キラは墜落していく長距離用の偵察機に乗りながら命の終わりを感じていた。せっかく世界が平和になりつつあるのにここで自分の命は終わりなのかと残念に思う。それでも自分は頑張って生きた方だと一種の感慨深さがこみ上げてくる。恐怖はあまり感じなかった。実感が沸かないのかもしれない。コックピットから見える前方にはペンキをぶちまけたような一面の青空が広がっている。真っ逆様に落ちているわけではなかった。機体は徐々に斜めに高度を下げている。操縦用コンピューターをいくら操作しても無駄だった。偵察型のジンは確実に墜落に向かっている。逃れようもない。カメラの位置を動かして下を覗くとぐんぐんと地上に近づいていた。
「キラ!もうだめだ!」
 隣にいたアスランもとうとう根を上げて勢いよく席から立ち上がる。先ほどまでは色々な機器を触って故障を直そうと奮闘していたがどうやら諦めたようだった。キラはおもむろにアスランを見上げ、首をかしげた。
「ねえアスラン、僕たち死んだらどこに行くと思う?」
 その言葉にアスランは顔を歪めるだけだった。そしてそのまま無言でキラの前にかがみ込みキラのシートベルトを外していく。ぽかんとしているキラの腕をアスランは性急に引っ張るとキラを無理やり立ち上がらせた。
「俺たちは死なない。俺も!お前も!」
「でもこの状況でどうするの?」
 機体の下部からボンッという原因不明の爆音音が響いてきた。その途端、偵察型ジンはぐらぐらと不安定に揺れだし見る見るうちに先ほどよりも急速に地面に落下していく。アスランは揺れる偵察機の中でもしっかりと立ちながら緊急用と黄色い字で書かれた小さな扉を手早く開き、そこから四角いものを取り出してまず自身で背負い、ついでまだぼんやりとしているキラにも同じものを背負わせた。そして落下していくジンのコックピットを緊急時用の手動レバーで開けていく。コックピットが開いた瞬間、外からものすごい風が吹き付けてきてキラとアスランの体が風圧に少しよろめいた。髪がばらばらと顔にかかってアスランはうっとうしそうにそれを払い、コックピットのコンピューター部分に平然と足をかけて登っていく。
「アスラン、正気!?」
「ああ、もうこれしか方法はないだろ?」
 アスランは戸惑うキラの手を掴みキラのことも上に引きあげた。開かれたコックピットの端っこぎりぎりに立ったキラが下を窺うと、遥か下方に地球の偉大なる大自然が広がっていた。地平線の先まで続く樹木また樹木が二人の前に立ちはだかっている。キラはすさまじい強風にまた押されてバランスを崩し、ぐらりと体がかしいでコックピットから落ちそうになった。すかさずアスランの手がキラの服に伸びて助かるが、キラは肝がひやりと冷え恐怖で足がすくみそうになる。これはMSで戦うのとはまったく異なる種類の暴挙であると思った。
「ここを落ちるの?悪いけど、僕は無り…」
 青ざめたキラが最後まで言葉を言う前にアスランは踏みつけた精密機器をつま先で思いっきり蹴って空へと舞い上がる。もちろんアスランの手にはキラの手がしっかりと握られていたのでキラも道ずれだった。キラの体はアスランに引っ張られて無防備に宙へと放たれる。二人の背後で示し合わせたように更なる爆発音が辺りにとどろく。そして二人は一瞬浮き上がったかと思ったら、その後は重力の恐ろしい手によって体全体をぐんっと下に引きずり下ろされていく。青空の中を無抵抗にただ落下していくことは信じられないほどの悪夢だった。キラの口からほとばしりそうになる悲鳴があまりの恐怖のために喉元で張り付いて声にならずに消えていく。アスランは空中で体勢を立て直してキラに叫んだ。
「キラ、俺が手を離したら背中に背負ってるパラシュートの紐を引け!いいな!?」
「………っ」
 しかしキラは恐怖で何も考えられずに硬直していた。するとそれに気付いたアスランが落ち着かせるようにキラの手をぎゅっと握りしめたのでキラはようやく固まった頭を小さく動かして訳も分からず頷いた。落下の風圧で全てを上へとなびかせながらアスランは軽く微笑んでキラの手を離す。アスランの手が離れた途端、キラは圧倒的な力を持つ地獄の釜の前にたった一人放り出された気がした。このままでは燃え盛って湯気を立てている釜の中に一直線に落ちて後はぐつぐつと煮られて死ぬだけである。そこからいち早く抜けるように同時に落ちていたアスランの背中からばしゅっとパラシュートが飛び出して、アスランの落下が緩まった。しかしキラは尚も猛烈なスピードで落ちていき、二人の距離がどんどん広まっていく。キラは上を見上げて離れていくアスランのことを蒼白な顔で見つめていたが、アスランの「キラ!早く紐を引け!」という叫び声がどうにか耳に入ってくる。キラはその言葉をようやく理解して硬直する手でなんとか紐を握り引っ張った。その瞬間重力とパラシュートがキラの運命をめぐって猛烈な戦いを始め、一瞬後、キラの体が死からふわりと開放される。落下の一途を辿っていた体はゆっくりと優しく地面に向かっていった。上からアスランの叫び声がする。
「キラ、大丈夫か!?」
 またキラが上を見上げると、アスランの血の気が失せた顔が遠くかすかに窺えた。だからキラは安心させるように頷いてアスランに見えるように手を振った。もう恐怖は消えている。
「うん、僕は平気!ありがとう」
 二人はそのまま地上へと落ちていった。故障したジンが猛烈なスピードで斜め下へと進みながら二人から離れて落ちていく。キラが自分の乗っていたジンを見返る余裕ができた瞬間、そのジンは二人の運命とは別れて地面に勢いよく激突した。そして大きな爆発が起き、周囲の木々がなぎ倒されていく。爆風があたりを吹き上げ、キラの顔にも高温の突風が襲い掛かってきた。パラシュートの傘がその爆風に巻き上げられて不安定に吹き飛ばされる。キラは防御のために反射的に腕で顔を覆って目をつぶったが、その間もキラは落下していき、体が木々の枝にばさばさと当たる痛みを感じる。そして気がついたらキラは地面に足をつけていた。体に怪我はなさそうだった。キラがようやく目を開けて辺りを見渡すと、見たこともない樹木や植物がキラの頭上に覆いかぶさるようにそびえていた。ところどころから強い陽光が差し込み、新鮮な緑色が輝いている。噂に名高いジャングルという場所の真っ只中にキラは一人で立ち尽くしていた。




恋の救命ダイヤル2525





 近くでがさがさという音がしてキラの体にぴりりと緊張が走る。ジャングルなんて未知の世界だったのでどんな恐ろしい猛獣が出てくるか分からない。アスランがどこに着地したのかも不明だったのでキラはとにかく自分ひとりで戦えるように武器になるものを必死で探した。しかしどこを探してもそんなものは用意していなかった。その上、背中に張り付いたパラシュートのせいで思うように身動きがとれない。焦って絡みついたパラシュートを取り外そうともがいていると、蔦(つた)をかき分ける白い手と共にアスランの頭がひょっこりと現れた。
「キラ、無事か?」
「アスラン!?」
 キラはとたんに安心して全身の力が抜けていく。アスランはすでに自分のパラシュートを取り外しており左手に小さく畳んで持っていた。キラはパラシュートと格闘する手を止めてアスランに近寄ろうと小走りに駆け出した。しかしもつれたパラシュートはキラの足にも絡みついていたようで歩みが阻害されキラは湿った土に倒れ込む。
「うわっ」
 しかしアスランが素早く飛んできてキラの体をしっかりと受け止めてくれたのでキラは難を逃れることができた。
「大丈夫か?」
「う、うん、ごめん」
 急にアスランの腕に抱き込まれてキラはどぎまぎして先ほどとは別の要因で体に緊張が巡っていく。アスランも体と体が密着してるこの状況にふと気付いてそそくさとキラから体を離した。そしてキラの後ろに回って絡みついたパラシュートを取り外すのを手伝ってやりながら、心配そうに顔をしかめる。
「それにしてもキラ、落ちている時にお前中々パラシュートを開かないから見ていてハラハラしたぞ」
「だって君があんなところから急に僕を突き落とすから。心の準備もしてなかったのに冷静でなんかいられないよ」
「仕方ないだろう?早くジンから離れないと俺たちはもっと危なかったんだ」
 そこでアスランとキラは二人同時にジンが爆発した方向に目を向ける。木々の合間から覗くわずかな青空が見えるだけで詳しいことは何も分からなかったがどうやら火事にはなっていないようだった。爆発時にどこかで火が出たとしても圧倒的な突風のおかげでその火は消し飛ばされたようだ。ここら一面にはジャングル独特の青臭い植物と土の匂いが充満している。背中からパラシュートを取ってもらったキラは周りを見渡しながら小さく息をついた。
「これからどうする?ミネルバが僕たちの異変に気付いて探してくれるとは思うけど」
「ああ、それを待つしかないな」
 いたるところから虫の声が聞こえ不思議な鳥の鳴き声も遠くから響いてくる。二人は上空を飛んでいたのでここが見渡す限りの熱帯雨林で人が住んでいない地域であることを知っていた。偵察機で高速で飛んでもどこまで行っても濃い緑色の木々がひしめいているばかりであったのだ。それを了解していたのでキラはぽつりと声を漏らす。
「この辺には集落なんかないから助けを求めても無駄だよね」
「俺の知る限りでは現地人の集落があったとしてもここからはかなり遠いんだよな。捜し歩くと余計に奥へと迷い込んでしまうかもしれない」
 そこでキラはふと思いついて顔をあげ、アスランのことをじっと見つめた。
「じゃあこの地平線上で生きている人間は僕とアスランだけってこと?」
「ああ、この中で俺たちはまったくの二人っきりということだ」
「このまま遭難したら、僕たちは世界に二人っきりになるね」
「ああ、死ぬまでずっと二人っきりだろうな」
 キラとアスランは何気なくそう言ってからお互いの瞳を見つめあう。そうして自分たちの言った意味が段々と理解できてきて二人はお互いに同時に顔を逸らした。二人の頬がほのかに染まっている。キラは何であんな変なことを言ってしまったんだろうと自分で後悔しながら顔を赤く染めてアスランに不自然に背中を向けた。二人は昔から今もなおただの友人同士であるのだ。長いこと友人として付き合ってきてそれはずっと変わらない不変のものである。心を許せる親友同士の二人はお互いに背中を向けたまま誤魔化すように話題を変えた。
「キラ、ジンのところに行こう。故障したジンから墜落の最終的なデータを取らないといけない」
「あ…そうだね。どうして突然制御不能になったのか後でちゃんと調べないといけないしね」
 歩き出したアスランについて行きながらキラはジンのことを思い出してかねてからの疑問がまた頭に芽生えてくる。偵察型ジンは艦長から指令を受けて乗ったものであり、本来であれば二人の機体ではなかったのだ。しかし昨日たまたまキラはそのジンを改造していじっていた。だがキラは自分がOSの致命的な改造ミスをするとは思えなかった。そのジンが急に故障したので原因がわからなくて気になって仕方がない。それに加えてキラはこの後ミネルバに迎えに来られた時のことを想像して苦笑まじりのため息が出た。
「それにしても隊長である僕とフェイスの君が戦時下でもないのに二人して行方不明だなんてザフトの笑い物だよね。戻ったらシンたちにからかわれるだろうな」
「仕方ないさ。俺たちは最善を尽くした。とにかく生きてるだけよかったよ」
「うん、まあそうだよね」
 二人はそのまま歩き続けたが、湿気の強い空気が体中を覆い、早くも全身が汗ばみ始めてくる。ジンまでの距離はたいしたことはないはずだが見たこともない植物が生い茂っている道なき道を行くことは予想以上に難儀であった。アスランは前を歩きながら周り中に注意を張り巡らせていたが、キラは暑さで頭がぼうっとして散漫に歩いていた。だから目の前に蔓(つる)植物がだらりと垂れ下がってきた時も意識をせずにそれに手を伸ばし払おうとした。しかし手が触れかける一瞬前、蔓が唐突に頭をもたげ大きな口を開いてキラの手に襲いかかってくる。キラは頭から冷水をかぶったように一気に目が覚めて息を呑んだ。
「キラ!」
 アスランがキラの体を引っ張り蔓から引き離した。そして二人が安全な場所まで素早く移動した後でキラはアスランに引かれながらも恐る恐る蔓を振り返ってみる。すると蔓だと思っていたものが実は細長い蛇であることに気付き、そして蛇はまだ鎌首をもたげシューシューという音を出して二人を獰猛に威嚇していた。アスランはキラの手を引き続けながら蛇を迂回して先へと進んでいく。
「キラ、危ないだろ?きちんと注意して歩かないと」
「ごめんね、ありがとう、アスラン」
「あの蛇は細いけど猛毒を持ってるんだぞ?噛まれたら大変だった」
 キラの額には冷や汗がにじんでいた。心臓の鼓動も今頃になって高まっていく。しかし冷や汗以外にもここの湿っぽい空気と高温で体からは汗が流れ落ちていた。キラはアスランに握られた手を不意に意識してまた心臓がどくりと跳ね上がった。自分の手が汗で濡れていることに気付き、その湿っぽい手をアスランに握られる恥ずかしさで瞬間的に手を離したくなったが、それと同時にアスランとずっと手を繋いでいたいという願望がわき上がりキラの中で双方の思いが戦いあう。結局キラはアスランの意志に任せ、手を握り続けることにした。幼い頃からの親友同士が危ない場所で手を握りあうことは珍しくはないはずだ。キラは自分の頬が赤くなり鼓動が高まっているのはこの暑さのせいだと心の中でしきりに言い訳をしてアスランの手をそっと握り返した。




 墜落したジンのところに近づくにつれ、辺りにはくすぶった匂いが充満してくる。鬱蒼としていた木々の間から突如として視界が開け、二人はジンの残骸にようやくたどり着いた。爆発で周りの樹木はなぎ倒され吹き飛んでいる。アスランは辺りを確認しながら慎重にジンに近づいていった。
「これなら上から見て発見されやすいかもしれない。緑だらけの中でここだけぽっかりと穴が開いていて異質なはずだ」
「うん、でもここの樹木や生き物には悪いことをしちゃったね…。動物が爆発に巻き込まれて死んじゃってる」
 アスランはその言葉を聞いて急いでキラの方を振り返る。
「動物の死骸?どこにあるんだ?」
「え?ここだよ。倒れた木の影で見えにくいけど…」
 アスランはキラの指さした場所を覗いてみて即座に顔をしかめていく。
「まずいな」
「何が?」
 アスランはキラの方を向いて視線を合わせた。とても深刻そうなその表情にキラは驚く。
「動物の死骸があると他の動物が匂いにつられてここにやってきてしまう。ネズミや鳥のような小動物ならいいが、恐らく危ない補食動物もやってくるだろう。俺たちの武器はこのナイフだけだからちょっと心配だ」
 アスランの手にはいつの間に握られていたのか、鋭いナイフが光っていた。しかしキラはアスランの発言自体よりもむしろそのナイフに興味を引かれる。
「アスラン、そのナイフどうしたの?いつも持ってるの?」
「いや、パラシュートの背中部分に入っている緊急用物品だ。キラ、お前のパラシュートにも入ってたはずだろ?」
「え?知らなかった!」
 キラは急いでパラシュートの背中部分の平らなところを探ってみる。すると確かにポケットがついていてその中に手を突っ込むと折りたたみナイフや簡易水筒が入っていた。その間アスランは素早くジンのところに戻り、コックピットに軽快に飛び乗りコンピューター部分をいじり回していった。そして再びキラのところに戻ってくると先ほどまで歩いていたジャングルを目線で指し示す。
「キラ、戻ろう。データは取れたから、俺たちはここにいない方がいい」
「でもミネルバが探しに来てくれた時に僕たちがここにいないと発見されないんじゃない?」
「ミネルバが近づいてきたら音で分かるさ。ひとまずここから離れた方がいい」
 キラはそう言われて納得し頷く。そして二人はまたジャングルのただ中へと戻っていった。




 それから数時間経ってもミネルバが現れる気配はなかった。ミネルバの推進力ならもうとっくに迎えに来てもおかしくない頃なのにいくら待っても来ないことでキラは徐々に不安を抱き始めていた。一面に覆われた緑色の上空から覗く僅かな空もキラの心を投影するように段々と暗くなってきている。ジャングルで過ごす夜など想像もつかない。キラの着ている白い隊長服は一時間ほど前に降った大雨のせいでもうびしょ濡れだった。それなのに蒸されているようなひどい暑さを受けてキラの頭がサウナにいるようにぼやけていく。
「もう我慢できない」
 キラは自分に喝を入れるように唐突に立ち上がり白い隊長服を脱ぎだした。泥だらけになっている自分の上着を脱ぎ、シャツとズボンだけになるとほんの少し暑さが和らいだ気がする。もう邪魔なだけなので隊長服はその辺に放り投げる。きっといくらも経たない内に土へと帰っていくだろう。
「どうしてミネルバは来ないんだろう。何かトラブルがあったのかな?」
「トラブルの気配はなかったから大丈夫だとは思うが。仮にもし問題が起きたとしてもミネルバは易々とはやられないさ。俺たちはとにかく待つしかない」
「うん…」
 キラと喋りながらもアスランは空を見上げて顔を曇らせる。確実に日暮れが近づいていた。ジャングルに響く音も昼間とは様相を呈している。
「それにしてもこのままだと夜になってしまうな。ジャングルで夜を過ごす準備をしておいた方がいいかもしれない。暗くなると何もできなくなる」
 地面は蟻や蜘蛛がいて危なかったので二人はずっと立ちっぱなしでミネルバの到着を待っていた。キラはこういうサバイバルに慣れていなかったので精神的な疲労が溜まっていき、アスランが現在抱いている心配とは丸っきり異なる不安がキラの胸に募っていく。これほど経ってもミネルバが来る気配がないのは不自然にさえ思えてきた。
「もしかして僕たちはこのままここに置き去りにされるのかもしれない」
「キラ、それは考えすぎだ。きっとその内みんなが迎えに来てくれるさ」
 アスランの額からまた汗がしたたり落ちる。だがその顔は冷静そのもので落ち着いていた。一方キラは民間人あがりだったのでこういう非常時での訓練を一切積んでいなく、今のキラには周りから聞こえる動物の鳴き声や木々のざわめきさえも不安をかき立てる要因になっていた。
「でも僕はザフトの新参者だし、アスランは出戻り組でしょ?だからこの機会に殺しちゃおうなんて…」
「キーラ…」
 アスランは暗い顔をしているキラの背中を穏やかに数度撫でてやった。しかしキラはそれが思いのほかくすぐったくて小さく声を漏らし体がびくりと跳ねてしまった。それに気付いたアスランは目を見開き、慌ててキラから手を引っ込める。こうして二人の間にまた絶妙な沈黙が降りていった。キラは反射的に出た自分の反応が恥ずかしくてパラシュートを胸にぎゅっと抱き込んで瞳を揺らめかせる。アスランも不自然にあさっての方向を向いて顔を赤く染めていた。そんな二人にお構いなく、どこかから無神経な鳥が嬌声のような声をあげて泣き喚いている。親しい友人間では起こりえない沈黙にキラが威圧されかけた時、アスランがその空気を壊すように出し抜けに自分のパラシュートをキラの前に差し出した。
「…すまないがキラ、これを持っててくれないか?」
「え…?いいけど…何をするの?」
 キラは何とか平静を装ってアスランからパラシュートを受け取り自分の分と一緒に腕に抱える。アスランは上空を指さしてため息をついた。
「暗くなる前に俺たち二人が寝れる寝床(ねどこ)を作らないと」
「え、僕たちの寝床?僕たちは今日一緒に寝るの?」
 キラは瞬時に顔に熱が集まってくるのを感じながらアスランを驚いたように見つめる。アスランも自分の言葉が勘違いを呼ぶ言い方だったことに気付いて更に顔を赤らめながら即座に言葉を追加した。
「いやだから俺とお前の二人のための寝床だ。ああ違う、違うな。えーと俺の寝床とお前の寝床ひとつずつだ。一緒には寝ない。それを早く作らないと」
「あ、ああ。う、うん、そうだよね。あ、早く準備しないとね」
 二人は赤面しながらお互いに顔を逸らしていた。じめじめとした暑さのせいで顔が熱くなっているのだと二人は同時に自分の心に言い訳を積み上げていく。二人の間に流れる沈黙が二人を同様に気まずくしていった。しかしアスランはそれを振り払うようにナイフを取り出してキラに背を向けて歩き出す。
「キラはここで待っててくれ。俺が寝床の材料を集めてくるから」
「待って。僕も手伝うよ」
 キラはその背中について行こうと足を踏み出すが、アスランは振り返ってキラを柔らかく制止した。
「俺だけで大丈夫だ。キラは何が材料になるか分からないだろ?そんなに遠くに行く訳じゃないしすぐに戻ってくるよ」
「そう…?」
 キラの足がゆっくりと止まり、アスランはそのまま樹木の影の中に消えていく。その離れ行く背中をキラは無自覚な未練を漂わせて見送った。






次へ


戻る