サイン
くるりと軽やかに円を描いて指の上でペンを滑らせる。器用にそれは何度も繰りかえされる。
ふと、その動きを止めて今度は紙の上へと移されたペン先がさらさらと文字を走らせる。
長い指が包むそれで、しなやかなラインを描く。
横目でそっとその一連の動きを見ていた。指の動きがキレイだなあ、なんて、ぼんやりと頭の片隅で思いながら。
トン と、まるで休止符を打つように流れが止まり、ペンが置かれる。
書いた文字を今度はその指でなぞるようにゆっくりと辿る。紙の端まできた人差し指が動きを止める事無くテーブルを滑り、
ふわりと浮いたかと思うとボクを指した。
その動きに小さく反応したボクを覗き込むように見てヒロが言った。
「何?大ちゃん」
「なにが?」
パソコンのディスプレイを見たままの姿勢で、質問に質問を返した。
「ずっと見てたでしょ?」
「え?」
「だって大ちゃんの手、ずっと止まってたもん」
「見てないよ。ヒロなんか」
「なんかってヒドくない?」
その指に見とれてましたなんて、恥ずかしくて言えるはずもなく、ふいっと顔を背けてしまう。
「別に盗み見なくてもいいのに」
めずらしくふたり揃って、めずらしくふたりだけの部屋で並んで作業。
紙とペン、ある?ってヒロが言ったので、そこらへんにあったペンとコピー用紙を渡すと、おとなしくボクの隣りに座って何かを書き出した。
「…何書いてたの?」
「ん?あ、コレ?」
見る?と紙をすいと差し出されたけども、そんなカンタンに見ていいものなのかわからずに、ちょっと戸惑っていたら、
ヒロがニコと笑ってテーブルの上のコーヒーカップに手を伸ばした。
その紙にはとてもキレイな文字でいくつかの言葉が箇条書きみたいに書かれていた。
「ヒロは英語のスペルを筆記体で書くんだね」
「え?あ、うん。そうだね」
ボク達の曲作りでいつも見ているヒロが書いてくる詞は、パソコンで書いてプリントアウトしたものなので、
こんな風に手書きでヒロの文章を見ることは今ではあまりない。
なんだか珍しいものを見られた感じがして“得した感じがして”ふふ、と思わず嬉しい声が漏れてしまった。
「あ、なに?笑わないでよー」
「いや、そうじゃなくてね」
笑顔のままボクもコーヒーを一口。
「こうやっていつもとは逆にヒロの詞からインスパイヤされて曲を作るってのもいいかもね」
「え?このメモ新曲になっちゃうの?」
ふたりして本気とも冗談ともとれるような話でころころと笑いあう。
「そういや今ってね、学校で筆記体習わないんだって」
「あ、知ってる!そうそう、そうなんだって」
「でもさ、幼稚園から英語の時間とかあってこんだけ英語とか外国人とかと接する機会が増えてる時代なのに、コレ教えてないなら読めないじゃんね」
「だね」
転がされてるペンを取って、ヒロが紙の余白にまたさらさらとスペルをつづる。
ヒロの名前、ボクの名前、色紙に書くよなサインとは又違う、キレイな筆記体。ひとつひとつ声に出してボクが文字をたどる。
「アイ ラブ ユー」
ボクに向けてつづられる言葉。
「ユー ラブ ミー?」
止まるヒロの手、顔をあげると目が合ってペンを渡される。
慣れない筆記体でボクも答える。
「please kiss me」
ナチュラルな発音になぞられるボクの文字。なんだかくすぐったくて肩をすくめて、恥ずかしくなって目を閉じた。
チュッ と、可愛い音がした。
end