「奴等が来る」

そう、言われた先へ視線を向けると、そこには2人の学生の姿があった。
あまり手をかけていなさそうなザンバラな黒髪に、見るからに堅物そうなメガネ。
ある意味、柳生と気が合うのでは?と、思うような風貌。
確か、彼等の纏っている制服は、立海大ほどではないにしろ程々の偏差値を誇る、隣町の進学校のモノでは無いだろうか?
オレには、ただの、そこらにいる、普通の学生にしか、見えないが。

参謀の言葉の余韻を頭の奥に残したまま、オレはただぼんやりと彼等を観察していた。
柳生がこれほどの警戒心を持たなければならない理由を、オレはまだ、彼等から伺い知ることが出来なかった。

まほろば異聞〜君のためなら死ねる〜 3

※「あ〜わ 頭文字お題<台詞編>」より。名前変換なし。


 「おや?そこにいるのは、立海大の柳生クンでは無いですか?
  あぁ、そちらには、柳クンもいらしたのですか…。」

メガネの端をクィと押し上げて、そいつは片方の口角を上げるだけの嫌味な笑みを浮かべた。
後方にいるもう一人は、不気味なほどに無表情だ。
そんな何気ない…まぁ、多少一方的な感情が込められている以外は…普通の会話を交わしているだけ。
ただそれだけのはずなのに、柳生の背中が、微かに強張ったのを感じた。
それは、奴の向けてくる卑屈な感情に対するには、反応が著しい。
向こうの通りを走る車、行き交う人々。
その人達からは、学生同士が他愛ない会話を交わしているように見えるのだろうか?
木刀持って仁王立ちの真田や、髪色抜いてるオレなんかが、真面目な学生さんを脅してる…風に見えなきゃいいなぁ、なんて、現実逃避してみる。
……と、ふと、違和感を感じた。
いつの間にか、この一帯だけ隔離されたように、そこにあるべき音を感じることが出来なくなっていた。
後ろに陣取っている参謀の微かな詠唱の声のみが、辺りに漂っているだけ。
この奇妙な空間に気付いていないのか、そいつはなおも薄笑いを浮かべたまま、何食わぬ顔で話し続ける。

 「前回の公開模試では、またキミや柳クンに不覚を取ってしまいましたが、この次は無いと思っていただきたい。
  いつまでも、キミ達に遅れを取るボクではないのだよ。
  まったく、キミ達ときたら、いつもいつもボクの邪魔をする…まったくもって、目障りで、 メザワリナ……。

それまでの薄笑いが、徐々に醜悪に歪む。
ヒステリックに、甲高い声で喚き始める。
見開かれた目は血走り、震わせた身体はギクシャクと覚束ない。

 「まったく…忌々しい、イマいましイ …またキミが、僕の邪魔をするのか…。
  いつも、イツモ、邪魔バカり、ジャマで…メザワリな…ホントウニ…めザワりで…。

…これのどこが、そこらの学生だと言うんだ…。
瞬きすらせず瞳孔は開きっぱなしで、口元からはだらしなく唾液を垂れ流したまま。
吐き出される言葉も、どこか危なげで、意味不明な事を繰り返している。
完全に、イってしまってるとしか思えない。

 「だが…今度のカナテは、男じゃないか…。
 「ゲヒャヒャヒャ…そうだなぁ…こんな、なまっちょろい、オトコじゃないか。
 今度のカナテは、容易いなぁ…これなら、容易く喰らえるなぁ。


それまで、ただ無表情に佇んでいた奴が、ボソリと呟き口元を歪めた。
下卑た高笑いを上げたメガネの奴は、もうさっきまでの学生の容貌を見せていない。
それはまるで、人である事もかなぐり捨ててしまったように。

 「随分、甘く見られたものだな…比呂士、お前も何か言ってやればいい。」
 「そうしたいのは、山々ですが…今はそうも言っていられません。見えましたか?柳くん。」
 「まぁ、そう急くな。そんなに畏まるほどの相手ではない。」

柳生の緊迫感とは裏腹に、参謀はのらくらとはぐらかす。
いつの間にか詠唱は止んでいて、参謀が手にする開かれた古臭い書物からは、淡い光に包まれた丸い円盤のようなものが浮かび上がっていた。
ごてごてとした装飾が施された青銅色の、どこかで見た覚えのあるような丸い銅版…どこで…あぁ、歴史の教科書だったか?
古墳かナニカからの出土品の中にあった、古代の呪い事に使用していた、鏡…じゃなかっただろうか?
それがなぜ、参謀の…そもそも、なぜ本の中から浮き出ているんだ?

 「小賢しい事をぬかす…契約すら果たせぬカナテに、何ができる!
 「喰ろうてやろうなぁ!カナテ共々、吾等が糧にしてやろうなぁ!

ダラリと下げた腕が地面に擦れるほど身を屈め、ゆらゆらと揺らせながら上目遣いに睨める姿は、獣のようだ。
薄く開いた口元から零れる息は腐臭を放ち、辺りに不快な空気を漂わせる。
霊感とか、そんなものこれっぽっちも持ち合わせていないオレですら、奴等がまとう禍々しい空気をはっきりと感じ取れる。
唸るとも呻くともつかない声を上げ、ゆっくりとこちらへ歩みよる毎に、身体が本能的な恐怖に震えた。

奴等を見据えたままの柳生が、小さく歯噛みする。
『契約すら果たせないカナテ』…奴等は、柳生の事をそう呼んだ。
今さらだが、さっきの壮大な夢物語が頭を過ぎった。
自分の目で見なければ納得できない、信じられない…本当に、その通りだ。
ならば、あの捕食者達に狩られるのはオレで、カナテとは柳生で、契約を交わせなければ共倒れということで…。
納得したところで、一体どうすればいいというのだ!
われながら、詐欺師の名が聞いて呆れるほど動揺を隠しきれず、思わず柳生に呼びかけた。

 「柳生!」
 「大丈夫ですよ、仁王くん。あの程度の輩、このままでも充分に仕留めることはできますから。」

オレの声に応えた柳生は、微かに笑みを浮かべた。
こんな場面だというのに、少し低めの声で淡々とした口調は、普段の…いや、普段以上の冷静さを見せる。
そういえば、ゲーム中に窮地に陥れば陥るほど、反比例するように深く静謐さを増していく。
柳生とは、そういう男だった。

 「比呂士、仁王も状況を把握したようだ。そろそろ、反撃といこうか。
  メガネの属性は『火』、後ろの能面は『水』。精市の陣の効果は有効だ。
  奴等程度の攻撃力なら、ダメージは皆無。仕留めてみせろ。」
 「わかっていますよ、柳くん。抜かりはありません…。」

参謀は、まるで試合攻略のデータを読みあげるように、あの化け物染みた奴等を分析していく。
オレの前に立つ柳生は、こんな場面ですら背筋を真っ直ぐに伸ばした綺麗な姿形だと感心してしまうほど。
ただ、いつもと違うのは、柳生のイメージからはあまりにも場違いな、こんな修羅場にいるということだけ。

 「もぉ〜いぃかぁ〜…シのゴのぬかす前にぃ〜大人しく吾等に喰らわれるがぁいいわぁ!

耳障りな喚き声を上げ、開ききらない両方の口端を自らの爪で引き裂いたそこからは、チロチロと赤黒い炎が零れていた。
ガッパリと耳元まで開いた嘗ては口だった部分から、吐き出されたのは無数の火球。
こちらに向けて連続的に繰り出される火球が、柳生の眼前に迫る。
至近距離で感じる熱量が、それが紛れも無く本物の炎をまとっているのだと、肌に伝わる。
こんなものをモロにくらったら、火傷どころじゃすまないだろう。
だが、柳生がこの場から逃げる気配はなく、オレはただ後ろに立っていることしかできない。
迫りくる火球に、思わず目を背ける。
当たると思われた寸前、それは破裂音と共に前方へと差し出した柳生の掌の前で消滅した。

 「仁王くん、怪我はないですか?私から、離れないでくださいね。」

僅かに柳生をそれた火球は、地面をえぐりまだ煙をあげて燻っている。
だが、肩越しに見せた柳生の表情は、オレを気遣うように緩く笑んでいた。
オレは、何が起こったのかわからずに、ただ、頷いて見せるだけだった。

 「あなたは、少々血の気が多すぎるようですね。熱くなりすぎです。
  少し、頭を冷やした方がいいのではないですか?」
 「減らず口をぉたたきおるぅ!こぉの、木偶の坊がぁ!

最早、血液ともつかないどす黒い汁を滴らせた口元から、新たな火球が吐き出されようとしていた。
柳生の言葉に、完全に頭に血が上ったのか、ギラギラと血走った目は焦点を定めていない。

 「木偶の坊とは心外です。あまり、見くびってもらっては、困ります!
  これでも私は、カナテとしての力を、授かっているのですから!」

前方へと向けていた掌を、上方へと翳す。
まるで、降りそぼる水滴を、掬い取る仕草。

 「穢れた陰火を鎮める、清浄なる水を!

微かに掲げた掌を見上げて、謡うように呟く。
柳生の掌の上で、空気中の水分が凝縮していき、テニスボールほどの球状になってゆらゆらと光を反射する。
トスを上げるくらいに軽く、フワリと浮かべたそれは、そのまま上空高く舞い上がった。
夕暮れの色に染まりつつあった空が、俄かに雲を手繰り寄せ始める。
ポツリ、と、一滴、地上を濡らす、水滴。

 「祓い清めよ!

まるで、柳生の声が合図のように、大粒の雫が地面を激しく打ち鳴らした。
突然の、激しい、暴雨。

 「 は や さ め ! 」

空へ掲げた腕を一閃、奴等へ突きつける。
無数の雫が鋭い水針となり、いま、まさに炎を吐き出そうとしていた奴へと降り注いだ。
その水針は、ブスブスと音を立てて、奴の身体を貫いていく。

 「ギィヤァーーーッッ!
 アツイィーーッ…アツイィーーッ!!
 身体がぁ、カラダがぁ、溶けちまうぅーーッ!!


耳を劈く叫び声をあげてのたうち回る無残な姿に、たまらず目を背けた。
その間にも、水は硫酸のように容赦なく奴の体を焼き溶かしていく。
肉が焼け爛れていく異臭が鼻を衝き、こみ上げる吐き気を堪える。

 「…おぼえておれぇ…このままでは、すまさねぇ……イマイマシイ、カナ…テ………ッ!!

断末魔の叫びを残し、奴の姿は完全に消滅した。
ここら辺一帯を水浸しにした雨は、現れた時と同様、唐突に降り止んだ。
同じ雨に打たれ、ずぶ濡れになっているにもかかわらず、オレ達には奴のような影響は一切無い。
後に残されたもう一人も、然程ダメージを受けてはいないようだ。
焼け焦げた痕跡だけが残る地面を一瞥し、そいつはニヤリと笑んだ。

 「…むざむざと、やられおって…なんて、軟弱……。

その歪んだ笑みは、身震いするほど醜悪なものだった。



END

<2008.10.11>

どこで切ったらいいのか迷ってました。
なんて、中途半端なところで、とは思ったけど。
このまま続けても、長すぎるかなぁ…なんて、思いながら、
一人取り零したまま、続きます。
戦闘シーンなんて、無茶だったかも…と思うのは、ホントいまさらだけどね。

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