心というものはとても複雑な形をしている。よくハート・マークで描きあらわされるけど、あんなかわいらしい形だったらどんなにいいだろう。たぶんもっとイビツで、ごつごつしてたりグジュグジュしてたり、得体の知れない物質がこびりついてたり、ある部分が乱暴にむしり取られてたりするに違いない。もし目の前に差し出されたら、思わず目をそむけてしまいたくなるような代物なのではないだろうか。(もしかして僕だけ?)
だから僕はときどき自分の心を持て余してしまう時がある。いっそのことどこかの駅のコインロッカーにそっと置いてきてしまおうかと思ったりする。実際コインロッカーの前に立っていざというときに、ポケットの中に小銭がないことに気づき断念したということを何度くり返しただろう。別にカギをかける必要はないのかもしれないが、なぜかその時はカギをかけなくてはという強迫観念にしばられてしまう。そんな失敗をくり返して、僕はセロニアス・モンクを聴くようになった。心を持て余してしまいそうになった時、深い深い井戸の底に降りて、ひとり「セロニアス・ヒムセルフ」を聴くのだ。
モンクのピアノは名医だ。見るからに不器用そうな指さばきではあるけれど、なぜか正確無比に僕の心に処置を施していく。まるで僕のイビツな心の形を100%把握しているかのように、足りない部分を補い、いらない部分を削ってゆく。レントゲンやら心電図やら超音波やらそんなものはモンクのピアノには不要だ。