コートには、練習の準備を始める人影が、ぽつりぽつりと集まってきていた。
その様子を視界の端に納めながらも、比呂士は縋り付く赤也を引き離すことが出来ずにいた。
仁王も、この場を離れることなく、比呂士の側に佇んだまま。
そんな二人のただならぬ雰囲気に、比呂士は自分の周りで起きている何かに、漠然とした危機感を感じていた。

そして…。
コートの手前から動けずにいた3人は、気付いていなかったのだ。
コートから近付いている、大きな影に。

まほろばの記憶 2



 「お前たち、何をやっている!もう、朝練が始まる時間ではないか!朝から、たるんどるぞ!!」

一際大きな怒声が響き、驚いて振り返った3人の視界に入ったのは、腕を組み憮然と立つ真田弦一郎の姿だった。
既に身支度を整えた彼は、まだコートへも入らずにいる三人へ、厳しい視線を放つ。
いつも、真田の制裁を受けている仁王と赤也は、反射的にコートへ駆け出していた。
咄嗟のことで出遅れてしまった比呂士も、急いで彼等の後を追おうとした、その時…。

 「まて、柳生。」
 「…はい…なん、でしょう?」
 「随分、顔色が優れないようだが、体調が悪いのではないか?」
 「…え…?」
 「何か、あったのか?」

真田は、質実剛健をその姿で表したと思えるほど、実直な男だ。
融通が聞かないほどの堅物振りに、思わず辟易してしまうこともある。
だが、他人に厳しく、それにも増して、自分をも厳しく律する彼の姿勢を、比呂士はそれほど嫌ってはいない。
彼なりに、相手のことを考えての言動だとわかっている。
体調管理ができていない今の自分へ、真っ先に「けしからん!」と叱責するのは彼だろうと思っていた。
そんな真田からの意外な心遣いが、比呂士は嬉しかった。

 「いいえ…ただ、少し寝不足気味で…御心配をかけて、申し訳ありません。」
 「いや…あまり、無理をするな。」

そう言ってコートへ向かう真田を追う様に、比呂士も歩き出した。
すると、先にコートへと行ったはずの仁王や赤也が、まだ着替えずにこちらを見ていた。
当然、それは真田の目にも入り、声を荒げて息巻いた。

 「仁王!赤也!貴様ら、やる気があるのか!!」
 「真田、朝から声が大きすぎるよ。近所迷惑になるだろう。」

真田の怒声を遮る様に、穏やかな声音で有無を言わせぬ威厳を持つ言葉が掛かる。
それが自分に向けられたのではないにも関わらず、比呂士は身を強張らせた。
そして、その言葉を向けられた本人は、気まずそうな表情で立っていた。

 「こんなところで、どうしたんだ?それに柳生…顔色が悪いよ?」
 「幸村くん…。」

風に流される、緩やかにウェーブのかかる髪を押さえながら、幸村精市は涼しげに微笑む。
たおやかな外見の彼は、この常勝を掲げる立海大付属中等部テニス部の主将である。
彼がふとした瞬間に醸し出す雰囲気は、その外見からは考え付かないほど、威風堂々としている。

 「真田に、何か言われたの?」
 「い、いいえ!そんな事では…真田くんにも、私の顔色が悪いと心配をかけてしまって…。」
 「あぁ、そうだったの。でも、本当に調子悪そうだよ?何かあったのなら、遠慮しないで言ってくれ。」
 「お気遣い、ありがとうございます。大したことでは、ないんです…少し、寝不足で……。」

代わる代わる掛けられる、自分を気遣う仲間の言葉に、比呂士は自分の不甲斐なさを感じていた。
こんな寝不足ぐらいで、みんなに余計な心配をかけてしまったと、心苦しく思う。
それが表情に出ていたのか、幸村は比呂士の頬を両手で包んで、顔を覗き込んだ。

 「そんな顔しないで、柳生。オレは、柳生のそんな顔、見たく無いんだ。」
 「す、すいません、幸村くん。私は、大丈夫ですから…あの…その、手を…離しては……。」
 「…しょうがない……柳生は、そういう所、頑固だからね。でも、無理はしないこと…これだけは、約束してくれ。」

女性的とも思える顔立ちの幸村に上目遣いに見つめられ、思わず頬に熱が篭るのを感じた比呂士は、動揺に声を上擦らせた。
その様子に、少し不満げながらしぶしぶ手を離した幸村は、それでも静かに、しかし、きっぱりと言い放つ。

 「と言うわけだから、今日の朝練、柳生とオレは見学するよ。真田、異論は無いね。」
 「ゆ、幸村くん!私は…!」
 「寝不足で練習して怪我でもされたら、我が立海大の戦力の喪失は甚大だよ。そうだね、蓮二。」
 「あぁ、勝率は27%程落ちるだろう。僅かな確立でも、その可能性がある限りは、自重した方がいい。」

いつの間に来ていたのか、帳面を脇に携えた柳蓮二が比呂士の肩に手をかける。
真田は当然、幸村の言葉に異論がある筈も無く、無言で大きく頷いた。
幸村は、最近難病を克服したばかりで、練習もまだ余程体調がいい時で無ければ参加できない状態だ。
そんな彼と、ただの寝不足の自分が、同じ様に見学するなんてできるはずが無い。
だが、立海大三強と言われる、幸村・真田・柳にそこまで言われては、比呂士も我を押し通すことはできなかった。

 「さぁ、練習を始めよう。今日は、オレと柳生でしっかりチェックするから、そのつもりで。
  特に、そこの2人!手を抜いてるようなら、後で厳重注意だから、覚悟してくれ!」

言葉の先へ視線を向けると、幸村達とのやりとりをじっと見ていた仁王と赤也が、何か言いたげな表情を残したまま、慌てて部室へ駆け込んで行くところだった。
そんな彼等に苦笑を零しつつ、比呂士はさっきの仁王や赤也の視線を思い出す。
彼等は、自分の身を案じてくれている…だが、少し大袈裟では無いだろうか?
今までだって、寝不足のまま部活に参加したことは何度もある。
その時は、夜通し本を読み耽ってしまったとか、試験前でつい根を詰めすぎてしまったとか…そう言う度に呆れた顔で笑うだけだった。
今日もその程度で終了する、他愛ない話題だったはずなのに…。


いつもと違うことと言えば、寝不足の原因くらいだろうか?

『夢見が、悪かった』

その言葉を発した途端に、彼等の表情が堅くなった。
自分が見た夢の、何が彼等にそんな顔をさせるのか、どうしても夢の内容を思い出せない比呂士には、想像も出来なかった。

だが、確実に自分の周りの刻は動き始めている。
何も知らない自分は、ただその流れに飲まれているだけ…先の見えない未来は、着実に進んでいく。

END

<2008.4.27>

立海メンバー in 『星のまほろば』
☆ Cast ☆
宇津木火足(水支の従兄弟・高校生)…真田弦一郎
伊佐知風(空見のメル友・中学生)…幸村精市
 ? …柳蓮二

メインになるキャラは、このくらいかと。
柳は、このあと重要キャラとして登場予定。
知風=幸村(笑)やはり、最強キャラは揺るぎません。
でも、前置だけでこんなにあったら、終わるまでどれほどかかるやら。
いきあたりばったりで始める悪い癖は、直した方がいいかもね…(苦笑)
設定だけは、あるんだけど…いっそ、ネタだけで終わらせようか…。
まぁそれは、最終手段に取っておこう(^_^;)
多分次からは、話が進む予定。

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