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5.怪しい盗難事件《前編》





 第三会議室には機動捜査班の他に初動捜査班の班長ガリウス=グランもいた。捜査員はまだ捜査中ってことなんだろうか。
 オレはリズと並んで機動捜査班の末席に着く。関係者がそろったところで、二課長とガリウス班長から事件の概要が説明された。
 それによると、ラフルールの港湾地区にある性風俗店カベルネが盗難に遭ったと、担当している警備会社から通報があったらしい。
 カベルネの営業時間は十八時から翌朝十時までで、警備システムが作動しているのは昼間になる。たとえば不審者が付近をうろついていたとしても、一般人もうろついている昼間なので気づかれにくい。
 警備会社が不審に気づいたのは、入退室データが改竄(かいざん)されていたからだ。監視カメラに不審者の姿はなく、入退室データにも記録はないが、データの方が元々あったものをなかったかのように書き換えられていた。
 人に見つかるリスクを負って、短時間でデータを書き換えたとなると、犯人は人間ではないかもしれない。というわけで、特務捜査二課に捜査依頼が来た。
 店が被害に遭ったのは三日も前で、犯人はとっくに逃走している。犯人が特定されるまで、機動捜査班の出番はなさそうだ。もう見つかったのだろうか。
 それはラモット班長も気になったようだ。
「犯人の目星は?」
 ラモット班長が尋ねると、二課長は困ったようにガリウス班長に視線を送る。ガリウス班長は言いにくそうに事情を説明した。
「それが、なんか変なんだ。カベルネの店主は被害者のはずなのに、どうも怪しくて」
「怪しいって、どんな風に?」
「犯人に捕まって欲しくないように感じる」
「はぁ?」
 訝しげに眉をひそめるラモット班長に、ガリウス班長は理由を話す。
 データが改竄されていたことに気づいた警備会社は、まず店主に確認をとった。店内の様子に変わったところはないか、盗まれたものはないか。
 すると店主はあらかじめわかっていたかのように、ヒューマノイド・ロボット用の充電器がひとつなくなっていると即答したらしい。その割に、連絡があるまで気づかなかったというのだ。
 性風俗店のカベルネでは、接客用のセクサロイドを多く所有している。充電器は毎日使用するはずだ。なくなっていれば三日も気づかないわけがない。
 警備会社は色々腑に落ちない点があったものの、盗難に遭ったわけだから警察に届けることにしたらしい。それに店主は難色を示したが、決まりだからと説き伏せて通報した。
「で、なんで三日も盗みに気づかなかったって?」
「盗まれたのは予備の方で普段はあまり使ってないからだそうだ」
「それにしたって、ロボット用の充電器ってそんなに安くもないだろう? どうして盗まれたことを隠す必要があるんだ?」
「だから、ちょっとシーナを貸して欲しいんだ」
「は?」
 脈絡のない申し出に、面食らったラモット班長の声が裏返る。突然こっちに話を振られて、オレも驚いた。
 ラモット班長は胡散臭そうにオレを一瞥してガリウス班長に尋ねる。
「あいつに何をさせるんだ?」
 それはオレも知りたい。
 ガリウス班長はニコニコしながら答えた。
「シーナは人の感情が読めるんだろう? カベルネの店主に色々質問して反応を見たいんだ。嘘をついてたり動揺したりすれば、事件解決の糸口がつかめる」
 なるほど。オレを嘘発見器がわりに使いたいということか。
「うーん」
 ラモット班長は一声うなり、腕を組んで椅子にもたれた。少しの間、目を伏せて考えた後、不愉快そうにオレに視線を向ける。
 まぁ、オレを見るときの班長はいつも不愉快そうだけど。
「おまえ、嘘を見破れるのか?」
「はい。相手が虚言癖でない限りわかります」
 嘘と本当の区別がつかない病気の人は、嘘をついても平然としているから、感情の乱れで判断しているオレにはわからない。だが普通の人はどんなに上手に嘘をついても、生体反応に乱れが生じるのでわかるのだ。
「……感情が読めるんだったか」
「はい。班長が今、私に対して苛ついていることもわかります」
 能力をアピールしつつ、ちょっとイヤミを言ってみる。するとそれを聞いたフェランドが、ラモット班長の隣で吹き出した。
「それはシーナじゃなくてもわかってる」
 室内がクスクス笑いに包まれ、ラモット班長は思い切り顔をしかめてフェランドを睨む。そしてその視線をオレにも向けた。
 やべぇ。不愉快から不機嫌を誘発してる。
 横からリズが脇腹を小突いた。
 オレは意味がわからないと言わんばかりに、空気の読めないロボットを装って、天使の微笑みをラモット班長に返す。
 こんな時、この美少年容姿は重宝する。
 ラモット班長は決まりが悪そうに視線を逸らした。そしてガリウス班長に言う。
「シーナがロボットだとわかったら、相手も警戒するんじゃないか? 店はロボットだらけなんだろう? そのくらいは簡単に見破られる」
 ラモット班長のもっともすぎる疑問にはリズが答えた。
「シーナがロボットのセンサで人でないことを見破られる心配はありません。詳細は割愛しますが、捜査官として人のフリをすることは想定していましたので、ロボットのセンサに誤認させる措置は施してあります」
 これがオレの体を人間らしさにこだわったバージュモデルにした理由なのだ。そしてリズがオレに居座ることを許したのもそのためだ。
 リズが言うには、ロボットや機械のセンサ類を騙すことは簡単らしい。それより人間の経験から生じる感覚や勘を騙す方が難しいという。
 人間に違和感なく人間であると認識させるほどの人間らしさを、試験期間の一週間でロボットに教育するのは容易ではない。だから元人間のオレが居座る方がリズとしてはありがたかったのだ。
 ラモット班長はそれでも疑わしげにオレを見る。
「センサ類は大丈夫として、振る舞いの方は大丈夫なのか?」
「それは機動捜査班のみなさんにお尋ねください。シーナと距離を置いているラモットさんはご存じないでしょうけど、他のみなさんはご存じだと思いますよ」
 リズは得意げに余裕の笑みを浮かべる。それを一瞥して、ラモット班長は隣のフェランドに尋ねた。
「どうなんだ?」
「大丈夫だと思いますよ。たまに冗談を言ったりするくらいだし。さっきのイヤミはうまかったぜ」
 そう言ってフェランドは、オレに向かってニッと笑う。
 いやいやいや、せっかく丸く収めたのに蒸し返さなくても。案の定、ラモット班長が険しい表情でオレを睨んでいる。オレは再び天使の微笑みを返した。
 もうこうなったら、気づかぬフリを貫き通す。
「シーナのことならシャスの方が詳しいですよ。なにしろ助けられて以来、機動捜査班公認のお友達ですから」
「フェランドさん!」
 からかうフェランドにシャスが声を荒げた。生真面目なシャスは、フェランドのいじられキャラになっている。
 向こうからラモット班長がシャスを促した。
「シャス」
「あ、シーナなら大丈夫だと思います。日常会話で違和感を覚えたことはありません」
「オレも大丈夫だと思います」
 いつもはほとんど口を開くことのない寡黙なグレザックが、ラモット班長の向かいの席からシャスに同調する。
 ラモット班長はチラリとオレを見た後、再び腕を組んで目を伏せた。
 少しして顔を上げたラモット班長は、ガリウス班長に向かって決断を下す。
「わかった。シーナに聞き込みの補佐をさせよう」
「そうか。じゃあさっそくうちの捜査員と打ち合わせを……」
 ニコニコしながらオレに指示を出そうとしたガリウス班長を、ラモット班長が制した。
「いや。聞き込みはオレが行く」
「え?」
 ガリウス班長は目を丸くして絶句する。オレも思わず声を漏らしそうになった。
 ロボット嫌いなラモット班長が、ロボットとコンビを組むことに自ら名乗りを上げる。その意外な行動に皆が面食らってラモット班長を見つめた。
 ガリウス班長が苦笑しながら、やんわりと指摘する。
「いや、君は機動捜査班の指揮を執らなきゃならないだろう?」
「どうせ被疑者が特定されるまで指揮することなど何もない。それにシーナへの命令はマスターの次にオレの優先順位が高いんだ。他の奴よりオレの方が言うことを聞かせられる。なにしろシーナは命令違反の前科があるしな。オレには監督責任がある」
 いやいやいや、そんな犯罪者のように言わなくても。だいいちあれって絶対命令のせいで、オレが自発的に命令に背いたわけじゃないし。
 だが、ラモット班長の言うことには一理ある。命令の優先順位は絶対命令の次にマスターであるリズ、その次にラモット班長が設定されている。他の人は「人間」というものすごく大雑把な一括りになっているのだ。他の人が確実に命令を実行させるためには、いちいちリズかラモット班長を経由しなければならなくなる。
 設定を追加すれば済むが、システム領域に干渉することになるので色々と面倒な手順を踏まなければならないのだ。その手間を考えれば、強制命令権限を持っているラモット班長がコンビを組むのが、すぐに動ける分効率的ではある。
 ラモット班長の言い分に、ガリウス班長は渋々了承する。
「確かにもう三日も経過しているから、これ以上無駄な時間を費やすのは得策ではないな。君に任せることにするよ」
「承知した」
 今後の捜査方針は、ラモット班長とオレの聞き込み結果を待って決定することとし、臨時の捜査会議は終了した。
 ラモット班長の留守はフェランドが代理を勤めるらしい。リズはいつものようにオレをモニタリングするために通信司令室に待機することになる。
「ラモットさんの言うことをよく聞いてね」
 そう言ってリズはオレの肩をポンと叩くと、通信司令室に向かった。
 子供じゃねーっての。
 会議室を出て皆が立ち去った後、廊下にはオレとラモット班長だけが取り残された。班長はいつものごとく不愉快そうにオレを見つめて短く促す。
「行くぞ」
「はい」
 カベルネの店主にはガリウス班長から、捜査協力の要請であらかじめ連絡が入れてあるらしい。
 オレは班長の後ろについて一緒に警察局の建物を出た。




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