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1.いきなり余命宣告 |
人工知能、通電開始。 記憶領域、エラーチェック中。 正常。 システム領域、エラーチェック中。 正常。 オペレーティングシステム起動。 絶対命令プログラム起動。 人工知能起動。スタンバイ。 なんだ? これ……。 真っ黒な視界にバラバラと文字が表示される。意識がはっきりしてくるにつれて、それが見たこともない幾何学模様であることに気づいた。 けれどなぜか、それが文字であることも、どういう意味なのかもオレにはわかっている。 そして、視界が真っ黒なのは、目を閉じているからだと気づいた。ゆっくりと目を開く。真っ白な天井が目に入った。 どこだ? ここは。 オレは接待ゴルフの最中、雷に打たれて死んだはずだ。確かに死を自覚した。 けれど、それは気のせいで、もしかして運良く助かったとか? てことは、ここは病院? 一瞬そう考えたが、すぐに違うことを悟る。なにしろオレが寝ている場所が、柔らかい布団の上ではないからだ。おまけになぜか全裸。 両手を体の横について起きあがったら、勢い余って尻が浮いた。 「おわっ!」 あやうく足の間に頭をぶつけそうになる。体がやけに軽い。 って、声がおかしい。ちょっと待て。これオレの体じゃない。肌の色は白く、手も足も華奢で細い。一応、男ではあるようだが。 そして、目の前にハラリと垂れ下がった髪の毛からは色が抜けていた。 雷に打たれたショックで白髪になったとか? そんで何日も生死の境をさまよって、日に当たらなかったから色白になって、寝たきりで筋肉が落ちたとか? そんなバカな。 だったら、こんな固い診察台みたいなとこに寝てるわけないだろ。 手をついた診察台に視線を向けると、頭の中にまた幾何学模様の文字が浮かんできた。目を閉じていたときは気づかなかったが、視界ではなく頭の中に浮かんでいるようだ。 材質スキャン。 人工樹脂。硬度52 なんなんだ、さっきから。 そんなことより、どっか鏡はないのか? あと、せめてパンツが欲しい。 診察台の端から両足を垂らして、あたりを見回す。ずいぶんと狭い部屋だ。窓はない。左手の壁にスライド式の扉らしきものがある。 目の前の壁際には戸棚があって、三歩くらい歩いたらたどりつけそうだ。診察台の横には機械工具らしきものが載ったワゴンがあった。他には何もない。 どうやらこの部屋の中に手っ取り早く覗ける鏡もパンツもないようだ。 裸で外に出るのは気が引けるが、とりあえず部屋の外の様子を見てみよう。 そう思って診察台から降りた途端、腰の後ろを何かに引っ張られた。 「うわっ」 体が前のめりになり、オレの体重に耐えきれなかったのか、腰を引っ張っていたものが突然外れる。その反動でバランスを崩し、そばにあったワゴンをひっくり返してしまった。 「なんなんだ、いったい……」 振り向くと、診察台の上には電源プラグのコードがのたくっている。引っ張られた腰に手を当てると、皮膚が四角くめくれて穴があいていた。 慌てて触った手を目の前で確認する。血は出ていない。なんで? 頭の中にまた文字が表示された。 ライン通電終了。 内蔵バッテリに切り替え。 バッテリ電力70%。 にわかに信じがたい結論が頭の中に浮かぶ。もしかしてこの体……。 呆然と手のひらを見下ろしたとき、突然扉がスライドした。 「誰かいるの!?」 弾かれたようにそちらを向くと、白衣を羽織った小柄な女が銃口を向けている。オレは反射的に両手をあげた。 全裸でばんざいって、すげー間抜け。でも撃たれたくはない。羞恥心よりも防衛本能の方が勝るようだ。 オレは敵意がないことを証明するため、両手はそのままに、無理矢理笑顔を作って穏やかに話しかけた。 「オレにも何がなんだかわからないんだけど、とりあえず何か着るものを貸してもらえないかな」 女は銃を下ろしたものの、驚いたように目を見張ってオレを凝視している。あまり見つめられるのは落ち着かない。なにしろ全裸だ。オレもゆっくりと両手を下ろし、今更ながら股間を覆った。 しばらく彼女の出方を待ったが、相変わらずこちらを見つめたまま固まっている。言葉が通じなかったのか? 彼女の容姿は外国人っぽい。 色白で明るい栗色の瞳に、赤毛のショートボブ。チラリと覗いた耳たぶには銀のイヤーカフ。モスグリーンの膝丈ワンピースの上に白衣を羽織っている。女医とか? そして一番目を引いたのは、白衣の隙間から張り出した大きな胸。 小柄で華奢で童顔なのに、なんだその乳は! エロアニメのヒロインか! オレが再び彼女の顔に視線を固定した時、またしても頭の中に文字が現れた。 登録データと照合。 一致データあり。 登録マスター レグリーズ=クリネ 22歳 クランベール王国国家警察局特務捜査二課所属 捜査機器管理研究員 これって、彼女のデータ? 「レグリーズ?」 「そうよ。リズでいいわ。どうして動いてるの?」 「どうしてって、目が覚めたから……」 「誰があなたに人格形成プログラムをインプットしたの?」 「は?」 リズがやって来る前に考えていたことを、ふと思い出した。彼女の言葉がそれを裏付けているような気がする。オレは苦笑をたたえて恐る恐る尋ねた。 「あのさ。もしかしてこの体、サイボーグとか?」 「何言ってるの。自分のこともわからないなんて、どんなプログラム入力されたのよ。あなたは私が作ったヒューマノイド・ロボットでしょ。当然ながら、私がマスターだから」 「はぁ!?」 なんでオレ、ロボットなんかになってんだ? てか、死んだはずだよな。ロボットに転生? そんな非常識な! いやいや、そもそもさっきのリズのデータによると、ここは日本じゃないみたいだし。クランベール王国ってどこだ? 信じがたい予想の的中にすっかり混乱していると、突然視界が真っ赤に染まった。頭の中ではなく視界の隅に赤い文字が表示される。 警告。思考回路処理容量過負荷。 3経路以上の回路停止を要求。 文字が現れた途端に体が動かなくなった。瞬きすらできない。リズが異変に気づいて顔をのぞき込む。 「落ち着きなさい。一度に感情と思考を爆発させちゃダメ」 そんなこと言われても、次々に襲いかかる想像を超えた事態に、落ち着けるわけがない。 視界の隅で赤い文字が点滅を始める。 わっ、なんかヤバそう。 益々混乱するオレを真っ直ぐ見据えて、リズが厳しい口調で言い放った。 「命令よ。今すぐ人工知能と思考回路を安定させなさい」 そんなこと命令されても……とオレが考えるより先に頭の中の文字が反応していた。 システム干渉命令受信。 声紋パターン確認。一致。 マスターの命令受理。 「了解しました」 わーっ! なに勝手に口走ってんだ、オレ! さらなる混乱を引き起こしたかと思いきや、なぜか気持ちが落ち着いてきた。 思考回路3経路停止。処理容量正常化。 人工知能正常。スタンバイ。 身体制御システム、ロック解除。 気持ちが落ち着くに従って、真っ赤になっていた視界が通常の色彩を取り戻す。そして固まっていた体が動くようになった。 「あ、元に戻った」 思わずつぶやいたオレを見て、リズが大きくため息をもらす。 「やっぱり初期のバージュモデルは感情処理に負荷がかかりすぎるわね。それだけ人間っぽいんだけど」 何を言っているのか、意味不明なんだが。それよりも全裸の男を目の前にして、平然としているこいつの神経を疑う。 こんな場合大概の女は、悲鳴を上げるとか、せめて目を逸らすとかするんじゃないか? あまりに平然としすぎてて、オレの方が気恥ずかしい。 「あの、オレが裸なのは気にならないわけ?」 「別に。元々裸で寝かせてたし。私が作ったんだから、あなたの体なんて産毛の本数から肛門のしわの数まで把握してるもの」 「オレは気になるんだよ。とにかく何か着るものをくれ」 「やれやれね」 リズはおおげさにため息をつきながら、自分の着ている白衣をぬいでオレによこした。 こっちがやれやれだ。肛門のしわとか言うな。 華奢な体だが、さすがに小柄な彼女の白衣は小さすぎる。オレは受け取った白衣を腰に巻いて、そでを帯代わりに結んだ。これで落ち着いて話ができる。 パンツ代わりは確保できたから、残るは鏡だ。 要求するとリズは不思議そうに首を傾げた。 「鏡なんて何するの?」 「自分の顔が見たい」 「そんな不必要なこと気にするロボットなんて初めてだわ」 リズは呆れたようにつぶやきながら、オレが寝ていた診察台の横に移動する。そして壁にあるボタンを押した。 ボタンの横の壁が鏡面のように変化する。 「全身をスキャンする装置なんだけど、姿が映るからこっち来て」 手招きに応じて壁の前に立つと、目の前には腰に白衣を巻き付けた今のオレの姿が映っていた。 色白で中性的な細い手足。肩に届くか届かないかの銀糸のごときサラサラなプラチナブロンドにブルーグレイの瞳。全体的に色素は薄い。 前世のオレとは似ても似つかない、儚げな外国人少年の姿がそこにあった。 なんじゃ、この少女マンガのような美少年は! てか、これホントにロボット? 「……これって、リズの趣味?」 「違うわよ!」 即座に否定した後、リズは微かに頬を染めて気まずそうに付け足す。 「設計図の通りに作ったらそうなったの!」 「ふーん」 男の裸を見ても平然としてるくせに、照れることもあるんだ。多少は趣味が反映されてるってことなのかな? オレがもの言いたげに見つめていたからか、リズは壁のボタンを押して鏡のような装置を停止させると、取り繕うように話題を変えた。 「気が済んだ? で、結局誰がその妙ちくりんな人格形成プログラムを入力したの?」 「オレの人格はプログラムじゃない」 そこははっきりさせておかないと。リズは訝しげに眉をひそめる。 「何を言ってるの? さっそくバグ? 人格形成プログラムなしで裸を恥ずかしがったりするわけないじゃない」 「バグじゃない。体はロボットのようだけど、中身っていうか、意識っていうか、精神は人間なんだ。信じてもらえないかもしれないけど」 相変わらずリズは疑わしげに見つめている。全然信じてないな。 「……そういう仕様なの?」 「だから、そうじゃなくて……」 オレはひとつため息をついて、ここに至る経緯を説明した。さほど驚いたりもせず、リズはオレの話を黙って聞く。そして話を聞き終わった後、小刻みに何度か頷いた。 「なるほどね。あなたの話を信用するなら、あなたは雷に打たれて死亡したニッポン人で、目を覚ましたらその体の中に意識が入っていたと。ようするにプログラムを入力した人はいないのね」 「そう。わかってくれた?」 「ええ。ようするに幽霊が憑依してるってことでしょう? さっさとその体から出てって」 「いや、それどうやったらできるのか教えてほしいんだけど」 だいたい幽霊だって意識ないし、憑依した記憶もない。転生したって思ってたけど違うのか? 死んだ魂が違う体に宿るわけだから、転生でいいんだよな。元々命のない体に宿ったのが間違いだっただけで。 「オレがここにいたら何か問題でもあるの?」 「大いにあるわよ。その体は対ヒューマノイド・ロボット犯罪用のプロトタイプなの。一週間後には実務投入して成果を挙げてもらわなきゃならないんだから」 そういえば、リズは警察関係の研究員だったっけ。 「ちなみにオレがこのままこの体に居座ったとして、リズに打つ手はある?」 「そうねぇ。実際やってみないとどうなるかわからないけど、元々インプットするはずだった人格形成プログラムで上書きするっていう手があるわ」 「上書きって、オレはどうなるんだよ」 「だからわからないわよ。でも普通に考えたら、消えちゃうんじゃない?」 「な!? 簡単にそんなこと言うなよ! オレの人権はどうなるんだ」 焦るオレとは対照的に、リズは冷ややかに言い放つ。 「人権なんかあるわけないじゃない。あなたはロボットなのよ。人じゃないわ。国家警察局の持ち物なの」 改めて言われると少なからずショック。オレは物と一緒なんだ。せっかく生まれ変わったと思ったのに。 「じゃあ、オレは消されちまうんだ?」 そうだとしても、たぶん痛みとかないんだろうし、雷に打たれた前世の死に方よりは怖くないかな。 そんな風にオレが覚悟を決めたというのに、リズはなぜか腕を組んで思案顔だ。 「それが手っ取り早いとは思うけど、捜査の性質を考えると、人としての教育が必要ないというのは魅力なのよね」 「え?」 「ロボットに人間らしさを教育するのは結構大変なのよ」 リズは意を決したように頷いて、いたずらっぽく笑った。 「あなたが捜査員として働くことに同意するなら、そのままその体に居座ってもいいけどどうする? もっとも、その体に居座るならマスターである私の命令には逆らえないんだけど」 そんなの聞かれるまでもない。 「わかった。君に従う」 せっかく生まれ変わったのに消されてたまるか。 オレの返事を聞いて、リズは満足げににっこり微笑む。 「そう。教育の手間が省けて助かるわ。名前はなんていうの? わからないなら適当に名付けるけど」 「 「シーナ? 女の子みたいな名前ね。あなた男よね?」 「男だよ。英の方が名前だけど……まぁ、いいか」 椎名の方が呼ばれ慣れてるし。 リズの名前が欧米風だったの忘れてた。 リズは部屋の出口に向かってオレを促す。 「じゃあシーナ、一緒に来て。あなたには早速色々と覚えてもらうわよ」 「何を?」 「警察局のこととか、あなた自身の体のこと。一週間後には実務投入だから、それまでに体を自在に制御できるようにならないと成果は挙げられないわ」 早速仕事ということらしい。 「成果が挙げられなかったら?」 「お払い箱に決まってるじゃない。役立たずのロボットに国家予算を投入できないでしょ」 「お払い箱って……」 なんかイヤな予感がする。 「機能停止。解体処分よ」 「それって期限は!?」 「一年間。一年以内に目に見えた成果を挙げること。それがあなたと私に課せられた使命よ」 つまり一年間なんの成果も挙げられなかったら、オレはやはり消える運命ってことか? 「オレって余命一年ってこと?」 「そうとも言えるわね」 転生した途端に余命宣告かよ。冗談にしても笑えねー。 「くそっ! やってやる! 絶対生き延びてやるからな!」 「その意気で頑張ってね」 だが、白衣の腰巻きひとつで決意表明してても間抜けすぎる。 「頑張るから、とりあえずもう少しまともな服をくれ」 |
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