DISTANCE

 

 

 

 

 

     絶対にこうなると分かっていた。

     だから今も胸が苦しいまま。

 

 

     最初は無意識だった。だけどいつからかヒロ単独の活動内容に拘るすべてを

     さり気なくかわしている僕がいた。

     実際、ほとんど興味がなかったし、あまりその話題には触れたくなかった。

     そんな僕にいつものように招待券を申し訳なさそうな顔をして渡すヒロ。

     どうにか理由つけて行かないつもりでいたのに、アベちゃんが一緒に行くわよって、

     無理してスケジュール調整するんだもん。ニヤニヤしながら「ラブシーンとかあるんでしょ?」なんて

     必要以上に楽しみにしているみたいだったから、なんとなく断れないままこの日を迎えた。

     僕は後悔した。 



 

     舞台上では、僕の知らないヒロが生き生きと輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     僕は気付いていた。

     僕はヒロが好きだ。

     誰にも触れさせたくないほどに好きだ。

     僕の傍にいつもいて欲しいと願っている。

     ヒロの持っている才能を、まだ見ぬ未知の可能性を、押さえつけているのは僕だ。

     だけど、手放したくないんだ。色んな理由をつけて、繋ぎとめておきたくて、

     僕だけのために存在していて欲しい。自分だって一人でやりたいこと勝手にやってるけど、

     ヒロにはそれをやってほしくない。

     完全に自己中の我侭だって分かってる。分かってて僕はヒロを止めたりもしない。

     「やってみれば?」なんて強がってみる。ヒロもきっと気付いてる。僕がそれを望んでないことを。

     僕がいい顔しないから、ヒロはそのたびに申し訳なさそうに言葉を詰まらせる。

     僕に断りなんかいらないのに。

     僕のものでもないのに。

 

 

 

 

     『大ちゃん、今日観に来てくれたんだね』

     「一応ね、招待券貰ってたし・・・」

     『それで・・・どうだった?俺?』

     「どうって・・・よかったんじゃないの?」

     『どのへんが?』

     「どのへんがって・・・結構手ごたえ感じてたんじゃないの?」

     『んー、だんだん役が掴めてきたってトコロ。でも感情移入がまだまだだって感じかな』

     「それにしちゃラブシーンは気合入ってみえたけど?」

     『え?マジ?』

     「うん」

     『妬けた?』

     「やっ・・・別にどうも。って何で僕が」

     『だって大ちゃん俺のこと好きでしょ?』

 

     そうだよ、って言葉を強引にのみこむ。

 

     『大ちゃん?』

     「・・・・・」

     『・・・ごめんね、大ちゃん』

     「なんであやまるの・・・」

     『すぐ、帰ってくるから』

     「は?」

     『大ちゃんのところに』

     「待ってないよ」

     『嘘だ』

     「何で言い切れるのさ」

     『寂しいって、声、してるじゃん』

     「してない」

     『分かるんだって。俺たち何年一緒にいると思ってるの』

     「ぜっ」

     『俺の隣には大ちゃんしかいないんだから』

 

     全然分かってないよ、って言葉を、一番欲しかった言葉でさえぎられる。

 

     「ばか・・・」

     『あ、照れてるの?大ちゃん』

     「・・・もう切るよ」

     『大ちゃーん、愛してるって』

     「・・・そんな軽いセリフで僕が納得すると思ってるの?」

 

     『神よりも 愛している・・・』

 
     瞬間、息が止まる。
 
     舞台上で使ってたセリフそのまま、耳元に低く、強く囁かれる。

     演技だと分かっていても胸が苦しくなる。

     ねえ、その声で僕の名前だけ呼んでよ。

 

 

     『じゃあ、また、電話する』

     「うん、またね・・・」

 

     頑張ってね、なんて言いたくない。怪我しないようにね、なんて心配もしたくない。

 

     不通話音が残るケータイを閉じると同時に息苦しくなる。見えない壁が僕を閉じ込めたように。

     もう何度も越えて来たはずの想い。もがくこともせず、ただ過ぎるのを待つだけの僕。

     何かが吹っ切れたような、ヒロの声は自信に溢れているように感じた。

     それが僕の胸にチクリと痛みを残す。


     僕は僕の知らないヒロなんて見たくないんだ。








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