残された家族

私の気持ちや家族の様子を書いています
2004-06-10 Thursday
子どもと
今日 長女と話をしました。
色々 話しました。その中で
「あまり病院のことが出てこなくなった。でも賢信の顔を忘れたわけではないねん」
長女はそう言っていました。
「ママもあまり病院のこと出てこなくなったよ 賢信の声も思い出せなくなった。けれど賢信を忘れたわけではない」
そして、私が「死のうかと思ったほど辛かった」と言うと長女は 「うちも賢信の所に行きたかった。だけど 賢信のためにも生きなアカンと思った。辛いけど 自分が大事だとうちは考えた」と言いました。何度も 自分が大事だと言いました。
 短い言葉の中に どれほどの思いを長女がしていたのか 伝わってきました。
 話が出来て良かったです。
2004-06-11 Friday
うれしかった話
先月 8ヶ月のお子さんを亡くされた方とお話しする機会がありました。
その方も その後 子供を出産されていました。
で、とても嬉しかったのが
亡くなったお子さんの誕生日に服をあげるそうです。
そしてそれを 次産まれたお子さんに「お兄ちゃんのお下がりだよ」とあげていたそうです。
 いつもね 賢信に何かをあげたくても 位牌の前に沢山たまっていくのか悲しくて お菓子とかしかあげていなかったのだけれど そうかあ そういう事が出来るんだなあ。
賢信が生きていても 服なら当たり前のように下の子にあげる。賢信にあげても使ってくれる人がいるんだ と なんだか嬉しくなりました。
 「お兄ちゃんのお下がりだよ」と渡せるなんて 凄く良いことを聞いた気がして嬉しかったです。
2004-06-21 Monday
体が覚えている
幼稚園の手紙に 夏祭りの手紙が入るようになった。
去年 この夏祭りから帰ってきたら 賢信が下痢になっていた。
しかも今年は 賢信の誕生日に夏祭りがおこなわれる・・・
知り合いに「僕の誕生日に楽しんできてと言ってくれてるんだよ」と言われ少し落ち着いたけれど やっぱり凄く怖い。
どう乗り切ろうか 今から色々考えてる。
誰かと一緒にいて貰おうかな・・・だけど開催が夜なので みんな忙しいだろう。
 賢信が居たことや病院のことは遠い過去のように感じるのに 恐怖だけは体が覚えている。
あの日を思い出すと 記憶よりも先に 恐怖が出てきてしまう。
賢信が天国へ言った日よりも このお祭りの時の方が私には怖い。どうしようっかなあ〜
最近やたらと 3女が「賢信に会いたい」と言い出す。
もうすぐ一年。1周忌をいつにしようかなあ・・・お腹のこともあるので 多分 家族だけでやることになるかな。
2004-06-24 Thursday
ドン底の恐怖
賢信が亡くなって 私はどん底の恐怖という物を味わいました。
一気に落ちていく恐怖です。
どん底に落ちた後は薄っぺらい紙の上を歩いて生きているような物でした。
ギリギリのところで生きて ギリギリのところで生活していました。
 幸せになるということは 本当にはい上がる事で はい上がると言うことはまた落ちる可能性があるということでした。
また落ちたら・・・もう立ち直れないだろう。 それが怖くて幸せになる勇気がもてなかった。これ以上の恐怖や苦しみに耐える力はなかった。
幸せにならないことは 自分にとっての最大の防御策でした。
どん底に落ちるときの 恐怖が大きければ大きい人ほど 登るのが怖いと思います。
私は病院のおかげで 恐怖が緩和されました。病院の出来事は本当に大きな物だったのです。
グリーフケア・・・残された家族にとって とても大きな物だと思います。

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Last updated: 2008/7/3