宇佐を訪ねて・・・・・・

古代史よちよち歩きの私が、高木林光著〔邪馬台国の秘密〕中津宇佐説を新たに解明した、鷲崎弘明著〔邪馬台国の位置と日本国家の起源〕に触発され宇佐に行ってきました。 地元の古代史研究家の方と連絡が取れ宇佐でお会いする事ができました。

 中津宇佐説については、一応の知識を仕入れ疑問点など整理して行ったのですが、お会いしてお話をお聞きしているうちに、魏志倭人伝の里程日程、方向記述と日本列島の地形、 地勢等の検討により、邪馬台国が中津市から宇佐市の一帯に位置していた。宇佐神宮の亀山が卑弥呼の墓であること、又邪馬台国の女王卑弥呼が宇佐神宮の比売大神である事など懇切丁寧に説明していただき、 よちよち歩きの私は、疑問をはさむよちもなくただお話を聞いてきました。

 中津宇佐説によると  応神天皇、ヒメ大神、神功皇后を祭る宇佐神宮の建つ亀山を卑弥呼の墓としています。 亀山は本来独立した丘陵で北側の菱形池を掘った土で亀山の頂上の直径70〜80bの場所に手を加え、卑弥呼の墓を造った、とされています。


 宇佐神宮の三の殿の下に眠るという卑弥呼の棺におもいをはせて参拝しました。奴婢100人が殉葬され、亀棺が数回にわたって出土した境外末社百体神社に足をはこびました。うっそうと樹木のおいしげる亀山、前方後円墳の全景はみることわできませんでしたが 航空写真でみてみたいものです。


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