「どうだ、比呂士。仁王は、了承したのか?」
 「や、柳くん…その事ですが……やはり、彼には詳しい事を説明してから……!」
 「そんな悠長な事を言っている場合ではないのだぞ。一刻を争うのだ。」
 「ですが、真田くん!当事者である彼が、何も知らされないというのは……!」
 「だが、全てを知って契約が決裂した場合、取り返しが付かないことにもなりかねない。」
 「それは…そう、ですが……。」

いつの間に現れたのか、背後から歩み寄ってきた柳と真田が、柳生へと声をかける。
明らかに、さっき柳生が言ってきた『契約』の事を話しているのだろう。
柳生の言うとおり、当事者であるオレを無視して交わされる会話の中には、物騒な単語が含まれていて。

 「お前等、いったい何の話をしとるんじゃ!」

たまらず会話に口を挟んだオレに、三者三様の感情を込めた視線が注がれた。

まほろば異聞〜君のためなら死ねる〜 2

※「あ〜わ 頭文字お題<台詞編>」より。名前変換なし。


 「『契約』なんて堅苦しい言い方しとるが、要はダブルスを組むって事じゃろ?
  そんなん、わざわざ確認せんでも、結果は出とろうが!
  詳しい事って、何?一刻を争うって、何がよ?取り返しが付かんちゅうは、どがぁな意味じゃ!」

オレは、とりあえず今の会話に含まれていた疑問をまくしたてた。
一刻を争うとは、幸村が突然原因不明の病に倒れたからか?
確かに、全国大会までに与えられた時間は短いかもしれないが、柳生とのダブルスならそれを補えることができると思う。
…今さら、何の説明が、必要だというんだ。
それに、オレが断ったところで、取り返しが付かなくなるなんて大袈裟すぎる。
立海大が勝つための様々なオーダーは、参謀の頭の中に組まれているはず。
何より、オレが断る理由が無い…オレが断るかも知れない『契約』とは、いったい何だ?

 「…しょうがない…まぁ、いずれは知らなければならないからな。説明し……。」
 「いえ、柳くん…私から、説明しましょう……。」

小さく息を吐き、続けようとした柳の言葉を遮って、思い詰めた瞳の柳生が静かに口を開く。
相変わらず表情の読めない参謀と、唇を一文字に引締め帽子を目深に被る真田に、済まなそうに目配せをして。
柳生は、見かけによらず頑固な面があり、こうと決めると譲らないところがある。
こうなったらもう引かないのだろうと、諦め気味で二人は頷いた。
一度伏せられた瞳をゆっくりと開くと、張り詰めた視線を向ける。

 「仁王くん…最近、近辺で不穏な出来事が増えているとは思いませんか?」
 「例えば?」
 「深夜に頻発している通り魔によると思われる事件、突然凶暴化する人、幽霊が出るという噂…等です。」

そう言えば最近、そんな事件が多いような気がする。
真夜中に響くサイレン、TVや新聞を賑わす犯人の普段の人柄、女子連中が華をさかすのはしょうも無い七不思議の噂。
柳生が言う不穏な出来事とは、オレにとっては大した興味のない日常の様なものだ。
そう、口からでかかった声を押し止めたのは、あまりにも真剣な表情をしていたからで、黙って頷くオレに柳生は話を続けた。

 「昔からずっと、言い伝えられてきた話があります。
  人間の悪しき感情…例えば、七つの大罪のような、人の欲から産まれる暗い感情です。
  …それらが満ち溢れた時、この世とあの世を繋ぐ境界に綻びが生じ、魔のモノ達が蔓延るであろう。」

その、ベタなB級ホラー映画の設定のようなくだりを、オレは唖然として聞いていた。
いつもなら吹き出してしまいそうな内容に反応も出来なかったのは、多分それを口にしたのが柳生だからだ。
真っ先に、くだらない、と一蹴しそうな柳生が、至極真面目な表情で言い伝えなんて確証のない話をしている。
その現実の方が、よっぽど非現実的だ。

 「魔のモノ達がこの世に蔓延るのと時を同じくして、強大な霊力を秘めし者が現れる。
  天地神明の理の如く、創造神にも破壊神にも成り得るほどの、大きな力を備えし者。
  故に、魔のモノ達はそれを魅入り、それを怖れ、それを崇め、それを求める。
  魔のモノ達に、その力を与えてはならない…それ即ち、この世の終末を意味する…と。」

この世の終末、なんて…益々もって、訳がわからなくなってきた。
本気で言っているのか?と、疑いたくなるけれど、柳生がふざけるとも思えないし。
参謀だけならいざ知らず、あの堅物の真田でさえ、さも当然とばかりに黙って聞いているのだから。
言葉を止めてオレを見つめる柳生は、オレが理解しているのかどうか確認しているのだろう。
きっと、柳生だって完全に理解しているなんて思って無いだろうし、オレもはっきり言えば理解出来ない。

 「この世とあの世との間には、魔界や幽界とも呼ばれる世界が背中合わせに存在しています。
  その境界は薄絹のように非常に脆く、綻びを通じて魔界に住む魔物達がこの世に影響を及ぼします。
  そして、境界線の綻びが拡がるほどに、強悪な魔物がこの世に入り込み、人間を襲うようになるのです。」

まかい?ゆうかい?このよとあのよに、まもの…だって?
このままいけば、それを阻止するためのヒーローなんかも出てきたりして。
それじゃまるで、特撮戦隊物にありがちな筋書きじゃないか。
これは、何の冗談だ?
これのどこに、信憑性がある?
堅物が3人揃って、ありえないような話をもっともらしく語る…何のつもりか知らないが、それこそ性質の悪い詐欺だ。

 「魔物達の出現に反応するように、この世の全てを左右するほどの大きな力が目覚めます。
  その強大な力は、正しい心で作用すれば国を守り大地を豊かにし、この世に安寧をもたらすでしょう。
  ですが、もし悪しき心で作用すれば、天変地異を引き起こすほどの力の暴走により、この世を破滅へと導く…。
  そんな神の如き力が、目覚めの時を待ち、何代もの時を渡り、人の身体を憑代として眠りについているのです。
  霊力を宿した者は、それに気付かぬまま一生を終える者もあります、が……。」

柳生は、余程続きを言いづらいのか、唇を薄く開いては噤むという動作を繰り返していた。
これ以上、何が言いづらいというのか…柳生の口から語られる物語に、まだ終わりは見えない。
それでも、最後まで聞かなければならないのだと思う。

 「魔物達は、その霊力を怖れると同時に、その霊力を欲するのです。
  人々の心に恐怖・恐慌・狂乱を植えつけ、一筋の光も射さぬ絶望の闇へと陥れ、人の世を混沌へと導くその力を…。
  その霊力に惹かれ、魔物達は執拗に憑代となった者を狙うでしょう。
  そして、力を奪い取り、邪神と成り果て、悪しき心の赴くままに力を揮う……この世の、終末……。」

重々しい空気が周囲を包み、生温い風が吹き抜ける。
もうすっかり日も暮れて、街灯がぼんやりとした光を灯しだす。
俗に言う『逢魔が刻』、こんな奇譚を語るにはお似合いの雰囲気。

 「古の人々は魔物達との攻防を繰り返し、辛くも力の暴走をくい止めてきました。
  その現状を重んじた稀代の神子が、自分の霊力の全てをかけて、ある呪(まじな)いを残しました。

  『大きな力備えし者の守護者へ、魔物に抗う神の力を与える』

  魔を屠る者、才を与える者、陣を結ぶ者、裁きを下す者…魔物達の出現を予知するように、守護者達へと力が授けられます。
  ただし…神の力を授けられるのは、霊力を宿した者と深く関わりを持ち、一番身近に居る者でなければならない。
  そして、魔を屠る者が力を開放するためには、霊力を持つ者との契約が必要…いかなる時も共に離れず、魂を同調させるため。
  その契約が成立した時初めて、魔を屠る者は『カナテ』となるのです。
  カナテとは『神鳴手』…霊力を宿す者を守るため、神の力をもって魔物との闘いに挑む者。
  契約が成立しない限り、カナテとしての真の力は発動しない…ですが、仁王くん。」

さっきと同じように、苦しげに歪めた表情。

 「契約の成立と共に、貴方を熾烈な闘いに巻き込んでしまう…相当な覚悟を強いてしまうでしょう。
  それでも…それでも、契約してくださいますか?」

レンズの奥に、縋るような瞳。
このままいけば、オレはその守護者とやらになって、魔物だかとやりあうってことになるんか?
……よく出来た、物語だ。
オレは、予想通りの救世主の登場に、無意識に嘲笑まじりの溜め息を零していた。
いくら、本を読み漁っている柳生とはいえ、こんなジャンルには手を出さないだろう。
その柳生が、ここまでのフィクションを真面目に語り上げた事を、褒めてやるべきか。
大方、参謀あたりが考えたシナリオだろうけど。
どういうつもりでこんな茶番を仕組んだのかは知らないが、よく柳生が承諾したものだ。
だが…。

 「真面目に聞かんか、仁王!」
 「あぁ…それが、お前の身の為でもあるのだから。」
  
どういう意味だ?オレの身の為?
だって、これはただの作り話だろう?
オレをからかうためのジョークで、実際はただのオーダーの確認だろう?
ちょっとしたお遊びで、オレがそれに乗るのはお約束ってヤツだろう?

 「仁王くん…私と一緒に、闘ってくださいますか?
  貴方のことは、私が命に代えても守りぬきます。
  誓っても、かまいません…君のためたら死ねる、と…。」

それまで伏せ目がちに淡々と語っていた柳生が、顔を上げて心痛に揺れる瞳をオレに向ける。
一瞬、ドクン、と跳ねた鼓動が、痛いほど胸を叩く。
なんだ、これは?
いつも隣にいた柳生は、冗談も通じないようなただのお堅い眼鏡紳士は、いったいどこへいったんだ。
本当に柳生は、こんな話を信じろと言うのだろうか?
だんだんと大きくなっていく話の流れに、オレは薄笑いを浮かべるしか無い。

 「ちょっと大袈裟じゃ、なかがよ?
  そんな、命に代えても、なんて…もうええじゃろう。
  たかが、ダブルスぐらいで……。」
 「たかが、とはなんだ!最悪な事態が差し迫っているのだぞ!」
 「真田くん…急にこんな話、信じられないのも当然です!」
 「だが、柳生!急がなければ、お前にかかる負担も大きいのだぞ!」
 「ですが、こんなこと、私達自身も俄かには信じられなかったでしょう?
  自分の目で、見るまでは!彼の身に、異変が起こるまでは!」

激昂し殴りかかりそうな勢いの真田を、柳生が宥めにかかる。
最悪な事態って?自分の目で見る?彼の身に異変?
まるで、オレが知らない何かを、こいつらは体験したみたいな…まさか、今の話が全部真実だと言うのか!
あんな突拍子も無い話、小説や映画の中でしか、実在しないような話、そんな…事、が……。
未だに混乱するオレに、参謀の落ち着き払った声が随分遠く聞こえた。

 「取り込み中のところ悪いが、比呂士…どうやら、弦一郎をかまっている暇はなさそうだ。
  それに、お前の言うとおり、自分で見るまでは納得するのは無理だろう。
  奴等が……来る…。」
 「………わかり、ました………。仁王くん、私の後ろへ…。真田くん、柳くん…支援を、お願いします。」
 「奴等、って、…誰…?」

いつの間に取り出したのか、少し離れた位置に陣取った真田の手には木刀が握られていた。
参謀は、古めかしい装丁を施された本を片手に、何か小さく呟いている。
オレは、戸惑い身動きの取れないまま、庇うように立ちはだかる柳生の背中を見あげた。
離れ際、参謀がオレに告げた言葉が、頭の中で繰り返される。

 「仁王…柳生と契約を交わせ。
  魔物達に狙われているのは、お前だ、仁王。
  そして、カナテは柳生…お前を守護し、魔を屠る者、だ。」

……狙われているのは、オレ…だと……?


END

<2008.6.15>

だんだん、ぶっ飛んだ話になってきてますが。
書くごとに、方向が変わっていくような気がして…(^_^;)
まぁ、あらかたの話はこんな感じだとは思うけど。
横道にそれたのを、修正しながらなんとかやってかなきゃ…。
はぅ…長い目でみてやってください(苦笑)

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