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4.必要とされること





 モーターが回るような低い駆動音を響かせて、レトロな白いロボットが部屋の中を何度も往復している。オレは来客用のいすに座って、彼の動きをぼんやりと目で追っていた。 リズはまだ出社っていうか、登局? してきていない。夜と朝は毎日ムートンとふたりきりだ。
 備品のオレは警察局内にあるリズの研究室に寝泊まりしている。といってもオレもムートンも人間のように眠るわけではない。思考回路の大半と身体制御を停止させ、省電力モードでスタンバイしている状態だ。
 座ったままや立ったままでも、人間のように腰や首が痛くなったりはしないし、意識がなくなるわけでもないので眠っているとは言い難い。だから夢も見ない。
 通常モードで動いているときは、何もすることがないと「退屈だなぁ」とか思うのだが、省電力モードだと思考回路が停止しているので何も考えない。
 ようするに仏教で言うところの「無念無想の境地」? 信心もしていないのに悟りを開けるとは思ってもみなかった。
 センサ類は生きているので、夜が明けてきたり、誰かに触られたりしたら通常モードに切り替わる。
 ムートンは毎日きっちりと決まった時間に稼働を開始し、律儀にオレにも挨拶をして部屋の掃除を始める。お掃除ロボットというわけではないらしく、髭を生やした円盤に柄がついた掃除機を長い腕で操りながら部屋をうろうろする。
 掃除機もムートンと同じように年季が入っている。世間では専用のお掃除ロボットが普及しているので、掃除機もあまり使われなくなっているらしい。
 いつもムートンの仕事ぶりを眺めているとリズがやってくる。ムートンはリズの姿を認めると、掃除の手を止めて青い目玉を点滅させながら挨拶をした。
「オハヨウゴザイマス。キョウハ、イイテンキデスヨ」
「そうね。おはよう、ムートン。シーナもおはよう」
「おはよう」
 リズはにっこり微笑みながらムートンに挨拶を返し、ついでにオレにも挨拶する。オレの方が思い切りついで。まぁ、いいけど。
 何も事件がないときのリズは、週に一度の定例会議に出席する以外、一日中研究室にいる。作業場にこもっていたり、コンピュータを操作していたり、それなりに忙しそうだ。 特務捜査二課専任の科学者はロボット担当のリズと捜査機器担当がもうひとり常駐している。あとは必要に応じて本部から派遣されるらしい。
 備品のオレはというと、備品棚であるこの研究室でおとなしくしているほかない。なにしろマスター命令で、リズの許可なく研究室を出ること、コンピュータを触ること、作業場に入ることは禁じられている。それはムートンも同様だけど。
 はじめの一週間は警察局のことを学んだり、捜査機器の使用方法を覚えたり、逮捕術の訓練とか、色々とやることがあった。
 だが、知識に関しては一度目を通しただけで内蔵メモリに登録されるし、体で覚えることもコツを掴んでしまえば同じくメモリに登録されるので、人間のように復習しなければ忘れてしまうということがない。
 人間やってるときに、こんな能力欲しかったとつくづく思う。
 おかげで事件のない日はヒマになってしまったのだ。
 オレはヒマだがリズは仕事をしているので邪魔するわけにもいかない。それにいつ出動命令が下されるかわからないので、寝ているわけにもいかない。
 最近はネットワークに接続して、国立図書館の閲覧可能な蔵書を、少しずつ順番に読むことにしている。一気に読んでしまったら、またヒマになるからな。
 オレもヒマだが、ムートンもそれほど忙しいわけではない。朝夕の二回、部屋の掃除をする以外に彼の仕事はないようだ。
 リズが休んでいいと言うまで、彼は一日中部屋の隅で球形の立体パズルを組み立てたり崩したり、一人遊びに興じている。別におもしろくてやってるわけじゃないとは思うけど、よく飽きないなぁと関心はする。
 会話機能充実のために話しかけてやってくれと言われてるので時々話しかけると、案外難しいことを応えたりするので驚くこともある。
 仕事熱心で愛嬌があって、ほんの少しだが成長も見えるムートンを、リズがかわいがっているのはわかる気がする。
 研究室内で仕事のないオレだが、図書館の本を読む以外に、勝手に自分で仕事を見つけた。
 日に数回、リズにお茶を淹れて出すことだ。といっても、来客コーナーの片隅にある自動でお茶を淹れてくれるマシンからカップに注ぐだけだけど。
 リズは放っておくと食事も忘れて作業場にこもっていたりする。時々息抜きさせないと、ヒマを持て余しているオレがなんだか後ろめたい。
 なにより、リズが食事を忘れていると、オレも食事にありつけないのだ。
 案の定、今日も十二時を回ってずいぶん経つのにコンピュータの前から動こうとしない。
 オレは来客用の机に二人分のお茶を置いて声をかけた。
「リズ、昼過ぎてる」
「あら、そうだった?」
「さっきチャイムが鳴っただろ」
「聞こえてなかったわ」
「ったく……」
 リズは机の引き出しから白いボトル容器を取り出し、それを持ってこちらにやってきた。
 オレの向かいの席に着いたリズは、ボトルを傾けて手のひらに受けたオレンジ色のカプセルを二つ口に放り込み、お茶でのどに流し込む。そしてオレの方にボトルの口を向けた。
「はい。あなたも」
「ん……」
 オレもカプセルを二つもらって飲み込む。
 これがリズの食事だ。そしてオレも同じ食事を摂る。
 人間らしさを追求したバージュモデルは食事を摂る事ができる。そして摂取した食物は跡形もなく分解されてエネルギーに変換されるのだ。
 精巧な体はエネルギー消費量も多く、夜の間にケーブルでフルに充電しても午前中で三割は減少している。それを補うための食事だ。
 出動時にはいつでもフルパワーを発揮できるようにしておかなければならないから、エネルギーの補充は不可欠とはいえ、ケーブルを繋ぎっぱなしにもできないからだ。
 ていうか、犬じゃあるまいし、繋ぎっぱなしは勘弁して欲しい。まぁ、生き物ですらないから、犬以下かもしれないけど。
 それに内蔵バッテリがフルの状態だと、食事は分解されずに体内タンクに蓄積されたままになるので、予備のバッテリも兼ねているのだ。
 元々食事を摂る必要がないとはいえ、カプセルが食事って味気ないと常々思っている。 このカプセルはクランベールで普及しているサプリメントで、必要な栄養が摂取できると共に、空腹も満たしてくれるらしい。「らしい」というのは、オレは空腹自体感じないので、そこはわからないのだ。
 クランベールにも普通の食事はある。サプリメントは忙しくて食事を摂る暇のない人が体調を崩したりしないようにと開発された。そのため地球上のサプリメントのように栄養補助ではなく、食事の代用として摂取できる。だから忙しくないのに面倒くさがりな人の間でも重宝されているようだ。
「リズって、家でもこのカプセル飲んでんの?」
「えぇ。家にいる時間ってあんまりないから、台所を汚したくないのよ」
「たまにはおいしいもの食べたいとか思わないわけ?」
「あんまり興味ないわ。昔からサプリだけだったし。食事なんかに時間をかけるなんてもったいないもの」
「食事なんかって……」
 食べることに興味のない女って珍しい。
 オレのいた会社の女子社員は、得意先営業が手土産に持ってきたお菓子にキャーキャー言ってたし、おいしいレストランやケーキ屋の情報には敏感だった。オレの周りだけ特別そうだったというわけじゃないと思う。
「昔からサプリだけで、よくそんなに大きく育ったよな」
「え? 私って全然大きくないと思うけど?」
「いや、身長じゃなくてその……」
 きょとんと首を傾げるリズの胸に視線を向けると、すかさず額にグーパンチが飛んできた。
 完璧に油断してた。めっちゃ痛い。目に涙がにじむほどに。
 思わず額を押さえて悶える。
 てか、こんな無駄にリアルな人間らしさってなんのために必要なのか意味がわからない。
「……ってぇ。精密機械をグーで殴るなよ」
「そんなヤワに作ってないわ。どこ見てんのよ。それにあなたの頭脳は頭部には入ってないわよ」
 それは一応知ってる。頭部には各種センサ類がぎっしりで、人工知能は胸の真ん中あたりに入っている。
「リズの頭脳も胸に入ってんじゃねーの?」
 もう一度チラリと胸を見ると、リズは握った拳を掲げて見せつけた。
「もう一度殴られたいの?」
「痛覚センサを切るまで待ってくれ」
 白衣の前をがっちり合わせて腕を組みながら、リズは不愉快そうにフンと鼻を鳴らす。
 腕の上に豊満な膨らみが乗っかってよけいに強調されてんだけど……。とか言ったら、本当にまた殴られるので黙っておく。
「まったくもう! 変なデータを記憶して、うちの子をエロマシンにしないでちょうだい」
「へ?」
 なんだ? リズの中じゃ、ロボットの体と中にいるオレとは別物ってことなのか?
 それに気づいた途端、なんだか心が高揚してきた。
 クランベールに来て初めて、人として認識されたような気がする。
 自然とにやけるオレを、リズが眉をひそめて訝しげに見つめた。
「なに笑ってんのよ。また変なこと考えてるんじゃないでしょうね?」
 変に勘ぐられようと、そんなことはどうだっていい。オレは上機嫌のままリズに尋ねた。
「なぁ、リズ。オレがおいしい食事を作ったら食べてくれる?」
「え? あなた、料理なんてできるの?」
「やったことないけど、なんとかなるんじゃね? オレって超高性能万能ロボットだから」
 少しの間面食らったように目をぱちくりさせた後、リズはクスリと笑う。
「そうね。ぜひ食べてみたいわ」
「よーし。何作るか調べるぞ」
「その前に調理器具の扱い方を調べるべきじゃない?」
 それもそうだ。どうやら午後にやることができた。
 問題は許可なく外に出られないオレが、どうやって食材を確保するかと、どこで調理すればいいかということだが、まぁ、それは後でいいか。
 お茶を飲み干してリズが席を立ったとき、部屋の隅で立体パズルに興じていたムートンが声を発した。
「リズ、オナカガスキマシタ」
「はーい。今行くわ」
 リズはムートンの元に行き、充電用のケーブルを繋ぐ。そしてムートンの頭をポンポンと軽く叩いた。
 ムートンはバッテリ残量がわずかになってくるとリズを呼ぶ。
 自在に動く五本指の手を持っているし、立体パズルを楽しむ知能も持っているから、マスターのリズが命令するなりプログラムするなりすれば、自分で充電することは可能だ。そんなこと日本にいる床掃除しかできないロボットだってやっている。
 けれどリズはあえて知らせるだけにしているらしい。そのおかげで昔から何度もムートンに救われたという。
 リズが言うには、人は誰かに必要とされていたい生き物なのだ。
 必要としてくれる相手への好感度は高くなるし、そういう誰かがいれば挫折しても頑張ろうという気になる。
 感情を持たないロボットに自主的な愛情表現は期待できないけれど、人に「お世話をしなければ」と思わせることでロボットに対する愛着が湧いてくるのだ。
 もっとも、ロボット大好きなリズにはそんな小細工必要ないだろうと思う。ムートンを見つめる瞳が思い切り愛を語ってるし。明らかにオレを見る目と違っている。
 器はリズの愛するロボットでも、中身がオレだからなのか。やっぱり他のロボットとは区別されてるよな。
 青い目玉を点滅させながら、おとなしく充電中のムートンを見つめてオレは問いかけた。
「ムートンって随分年季が入ってるけど、いつからいるんだ?」
「ここに来たのは一年前だけど、生まれたのは十七年前よ。その時から一緒にいるわ」
「へぇ。子供の頃から一緒にいたなら兄弟みたいなもんか」
 そりゃあ、愛着もあるだろう。
 オレが納得していると、リズはクスクスと笑い始めた。
「兄弟じゃなくて親子よ。ムートンは五歳の私が作ったらしいの」
「五歳でロボット作った!?」
 天才少女!? それともクランベールの子供はみんなそんなもんとか?
 目を見張るオレに、リズは苦笑混じりに言う。
「六歳より前のことって一切覚えてないからよくわからないんだけど、そうだって聞いたわ。でも大半は手伝ってもらったのかもしれないわね」
「リズの親も科学者?」
「両親は私が二歳の時事故でふたり一緒に亡くなったらしいわ。私は引き取ってくれた大叔母と一緒に暮らしてたの」
 リズの大叔母は当時百歳近い高齢だった。とはいえクランベール人の寿命は科学の発展に伴い地球人よりも長い。平均寿命は百二十歳で、長生きな人は百五十歳まで生きるというから、百歳くらいでも子供を引き取るのに問題ないくらいの元気はある。
 さすがに現役ではなかったものの若い頃はバイオ科学者だったという。
「バイオなら畑違いじゃないか?」
「大叔母はそうだけど、一緒に住んでたその友人が機械工学の博士だったのよ。あまりよく覚えてないけど、優しいおじいちゃんだったわ。あなたも名前は知ってるはずよ」
「へ? 有名人?」
 と言っても、クランベールの歴史はまだ学び始めたばかりなので、オレが知ってるとしたら「超」のつく有名人なはずだが。
 リズは自分のことのように誇らしげに胸を反らす。
「ロボット工学の第一人者でバージュモデルの開発者、ランシュ=バージュ博士よ」
「えぇ!?」
 さすがにオレも知ってる。
 彼も当時はかなり高齢だったはずなので、リズの大叔母共々今は亡き人だ。子供の頃わずかな期間とはいえ、共に暮らし一緒にロボットを作ったということは、リズは歴史に名を残すロボット工学博士の直弟子のようなもの?
 なんか、すげーっ。だからオレって超高性能なんだって、思い切り納得する。
 驚きのあまり呆けていると、室内に設置されたスピーカーから緊急召集のメッセージが流れた。


―― 緊急指令。ラフルール港湾地区にて盗難事件発生。ヒューマノイド・ロボット関与の疑いあり。特務捜査二課所属局員は第三会議室に集合してください。


「行きましょう、シーナ。仕事よ」
「了解」
 オレとリズは急いで出口へ向かう。リズは出口で振り返りムートンに笑顔を向けた。
「ムートン、行ってくるわ。留守番をお願いね」
「イッテラッシャイマセ」
 ムートンに見送られ、オレたちは会議室に向かった。




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