始動

 

 

巨大な光源に相対するように一人の男が立っていた。その男の表情はこちら側からはうかがい知ることはできない。

 

(ここは?)

 

周りは暗く何があるかわからない。しかし、それはとてつもなく悲しく、どうしようもないことであるということだけはわかる。

 

(絶望か・・・)

 

大脳に直接働きかけるかのように声が聞こえた。その声は、怒りにまかせた声でも、悲しみに暮れた声でも、楽しさをたたえた声でもない。暖かさと厳しさが織り成すなんとも表現ができない凛とした声・・・

 

「何億人の死体を踏み越えようとも、後に戻ることはできない。過去には何も存在しない」

 

その声の主が誰だかわからない。

 

「後に戻れないのならば、俺が望むのは、先に進むこと。邪魔するものは・・・切る」

 

 

こちらに背を向けて立っている男は左側の腰の付近に手を向かわせる。そして、なにやら引き抜いた。

 

(刀?)

 

その瞬間あたりが眩いほどに光り、視界を奪う

 

 

ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・

部屋の中に荒い息遣いだけが木霊する。窓から差し込む月明かりが部屋の中を照らしている。

 

「捨て身の・・・努力・・・」

 

なぜ、このときこんな言葉を吐いたのか・・・その理由はわからない。

 

寝床であるハンモックを出て、外を見上げると満点の星空である。日本でこのような星空を見るためにはかなりの田舎に行かなければみれないだろう。周りにはうっそうと繁るジャングル。後ろに目を向けるとテーブルマウンテンと呼ばれる奇妙な山が無言の重圧を与えながらそびえたっている。

 

「エンジェルフォールか・・・」

 

この地域ではめったに見られない東洋人の若い男が1人ごちた。その言葉が聞こえたのか後ろのあばら家から金髪碧眼の20代後半の若い男が出てきた

 

「寝ないと明日にこえるぜ」

「ふん。些細なことだ」

「些細なことね〜」

「こんな夜更けにどうした?」

「いや、別にね」

 

お互い、目線を合わせると不適な笑みをこぼした。

 

翌日、黒髪に黒い瞳、目鼻立ちははっきりしているが彼の国ではまあ一般的な顔立ちと体系を持つ東洋人と、金髪碧眼でハンサムな顔立ちにがっちりとした白人を含めた一行は、ジャングルの中を踏み分けていた

 

「それにても、ヒロユキ、あんたはどうしてこういうところにくるのかね〜。」

「問題があるのか?」

「いや、問題はないさ、だけどよ、この前は、モンゴルだっけ? その前はエジプト、その前はええっと・・・」

「黒部」

 

「そうそう、あの時はひどかったもう少しで谷底に転落するところだった。どうして、危なっかしいところばっかり行くのか俺にはわからないよ。金持ちなら金持ちらしい遊び方があるってもんじゃないかい?」

 

「くだらない。」

「くだらないってなぁ〜 もうちょっと遊び方があるだろう。ヒロユキの年頃なら」

「どういう遊び方だ?」

「どういうってなぁ その〜」

 

そのうちに彼らの耳にはなにやら水が落ちる音が聞こえ出していた。まだ彼らの目には見えていないが、うっそうとした気の向こうにはテーブルマウンテンが立ちはだかり、お目当てのものがあるはずなのだ。

 

「近いな」

 

 ま、マジかよ・・・こんなあしばのわりーところを何時間も歩いてきたんだぜ。普通ならもう根を上げてるころだ。それにしても・・・アイツの体のどこにあんな力があるつぅーんだ。まったくわからないぜ。

 裏家業もこなすジャック人の何百倍ものトレーニングを積んで体を鍛えているはずだが、さすがに足場の悪さ、蒸し暑さにやられ体力は相当奪われている。自分の目の前で歩く速度を上げる上司兼友人の姿を見るとなんとも不思議な感覚にとらわれていく。

 

 結局一足遅れてジャックは、年下の友人の後を追った。ジャングルをかき分けると、一気に水が流れ落ちる音が大きくなり目の前が開けた。そこには、テーブルマウンテンを見上げる広幸の姿だけが見えた。

 

「これが・・・」

「幻の滝、エンジェルフォール」

 

「いつも思うんだが、こうやって目的地に着くと何で、アンタが来たがるかよくわかるよ」

「・・・」

「まあ、なんだ。こういう健康的なこともたまにはいいな」

「お前の場合は、不健康すぎる」

 

彼らが、ジャングルの奥で幻の滝に見とれている時、鎌倉にある総本家屋敷で謎の崩壊事件が起こっていたとは・・・この段階で知る由も無かった。

 

 

 

ベット脇に置いてある水差しの水がかすかに震えだした。しかし、異変に気づいているものはこの屋敷内でこの水差しの中の水だけであろう。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

まるで地下から何か巨大な生物が出てくるような地響きの音が聞こえ出した。その音ははじめのうちこそ小さなものであったがすぐに大きな音に変わり、その音の変化とともに揺れも大きくなる。

 

「な、なんだ!!! 地震!!!」

 

屋敷の一室で寝いていた高人院健太郎もさすがに揺れで目を覚ます。起きたときにはすでに震度5ぐらいの揺れと周りの音をかき消すぐらいのものすごい地鳴りが鳴り響いていた。

 

バタン!!!

 

「健・・太・郎・・様・・・ ご・・・ぶ・・・」

「え!! なに!!」

「ご無事ですか!!!!」

「大丈夫!!!」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!! バキ!!! ズシン・・・・

 

今まで続いていた揺れと、ものすごい地響きの音はぴたりとやむ。何が起きたのかと健太郎と彼付きの家令清水はあたりを見回した。今度は耳が痛くなるほどの静けさだ。

 

ドン!!!! ドカーーーーン!!!

 

その静けさが数秒続いた後、ほんの至近距離で火山が爆発したのではないかというものすごい爆音が轟いた。それ同時に彼らをものすごい爆風が襲った

 

「健太郎様!!!」

 

その爆風、音と、揺れは数秒間荒れ狂いそして、今まで何事もなかったようにぴたりと止まった。

 

パサ・・・ パサパサ・・・ 

パッリーン

 

「ううううう・・・・」

「け、健太郎様!!!」

「大丈夫。怪我は無い!! それより・・・清水・・・怪我は?」

「私は大丈夫でございます」

 

「な、何が起こったって・・・」

「わかりません。と、とにかくここはあぶのうございます。すぐにも非難を!!!」

「わ、わかった」

 

先ほどの爆風と揺れで壁や天井などにはヒビがはいっていた。このまま建物内にいては階って危険が増すだけだ。そう判断した清水はすぐに健太郎に着替えてもらうように願い出た。健太郎の方も異常事態ということをようやく悟り、すばやく着替えると部屋をで正面玄関から脱出した彼らは 改めて、異変の起こった屋敷の方を振り返った。

 

ここからは細かく窺い知ることはできないが、屋敷の中央部の大広間付近で何かが起こったということだけははっきりと認知することができた。なぜなら、この位置から見えるはずの大広間の屋根が全て吹き飛び、その陰も形も残っていなかったからだ。その代わり、彼らの足もとには、大広間の破片であろう残骸があちらこちらに点在していた。

 

「だ、大丈夫ですか!!! 健太郎様」

「う、うん・・・あ、あんまりのことで・・・足に腰が・・・」

「と、とにかく、奥様、旦那様とご連絡しなくては・・・」

「兄さんはいいよ。連絡をしなくても」

「え、」

 

「連絡するつもりだったんだろう? あの男は高人院家の人間じゃない」

「承知しております。」

 

 清水はロンドンにいる母由紀子、ニューヨークにいる祐一郎に連絡をとり、すぐに帰国するよう連絡した。健太郎には内緒にはしたが、広幸付きの家令である杉崎にもこの一件の情報を流した。

 

ピピピピピピ・・・ピピピピピ・・・

 

「ヒロユキ携帯がなってるぜ」

「ああ、そうみたいだ」

それにしても・・・いつもまあ、何でこう無愛想なのか・・・もう少し愛想よくすれば、もっと男として面白いこともできるはずなのになぁ〜 人生の半分を無駄にしているよこの人は・・・

 

 ・・・緊急事態か・・・

 

 エンジェルフォールを見終わり、帰途についていたとき突然、携帯電話が鳴った。休暇中、広幸の持つ携帯がなることはほとんど皆無であった。その携帯がなるということは、容易ならざる自体が起こっていることを無言のうちに示しているのだった。

 その携帯は、当然地球上のどこでも受発信可能な衛星携帯電話だ。衛星携帯電話といっても非常に小型で、手のひらサイズのものである。

 

「はぁ、携帯電話って言うものは無粋だね〜 こんなところまでつながりやがる」

「それが、携帯だ」

「そりゃあ、そうかもしれねーけどよ」

 

 キーを2,3個押すと2つ折の一方に一杯につけられた液晶画面にプラチナブロンドの知的な女性の顔が写りだした。その瞬間、広幸の瞳は絶対零度まで冷え切り鋭くなった。

 

「会長、お休みのところお騒がせして申し訳ございません」

「ほんとだぜ。まったく、休暇だっていうのに・・・キャサリン」

「ジャックは、黙っていてくださる?」

「こりゃ失敬!」

 

「何があった」

「はい、鎌倉のお屋敷で爆発騒ぎがありました。ただいま杉崎様から通信がつながっております」

「代ってくれ」

「かしこまりました」

 

画面が暗転して2,3秒後にどこかの部屋を映し出した。そこには、40歳ぐらいの温厚そうな男が立っていた。

 

「杉崎」

「はい」

「あの家とは、俺はかかわりがない。いちいち連絡はよこさなくてもいい」

「しかし・・・」

「杉崎」

「かしこまりました」

 

杉崎が一礼すると画面は暗転しそして、また、キャサリンを映し出した。

 

「キャサリン、こういうことはいちいち取り次がなくてもいい」

「かしこまりました」

広幸は携帯をきると、ジャックの方に振り返りると

 

「くだならいことで騒がした」

ジャックは苦笑しつつも

「大丈夫だぜ」

 

 ジャックはいつもこういう姿を見ると高人院広幸という男がとてつもない精神を持った男であるということを再認識させられるのだ。今回も、どんな理由かは知らないが法律上関係がないといっても自分の兄弟であり親のことだ。普通なら何らかの動揺があってもいいはずだ。しかし、広幸は動揺するころか、くだならいことといってばっさりと切り捨てた。この男には情というものがないのかと問いたくなるぐらいだ。

 

「おいおい、ヒロユキ。法律上関係がないって言っても家族だろう?心配じゃないのか?」

「なぜ、俺が心配する必要がある」

「あのなあ・・・こういうときはもうちょっと心配するもんだぞ。普通なら」

 

「ジャック、ひとつだけ言っておく、どんな状況であれ場合であれ、常に冷静を保つのが高人院広幸が、高人院広幸である所以だ。」

「あのなあ・・・そういったって」

「それが俺の普通だ」

 

そういわれてしまえば二の句も出ない。結局、一行は一言も発せず黙々とジャングルの中を船つき場まで今までのペースを保ち歩いていった。今夜もあの船着場近くのあばら家で一睡し、明日、川を下りカラカスに向かうことになるだろう。

 

 一夜開け、地球の反対側、東日本大学平塚キャンパスでは、昨夜の鎌倉高人院屋敷爆発事件で騒然としていた。その騒然としたキャンパスを悠々と歩く一人の女がいた。彼女の名は東明寺紗枝子。ブラウンに染めた髪と生き生きとした瞳、見るからに活発そうじゃ女性であり、その性格、容姿からこのキャンパスの女性人気の双璧の一翼をになっている

 

 「紗枝子さん」

 「京子」

 

この京子と呼ばれる女性、名前は、都大路京子。元華族の家柄に生まれ、今もなお、彼女のうちはその名門という名をほしいままにしている。そして、このキャンパスのもう1人の双璧、黒い髪に白磁のような白い肌、見るからに深窓のご令嬢とわかる物腰。紗枝子とは違った魅力を持つ女性である。

 

 「昨夜の話聞きまして?」

 「聞いたわ」

 「ご心配じゃないんですか?」

 「心配? 誰の?」

 

 「幼馴染の・・・」

 「ああ、あいつ。アイツなら大丈夫よ。最近アイツ学校に顔を出していないでしょ。そういう時は決まってそこらへん放浪してるから」

 「放浪?」

 「そ、放浪」

 

 紗枝子は指して気にしていないかのように振舞っていた。

 

 「そうなんですの・・・あっ!」

 「どうしたのよ?」

 

 「ええ・・・天司さんがお話をしたいって。それを伝えようと思っていたのです」

 「へーあのナルシストが、私に何のようかしら?」

 

 「ただ・・・話があると・・・」

 「そ、ま、どうせくだらないことだと思うけど」

 「そ、そんなことは・・・」

 「べっつに京子が否定することじゃないでしょ。それに、俊輔が話があるって言うときはたいていしょうもない話なんだから」

 

 「えっと・・・紗枝子さん・・・」

 「あによ」

 

 「後ろを・・・見たほうが・・・」

 

 京子に促されて、後ろを振り返ってみると

 

「やあ、紗枝子ちゃん、くだらない話とはごあいさつだねぇ〜」

「でたな。ナルシスト男」

「ひどいことをいうね。いつも僕は真実を言っているんだけどね」

「あっそ」

「俊介さん。今はそんなことを話しているときではありませんよ」

「そうだったね。ごめんよ。京ちゃん」

 

3人は、セントラルスクエアーを取り囲むようにたっている建物群の中のひとつ、文化系の部活の部室が入居している12号館ビルへと入っていった。

彼らの所属する考古学研究会は、ビルの3階に入居していた。彼らは、考古学研究会の部室に入るとおいてある上品なソファーには座らずその後ろにある書棚の前に立った。俊介がなにやら書棚に隠してあるコンソールを操作すると、書棚が壁に吸い込まれその代わりにエレベータのドアらしきものが現れた。

 

「あのねえ、いっつも思うんだけどどうしてこう趣味が悪いわけ?」

「どこかだい?」

「私も、こういうギリシャ風は好きですわ」

「あーー もういいわ、で?話って?」

「昨日起きた鎌倉高人院家爆発事故のことさ」

 

「いま、原因調査中なんでしょ?」

「ええ、高人院家の総力を挙げて調査中らしいわ」

「なら、私たち3人が話すようなことじゃないでしょ? 」

 

3人は、ギリシャ神殿風に作られた会議室の中央に座り話している。

 

「それはどうかな・・・アスカ・・・が関係するといったら?」

「まさか!!・・・」

「本当です、このデータはうちの研究所にあるスーパーコンピュータジュピターの分析結果です。ここに高エネルギー反応が出ています」

「500万年もの沈黙を破った・・・というところかしら」

 

3人は中央に移る立体ホログラフを見ながら険しい顔つきになった。

 

「それじゃあ・・・ 四銃士の最後の一人を探さなきゃ・・・」

「すでに、そちらも調べ上げたよ。何を隠そう、今回の被害をこうむった高人院家そのものが、四銃士の血筋を引く子孫なんだからね」

「う、そ・・・」

「本当さ、でも、残念というべきか、それともよかったというべきか。その力を継承しているのは紗枝子ちゃんの幼馴染じゃないんだ。その弟、高人院健太郎」

 

「そう」

 

その言葉を聴いたとき、紗枝子は3次元ホログラフに写る健太郎の写真を見ながら複雑な表情を浮かべていた。そして、こんなときにどこかへ放浪しているだろう無口で無愛想な幼馴染の顔を思い浮かべていた。そして、俊輔は、心の中で、君はどう動く?とつぶやいた。