこういう若い人達にはあまり興味がないようですね。実は私もそうなんです」
私はジョンの勘があまりに鋭いので、思わず立止って彼の顔を見た。
そんな私にジョンは、こんな所で立止ったら変ですよと目で語りかけ、今度は強く握った私の左手を自分の脇にかかえこんで歩き始めて言った。
「私は、日本人の五十歳以上の肥満体の人だけに興味を感じるんです。だから今一緒に住んでいる野口さんとだけ愛し合います」
「その人は、野口さんというのですか」
「そうです。とてもいい男です。私は彼とは日本で丁度五年間も同棲しましたし、それから無理に誘ってこのカストロに来てから、もう三年になります」
「その人は、何を仕事にして生きているのですか」
私は、ジョンが日本人と同棲していると簡単に言っても、ではその二人の生活費は誰がどのようにして支払うのかと考えて訊ねた。
「野口さんは貴方の心配するような人ではありません。彼は四十年間も司法関係にお務めになった方で、広島の方にはたくさんの不動産もありますので、遊んで暮せます」
「羨ましいですね………」
私は、ぷつりとそう言った。
「こんなカストロストリートを歩くよりも私の家に来ませんか。貴方なら野口さんもきっとよろこびますよ」
私は、その言葉を待っていたように大きく頷いた。このアメリカ紳士のジョンが好きで一緒に暮らしている日本人は、いったいどんな男だろうかと並々ならぬ興味が湧いた。否、それ以上に今私の左手を握って歩いているジョンに、私は切ないような恋情を抱き始めていた。日本ならば一生探しても、ジョン程に魅力的な男は決して現われないだろうと思った。
せめてジョンの部屋の中で、六十五歳の美しい肥満体を心ゆくまで抱きしめたいと思った。そして、その強力なジョンの男性器を口一杯に含んで、思い切り濃い精液を飲みたいと思った。私は、東京を飛びたつ前からもう一週間も男に抱かれていなかったことに気付いていた。そんな気持の私に、ジョンは自分の脇の下に強く握りこんだ私の左手の平を中指でせわしなく擦り乍ら、野口のことをぼつぼつと語ってきかせた。彼は最初このような言いかたをした。
「肥満体とかふんどし、それはほんとうは日本人の男の伝統ですが、こんな日本的なものに興味のない人には、野口さんなんて何の興味もないと思います」
凄い日本語の集積だった。やや暫くしてから、彼はこのような訊ね方をした。
「私は、今越中ふんどしをしています。野口さんは六尺をしめていますよ。貴方は何をしていますか」
「ああ、私は今パンツをはいています。けど日本にいる時は、毎日越中ふんどしです。ほんとは越中ふんどしをして来たかったのですが、私の家内がアメリカに行くのに越中ふんどしなんて変ですよ、とこう言ったんです。だから。パンツにしました」
「ああ、貴方の奥さんの気持はよく分ります。けど、もしよろしかったら今私のものを包んでいる越中ふんどしを貴方に差上げます」
私はジョンのその言葉をきいた時、ひとりでに私の股間のものが勃起して、その奥の方がきりきり痛んだ。
「野口さんは、何時も六尺だけですか」
私は股間をつきあげる強い快感を隠して、さり気なく訊ねた。
「ふ………」
とジョンは何がおかしいのか、ちょっとだけ笑ってから答えた。
「私と野口さんは、同じ越中ふんどしと六尺ふんどしを一日毎に交代してつけるのです。でも、家にいる時は何時でも二人共まっぱだかなんです。そう、ふりちんなんです」
私が本式に欲情し、ジョンの体に惚れこんだのは、彼のこのようなあけすけな話をきいてからだった。それ迄は、ジョンという日本人よりも日本語の上手なアメリカの魅力的な初老の男に対する遠慮や警戒心から、出来るだけ自分の内面をさらけださないように、精一杯、自分の感情をセーブして来たのだ。
私の股間のものは、かちかちに勃起して歩きづらい程だった。それをジョンに悟られるのがとても恥しかったが、彼が野口さんと部屋の中でふりちんで過すのだと話したとたん、私は一気に好色な男に変化した様だった。
「もっと野口さんのことを知りたいなあ」
私は少し昂奮して言った。
「年齢は、私より三歳下で六十二歳です」
「じゃあ、私と同じ年ですね」
「でも、とてもいい男なんです」
「私など、足許にも及ばないんでしょう」
「そんなつもりで言ったのではありません。貴方は、私がああいい人だなあと惚れこんだので、私の家にお連れしようと思ったのですから。でも野口さんは素晴らしい男です」
「じゃあ、野口さんもよく肥っているのでしょう」
「そうですね、九十キロは十分あります。そして彼の最も凄いのはその精力です。その元気さには、ほんとにびっくりしますよ。野口さんは、その前夜に二回も出しとき乍ら、朝になると食事の準備をしている私のうしろから、のりかかってくるのですから……」
「そうされることを、ジョンは待っているのでしょう」
「待っている訳ではないのですが、決して嫌いではありませんね。何しろ世界中でたった一人のおとうさんですし、野口さんは何をしてもとても可愛いいのですよ………」
「それでは、ジョンのほうが野口さんの妻ということですか。それは嘘でしょう」
「嘘じゃありませんよ、彼は完全な男です」
彼はそう言って胸を張った。こんな場合、日本人なら何となく女らしくなって、その言葉も女のようにねばりつくのだが、ジョンはうそじゃないと胸を張り一層男性的に肩をつりあげて、こう言うのだった。
「貴方がこれから私の家に来て、野口さんを見ればすぐ分ります。それに野口さんの性器はとても大きい上、鉄のように固くて、その色も黒いんです。それでいて、縦横無尽にしなやかに動くんですから………」
「そんなに強いんですか」
「まあ、今から私の家に来て私のおとうさんを一目見たら、彼が完全な男性だということが分りますよ」
ジョンがそう言って、心もち二人の歩く速度をはやめた。
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