※「あ〜わ 頭文字お題<台詞編>」より。名前変換なし。
先頭を行く幸村に続いて辿り着いたホームには、自分たち以外の乗客の姿は見当たらなかった。
まだ早いとはいえ、平日の午前中だ。
隣のホームには、これから一日の活動を始める人達が、電車の到着を待っている。
自分たちしかいないこのホームは、もしかしたら使われていないのでは?
そんな疑問も過ぎったが、悠然とそこに立つ幸村の横顔を見上げると、そんな疑問を打ち消した。
まぁ、いいか…そう納得して、足元に置いた荷物の隣にしゃがみ込んでいたブン太は、口にしたガムを膨らませた。
程なく、この自分たちしかいないホームに、あまり見慣れない古びた車両が滑り込んできた。
「もしかして…これに、乗るの?幸村クン…。」
「そうだよ。」
その一昔前のような外観に、ブン太は一応確認を入れてみる。
すると、幸村は当然と言わんばかりのにこやかな笑みで答えた。
そう言いつつ、既に乗り込もうとしているのだから、もう付いて行くしか無い。
急いで荷物を抱えると、隣で苦笑するジャッカルと目があった。
口にはしなくても、同じ事を考えていたのは、一目瞭然だった。
全員乗り込んだのを確認するようにドアが閉まり、少し軋んだ音を立てながらゆっくりと動き出す。
思った通り、中にも他の乗客の姿は見当たらず、まるで貸切のようだった。
シンとした車内に、車輪の立てるゴトンゴトンという音だけが響く。
よくよく見渡せば、内装もどこか古びた感じがして、よくまだ現役で走っていると感心する。
ここは、今まで自分が生活していた、時間も、場所も、何もかもが違うような気がしてならない。
そう思ってしまう程、どこかがなにかが、ずれてしまったような違和感。
なんとも言い知れない微かな不安に、重く呑まれてしまいそうな時だった。
『次の停車駅は、〇〇、次の停車駅は、〇〇、降り口は〜』
車内アナウンスが次の停車駅名を告げ、その聞きなれた駅名に、思わず安堵した。
大丈夫、ここは、イツモの場所だ…そう、証明してくれたように感じた。
みんなそれぞれ同じように感じていたのか、辺りに立ち込めていた重い空気が緩む。
「席は自由だから、空いているところ…と言っても、ほとんどだけど。
適当に座っていいよ。」
この状態に少し苦笑を浮かべながら、幸村は進行方向を向く窓際の席へ腰を下ろした。
それに習うように、真田は隣に腰を下ろす。
ブン太は幸村達と通路を挟んだ窓際の席にどさりと座り、自分の荷物を放り出したまますっかり寛いでいた。
そして、隣へ来るよう手招きをしているブン太と、荷物を交互に見やったジャッカルは、ぼんやりと思う。
やはりオレがしなければならないんだろうな…と、すでに達観しきっている事に微苦笑を零しつつ。
足元に置かれたブン太の荷物と自分の荷物を棚に乗せ、やっと一心地付いたように腰掛けた。
「サンキュ☆」とウィンク一つ零してガムを膨らますブン太に、ジャッカルは思わず深い溜め息を付いていた。
柳は、ブン太達の前の座席を向かい合わせに移動させると窓側へ座り、仁王もその隣へと座る。
「なんだよ、狭くなんだろぃ!こんだけ空いてんだから、広々座ればいいんじゃねぇの?」
「まぁ、そう言いなさんなって。『旅は道連れ』言うじゃろ。」
「それは主に、偶然道行を同じくする者同士が連れあう時に使われることが多いがな。」
「いいじゃねえか、別にバラバラになんなくっても…。」
向かい合わせになる事でぶつかりそうになる柳と仁王の膝頭を、ブン太は軽く拳で小突く。
自分との身長差を鑑みて、少しだけ悔しく感じたというのは心の内に仕舞いこんだ。
ふざけているのだとわかっていても、ついついブン太を宥めにはいる自分に、ジャッカルは自嘲的に笑う。
本当に、いつもと何も変わらない…これからもずっと、変わらない。
そう信じて、疑わなかった。
そんな彼等の姿を、幸村は微笑ましく見ていた。
その泣きそうな笑みを、真田は見て見ぬ振りをした。
肘当てに頬杖を付いて、仁王は横目で柳を伺った。
柳は、何食わぬ顔で車窓の景色を眺めていた。
その瞼は、薄く開かれていたのだが。
****
自分たちしかいないという開放感からか、賑やかな彼等の声(主にブン太の声)が、車両内に溢れていた。
車窓に流れる景色が、モノ悲しげな色に染まりつつある所為かもしれない。
まるで、何かを紛らわせるように、いつも以上にはしゃいだ声で。
だが、暫らくして、ふと会話が詰まる。
自分たちしかいないということが、この世界の他の住人が存在しないように思えてしまうほど、静まる車両。
切欠は、次の停車駅を告げる、アナウンス。
『次の停車駅は、【ひとみさき】、次の停車駅は〜……』
これまで通過して来た駅名は、聞きなれた名を告げていた。
窓の向こうに見える景色には、多くの人々の日々の生活が伺える。
だが、これまで停車したホームには、乗り込んでくる乗客の姿は見当たらなかった。
それでも、ただ単に利用の少ない路線なんだろうと、思うことは出来たのに。
−自分たちは、どこへ連れていかれるのだろうか…?−
そんなことが、ふと、頭に浮かんで、すぐにそれを打ち消した。
これではまるで、この旅行を疑っているみたいじゃないか。
せっかく、幸村が計画を立ててくれた旅行なのに。
「…なぁ、柳ぃ…この辺に、あんな駅名の街、あったか?」
ブン太は、ちらりと通路を挟んだ幸村達の様子を窺いながら、身を乗り出して問い掛けた。
幸村は窓の方へ頭を預けて、どうやらうたた寝しているようだ。
その隣で、真田はあいかわらず腕を組んで、静かに眼を閉じている。
自然と、囁くような声になってしまうのは、ブン太なりに気遣っているのだろう。
ただ、少し確認したいだけ…そりゃぁ、全く不安じゃないと言ったら嘘になるけど。
だから、幸村を不安にさせるような発言は、聞かれたくない。
そういう思いを汲んでか、柳も声を落として囁いた。
それは、ブン太が望んでいた明るい見通しを持つものでは無かったが。
「さぁ、あまり記憶に無いな。」
一瞬、声をあげそうになるのを辛うじて押し止め、ブン太は口を噤んだ。
薄々、予想は付いていた…それが、確実になっただけ。
柳はきっと、これでも言葉を濁している。
「え?そうだったのか?俺、みんな知ってる場所だと思ってたから…。」
そうして声を詰まらせたジャッカルは、暗に自分も同じように思っている事を匂わせた。
中学校からここで暮らしているジャッカルにとって、生活圏外の土地にはほとんど馴染みが無い。
だから、こうして各駅で止まる電車や古びた車両、寂れた車窓の風景も、普通の事なのだと思っていた。
「まぁ、こんな寂れた土地に、各駅で停車する路線なんて、今時ありえんじゃろうな。」
仁王の潜めた声に、ブン太は身体を震わせる。
ただでさえ、採算の取れない路線などは、予算削減のため真っ先に廃止となる時代。
余程の観光地で、週末には乗客でごった返すのだとでも言わない限り、残っているはずが無い。
こんな、今まで聞いた事も無い地名の、有名な観光地の存在なんて、自分たちは…知らない。
****
彼等を乗せた古びた車両は、無人のホームへと軋む音を響かせて滑り込む。
すっかり錆付いてしまった駅名の表示してあるプレートが、かろうじてここが【日富崎(ひとみさき)】である事を指し示していた。
一斉に、プシューという油圧音と共に、まるで何かを迎え入れるようにドアが開く。
車両内に入り込んだ外気が、足元を滑めていく。
ヒンヤリと、水気を含んだ風に、思わず背中が粟立った。
ずっと……ずっと、遠くに、海の気配を感じた。
漂う空気に、ほんの少しだけ、磯の香りが混じっている。
それは、少し淀んだ、生臭さを感じさせる、磯の…臭い。
周りは鬱蒼と茂る木々に覆われて、ここがどの辺なのかも想像が付かない。
一本だけ走る線路上に、粗末な駅舎がポツンと申し訳程度に建っているだけの無人のホーム。
もう、ここに人々の生活の匂いは感じられない。
誰も乗り込んでくるはずの無い、廃れ果てた集落のように。
それでも、ドアは、開かれる…誰が、何が……この電車を利用しているのだろう。
思わず車両内に別の誰かがいるような気がして周りを見回したが、当然ここにいるのは自分達だけだ。
大丈夫…大丈夫……。
****
「発車、するようだな。」
低く、落ち着いた口調で呟く柳の声が、それまで無音だった空間に溶け込む。
それを合図のように、停車時と同様、一斉にドアは閉ざされ、ガクンと揺さぶられた車両はぎこちなく動き出す。
もう、動き出すことは無いのでは?と、思ってしまうほどの停車時間は、実際のところ数分も無かったのだろう。
無意識に座席の上で握りしめた拳が誰かの掌に覆われ、それが隣に座るジャッカルのものだと気付くと、ブン太は小さく息を吐いた。
この胡乱な状況の中、確実なものがあることに、安堵した。
ジジッとスピーカーから雑音が入り、それに続いてアナウンスが流れる。
『次の停車駅は、【芙民崎(ふたみさき)】、次の停車駅は〜……』
車両内は、静けさに包まれた。
ある程度予測は出来たが、やはり落胆は隠せない。
冷徹とも取れるその抑揚の無い声は、またしても聞き慣れない駅名を淡々と告げた。
****
雑草が生い茂るホームに、雨ざらしになった駅名のプレート。
無人のホームに迎えられた電車は、何かを招き入れるようにドアを開く。
『次の停車駅は、【満壬崎(みつみさき)】、次の停車駅は〜……』
進むほどに、寂れていく景色。
車両内に漂う淀んだ磯の臭いは、かすれるどころか一層満ちてくる。
『次の停車駅は、【夜摘崎(よつみさき)】、次の停車駅は〜……』
まだ明るい時間だというのに、窓の外は薄暗い。
水藻の様な蔓がお互いを絡ませ合い、線路上を、まるでトンネルのように覆い尽くす。
『次の停車駅は、【溢身崎(いつみさき)】、次の停車駅は〜……』
「どがぁな秘境に着くのやら、まっこと楽しみぜよ。」
「公共交通機関で行ける様な秘境など、大したことは無いだろう。」
仁王と柳の交わす冗談じみた会話も、素直に笑い飛ばすことは出来なかった。
『次の停車駅は、【睦巳崎(むつみさき)】、次の停車駅は〜……』
薄ぼんやりと灯された車両内の電灯が、外の暗さを一層引き立たせる。
樹々が作り出した闇で鏡状になった窓ガラスに、一瞬映し出された幸村の表情は、何の感情も読み取れないほどに虚ろだった。
『次の停車駅は、【那波崎(ななみさき)】…終着駅…【那波崎(ななみさき)】です……
みなさま、お忘れ物の無いように………。』
少しだけ、変化を見せたアナウンス。
それは、終わりなく続くかと思われた、このレールの終点を告げた。
END
<2009.10.4>
まずは、ごめんなさいm(__)m
1年半ほどぶりの更新です。
これまで放っておくなんて、自分のだらしなさに泣けてきそうです。
途中まで書いていたのですが、それからが詰まってしまい、なかなか続きが…。
この話の続きを気にしていると、ありがたいお言葉もいただけました。
そんな勿体無いお言葉…申し訳ないです。
すごく、嬉しいです。
やっぱり、まだ頻繁に更新できる状態では無いですが、地道にあげていこうと思います。
それまでお付き合いいただければ、幸いです。
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