胸ニ刻ムノハ イツダッテ 君ノソノ笑顔ダケ
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「じゃあ。大ちゃん、ホント気をつけて行ってらっしゃい」
「ん、ありがと。ヒロもライブ頑張ってね」
「ありがとう」
「じゃあ、ね」
「うん。」
無音の数秒後、回線が切れた。
ツーツーツーという音が、耳にぼんやりと響く。
まだ出発は何日も先だったけども、ヒロが忙しくなる前に、と電話をかけた。
ヒロは久々のソロライブに向けて、準備やらリハやら忙しくしているみたいで、
だけど声は弾んでて。
いってらっしゃい、って
言ってくれたその声と、思い浮かぶ君の笑顔は
ソロ活動のテンションのそれじゃないよね?と
ちょっと
意地悪に詮索してしまう。
ねえ、
まだボクには
ヒロとの夏の熱が、残ってるんだよ…?
手のひらにケータイの振動が広がる。
握ったままにしてたそれに表示されるのはヒロの名前。
「…もしもし?」
「あ、大ちゃん?オレオレ。ヒロだけど」
「なに?」
「言い忘れた事があったから」
「うん?」
「お土産は気にしなくていいから」
ぶっ
ノーテンキな言葉に思わず吹き出した。
「わざわざそれ言う為にまたかけたの?」
シアワセな記憶に浸ってうじうじしている自分がばからしくなった。
「仕事で行く大ちゃんに気を使わせちゃいけないと思ってね」
「ほんとーに何にもいらないんだね?」
「いいよ」
「色々考えてたのになあ〜」
「え?マジ?」
「いらないんならもう買って来ない」
「えー、あー、うん。いいよ。いい」
「ホントに?」
「ほんとに」
言い切られて言葉に詰まっていたら、受話器の向こうでヒロが優しく笑ったような気がした。
「大ちゃんが、元気に無事で帰って来てくれれば、それでいいから」
こだわってた何かが溶けてゆくような気がした。
「…わかった」
「また電話する」
「うん」
「なんかさ」
「うん?」
「さっきの電話、大ちゃんが切るの名残惜しそうにしてたからさ」
「ばっ…!」
「ヨーロッパ行くのに、オレがいないから心細いのかなって思ってね!」
「全然全くそんなことありませんからっ」
「はははっ。そうだね。大ちゃんだもんね」
「どーいう意味だよ」
「ははは」
「ヒーロー?」
「まあまあ、とにかく気をつけて!」
「うん」
「じゃあ…、またね」
「うん、またね」
以前よりも何割増しで優しくなった彼に、また、心を軽くされて、
ちょっとだけの名残と共に、ボクは旅立つ事にしよう。