朝、目が覚めた時、私は声を上げて泣いていた。
そこが、自分の部屋だって気が付いても、私は泣き止むことが出来なかった。
ポロポロと溢れてくる涙は、頬を伝って枕に落ちて。
その、湿った感触が余計に涙を呼んで、声を震わせて泣き続けた。
洗面所の鏡に映る自分の顔に、また瞳が潤んできて、私は急いで顔を洗う。
お肌がどうこうなんて、このさい関係ない。
こんな惨めな顔、見たくない、見せたくない。
私は制服に着替えると、朝ごはんも食べずに家を飛び出した。
お母さんの声が背中に聞こえたけど、今日ばかりは無視して走った。
だって、嫌な夢を見ちゃったから。
よりにもよって、あんな夢…彼が、いなくなっちゃう夢なんて。
* *
夢の中で、彼は笑っていた。
いつもの、はにかむような優しい笑顔だったけど、どこか力無く儚い笑顔だった。
「じゃあね…さよなら、ちゃん。」
そう言って、私に背を向けて足早に歩いて行った。
私がいくら大声で呼んでも、走って追いかけても、大きな背中は振り向いてはくれなかった。
どうしてそんなこと言うの?
どうして振り向いてくれないの?
私は悲しくて、涙が止まらなくて…。
彼の名前を、ずっと呼び続けていた。
* *
あまりにもリアルな夢に、本当に彼がいなくなってしまったと錯覚しそう。
まさか、これが現実?私が、夢だと思い込んでるだけ?
夢と現実の区別がつかなくて、私の頭は混乱するばかり。
「ちょっと、…あんた、なんて顔してんの?」
体育館に掛け込んだ私を見て、が呆れた顔をした。
ちょうどバレー部の朝練が終わって、着替えに行く途中に抱きついた私をあやす様に、頭をポンポンと叩く。
小柄な私の顔は、背の高いの胸元にすっぽりと入り込んで、包まれる安心感に私の瞳にはまた涙が溢れた。
「とにかく着替えるから、それからゆっくり聞いてあげる。待てるよね。」
小柄な私と対称的に、大柄なはいつも、私が泣きつくと子供扱いする。
でも、落ち込んだ時や困った時、のところに来てしまうのは、そうしてくれるのが心地よかったから。
そうしてくれるのを解ってたから、真っ先に彼女のところに来た。
視界が霞んだまま頷いた私に、にっこりと笑うこの大きな友人が、彼の姿と重なった。
制服姿のに部室へ促された途端、私は涙腺が壊れたように、またポロポロと涙を零した。
私達は3年生で、も部活を引退してるけど、まだ後輩達の指導も兼ねて部活に参加している。
後輩達を早めに返して、人気がなくなった部室には、私達しかいなかった。
「しょうがないなぁ…。」って苦笑いして、またポンポンと頭を叩きながら、宥めてくれる彼女の気使いが嬉しい。
そして、なかなか言い出せない私が話し始めるまで、は黙って待っててくれた。
話し終わってしまえば、高揚していた私の気分も少しは治まっていて、はそれを待っていたようにゆっくりと問いかける。
「まず、それは、夢だったんだよね。」
「…多分……。」
「不安になっちゃったんだ…だから、私のとこにまっすぐ来たんでしょ?
何でもいいから、安心したかったんだよね。」
「……うん。」
「メールなり、してみた?」
「してない。」
「今、は…授業中か……じゃあ、後で……。」
「……携帯、忘れた…。」
「だったら、私ので…。」
「知らないメアド…きっと開かないよ…っていうか、開いて欲しくない。」
「打つ手なし…かぁ。」
は、本当に深く、溜め息を吐いた。
私の頭をグリグリするから、髪なんてグシャグシャだ。
「彼も学校だしさぁ、取りあえず放課後まで待つしかないよ。
放課後、会いに行こう?彼に会えば、安心するでしょ。」
「……うん。」
…彼は、同じ学校じゃない。
それに、朝は家の仕事の手伝いをしてて、忙しいのわかってるから。
だから、電話もメールも出来なかった…会いに行くことも、出来なかった。
こんな時、違う学校なのが、辛いよ。
みたいに、彼が年下でも同じ学校なら、会うことだって出来るのに。
「罰が、当たっちゃったのかなぁ…。」
「え?」
「彼は彼で別、でも年下の彼もいいかも…なんて言ってたから。
だから、罰が当たって、夢が現実になっちゃうのかなぁ。」
「そんなこと、ないってば!気にしすぎだよ…。」
今まで彼氏がいなかったに、年下の彼氏が出来た。
私は体格が良くて優しく笑う人がタイプで、その年下の彼も背が高くて笑顔が穏やかで。
自分よりも大きな人が理想、って言ってたにピッタリだったから、どうしてもくっつけたくて。
焦らせて、けしかけるつもりでそんなこと言ってたけど、冗談でもそんなこと言っちゃいけなかったんだ。
だから、さよならされちゃうんだ…なにもかもが悪い方へと繋がっていくようで、止まった涙がまた溢れてきた。
「ほら、…もう、泣き止んで。1校時目は始まっちゃったから、その間にその顔なんとかしよ?」
「…う、ん……。」
が渡してくれた、保冷剤を包んだタオルで瞼を覆った。
うわずる声で「ごめんね、サボらせちゃって…。」って言った呟きに、「何を今さら…。」って呆れた声が返ってきた。
そうだね…今さらだよね。
2校時目から受けた授業は殆ど上の空…私はひたすら放課後が来るのを待ってた。
は一緒に行くって言ってくれたけど、私はSHRをサボって行くつもりでいたから。
これ以上、をサボらせるわけにはいかないし。
「何かあったら、すぐに言うんだよ!迎えに行くから。」って言うの言葉が、竦んでしまいそうな私を後押ししてくれた。
少し早めに抜け出した通学路に、見慣れた制服姿はいない。
この世界から、私だけが弾き出されてしまったような、そんな気分が押し寄せてくる。
私は早く彼の顔が見たくて、彼の学校へ向かう路線バスに飛び乗った。
彼に会えさえすれば、こんな気分は吹き飛ばしてくれるんだ…彼の笑顔を思い浮かべて、私はまた滲んでくる涙を無理矢理押し込んだ。
バスに揺られている間、ずっと考える。
テニス部だった彼は、全国大会が終わったことで部活を引退した。
でも、それは中学テニスだけではなくて、テニスそのものからの引退だった。
高校からは、家業であるお寿司屋さんを継ぐための修行に専念するから。
テニスをしている間も、練習で忙しいからあまり会うことはできなかったけど、これからはもっと会えなくなるだろう。
そしたら…私達って、どうなるの?
元々、練習試合でウチの学校に来た彼に、一目惚れしたのは、私。
帰り際にいきなり声をかけた私に、照れながら笑ってくれた、彼。
何度か練習を見に行って、顔を覚えてもらって、やっと普通に会話が出来るようになって。
でも、地区大会でウチの学校と当たるとわかると、さすがに練習を見に行き辛くなった。
そりゃ、自分の学校には勝って欲しいけど、バラを背負った俺様を応援するよりも、彼のことを応援したい。
「寂しい。」って言った私に、携帯番号とメルアドを書いたメモ用紙を手渡してくれたのは、彼。
「内緒だけど、これくらいなら、いいよね。」って笑う彼に、告白したのは…私。
一瞬、驚いて目を見開いた彼は、眉をハの字に下げて「ありがとう。」って言ってくれた。
彼が時間を取れる時には、2人で会えるようにもなって、私はすごく嬉しくって…。
なんだ…これって、最初から私ばっかり、彼が好きみたいだ。
私ばっかり彼が好きで、私ばっかりが付き合ってるって思ってて。
実際、何も始まってすらいない、終わるはずのない関係なんじゃないか…。
「さよなら。」なんて、挨拶程度に言えちゃうぐらいの、ただの知り合い。
そう思ったら、なんだか急にストンと、あの夢の意味を飲み込めた気がした。
あの夢は、いずれそうなる、現実ってこと。
だったら、彼に会わずにこのまま帰ろう、と言う私がいる。
でも、このまま会わないでいいの?って、叫んでる私がいる。
本当の私は、どっちだろう…私は、どうしたい?
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<2006.11.25>
思ったよりも長くなった…(-_-;)
まさか、続いてしまうなんて思わなかったよ。
詰め込みすぎですねぇ。
ま、いつものことです。