誰もが、「姓名判断」という言葉を耳にしたことがあるかと思います。姓名判断とは、名前の字画数を見ることによって、その人の運勢がわかる判断法です。
みなさんは、自分の名前の画数を調べたり、生まれた赤ちゃんの命名をする時にお近くの本屋さんに出向いて姓名判断のコーナーの所を見たことがあったと思います。そこに行って、初めて驚くことがあります。
それは出版されている本の種類の膨大さです。
名前を調べてみるとき、例えば「自分の子供にこの名前をつけたい。画数はいいかなぁ」あるいは「自分はこの歳になっても運がよくない。何か原因があるのでは?ドキドキするけれど、自分の字画数を見よう」、「あの人と結婚して姓が変わったら、どういう運勢になるだろう」などきっかけは人それぞれですが、いざ、何種類の本を見た時、本によって字画数が違っていることに気づくと思います。これでは、どの本が正しいのか分からなくなってしまいます。
では、どうしてこんなことが起こるのでしょうか?これでは特に、赤ちゃんの命名の時に困ってしまい、画数を良くしたい御両親にとっては、子供の将来がかかっているので途方に暮れてしまいます。
それは、姓名判断に流派が多く出来たことにあります。
ただし、流派といってもそれぞれ姓名判断の考え方に違いは若干ありますが、全てを否定するというわけでもありません。それぞれ作ってきた先生方も経験を元にして作ってきたと思いますので必ず自信と信念がありますのでどの流派がいいかは、人それぞれの自由でいいと思います。
それでは、姓名判断の大元となった原典はどこから来ているのでしょうか?
原典を作り上げたのは、熊崎健翁氏による「熊崎式姓名判断」が始まりです。明治時代、大阪新報、時事新報社の記者だった熊崎氏は、姓名という画数とは、途中で変化はせず正しい字の源に基づいて、あくまで語源(旧制の漢字)の画数によるべきで漢数字なども数意によるという、例えば七は普通に数えると2画のところ字源から7画として数えていきます。(昔は棒7本で表現していたので。)
姓名判断の研究にも力を注いだ結果、昭和4年(1929年)に「姓名の神秘」が初めて刊行されました。
ところが、第2次世界大戦後、漢字を簡略する動きがあり、例えば榮→栄、國→国、圓→円というふうに略字といわれるものが現われ、原典から、いろんな研究者が流派を数多く作り、本によって字画数が同じ漢字でも違ってきました。これが迷ってしまう原因となったのです。
では、どちらがいいのかと言うと、これまで事件、事故、災難になった名前のデータを集めた経験からの上でも、字の源に基づいた方が無難です。今の漢字は、その前の字源からきていますので、字源が確実です。例えば、数字の七、八、九、十は表面は共に2画であっても、その数理は当然違いますので、姓名判断の字画数にあたってはいわゆる文字本来の霊意に忠実に従って計算していくということです。
(水木金にあたる部分、五行(ごぎょう)木→火→土→金→水→木→…の考え方)
字画数だけではいい悪いは判断できません。もう1つの見方があります。三才(さんさい)という考えです。
内容は難しいので、分かりやすく言うと、「名は体を表す」ということばがあります。名前とはからだと一緒で肉の部分だけでなく骨格もあります。建物でも必ず基礎(土台)があり、そこに柱があります。名前もこれにあてはめてみると地格が土台で、三才が柱に当たります。
三才とは、天格、人格、地格の3つの配置のバランスを見ることによって、その人の精神的な面、情緒的な面、耐久力の面、健康の面の吉凶を見る方法で、天格、人格、地格の下一桁の並びを見て、木(1、2)、火(3、4)、土(5、6)、金(7、8)、水(9、0)に置き換えます。