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6.怪しい盗難事件《後編》 |
国家警察局のある官庁街から港湾地区までは少し距離がある。オレたちは警察局所有のエアカーに同乗して現場に向かうことになった。 エアカーには地球の車と違ってハンドルやペダルはないが、操作パネルといくつかのレバーが並んだ運転席はある。そこへ班長が座り、オレは促されて隣に座った。 班長がタッチパネルを操作して行き先を指定すると、エアカーはオートパイロットで動き始める。人が運転することも可能だが、何か不測の事態でもない限り、基本的に人が運転することはない。 微かな浮遊感の後、エアカーが移動を始めた。徐々に加速しながら、道路の上に浮いた状態で振動も騒音もなく滑るように進むエアカーに、ちょっとうきうきする。 実はエアカーに乗るのは初めてなのだ。 初仕事の時は官庁街の近所だったので、移動は歩きだった。 初めてのハイテクカーに浮かれているのを、班長に悟られてはまた怒鳴られかねない。オレは努めて表情を固くした。 それが裏目に出たらしい。 班長はいつにも増して不愉快そうにオレを見つめる。 「コンビを組むのが不愉快なのはオレも一緒だから、普通にしてろ。怪しまれる」 「すみません。エアカーに乗るのが初めてなので、少し緊張してるだけです」 浮かれてるとは言わない。すると班長は少し目を見開いた。 「ロボットも緊張するのか?」 やばい。人間くさすぎたか。 中身が人間だとばれる心配はないが、ロボットらしくするのも結構大変なのだ。 オレが返答をためらっている間に、班長は勝手に納得していた。 「バージュモデルは本当に人間っぽいな」 「そうですか?」 「あぁ。だから気に入らない。調子が狂う」 「そうですか」 なにかイヤなことでも思い出したのか、班長は顔をしかめて目を逸らす。少しして気を取り直したようで、唐突に段取りを説明し始めた。 「いいか。質問はオレがするから、おまえは相手の感情を探ることだけに集中しろ。余計な口は挟むな」 「はい」 班長は自分の耳の中に小型の通信機をねじ込み、それを指さしながら言う。 「オレへの報告は直接しゃべらず、こいつに通信で行え。オレからの指示は端末からメッセージで送る。その方がリズへの報告の手間が省けるし、会話の内容から相手に妙な勘ぐりをされることもなくなる」 「了解しました」 モニタリングしているリズには、オレの見たもの聞いたこと通信内容などが筒抜けになっている。オレを介することで、班長はオレとリズ同時に指示を出したり報告したりできるということだ。 班長の指示を受けているうちに、エアカーは港湾地区に入ってきたようだ。車窓から海に浮かぶ大きな船が見える。 オレの内部記憶領域にある地図では、このまま真っ直ぐ行けば港の突き当たりで海になっていた。突き当たりの少し手前に港の駐車スペースがある。エアカーは徐々にスピードを落とし、その一角で止まった。 車の扉が開く間際に、班長がオレに言う。 「よし、行くぞ。シーナ、命令だ。今からいいと言うまで人間のフリをしろ」 声紋照合。命令権限者ラモット=ベルジュロンと一致。 命令権限者の命令受理。 生体反応システム作動。 人工知能がラモット班長の命令を受理し、勝手にオレの口を使って返事をする。 「了解しました」 車を降りたオレたちは、港を離れて狭い路地に入っていった。そこは港で働く人たちのための飲食店が軒を連ねる小さな商店街になっている。 そして子供たちの生活圏から離れた港湾地区には、昔からヒューマノイド・ロボットが接客するカベルネのような性風俗店が何軒もあった。 商店街を奥に進むにつれて、入り口に派手な装飾を施した風俗店が増えてくる。昼間のこの時間は、どの店も一様に灯りが消えて、扉は閉ざされていた。 班長はその中の一軒、ピンク色の壁に赤い花の絵を散りばめた店に足を向けた。入り口の上には灯りの消えた電飾で”カベルネ”と書かれている。 班長が入り口横のインターホンで訪問を告げると、入り口の扉が開き、中から恰幅のいい中年男性が顔を覗かせた。カベルネの店主だ。 店主の後について、入り口を入る。店内はオレンジ色の薄暗い灯りに照らされて、くねくねした細い廊下の両脇には個室の扉が並んでいた。どことなく退廃的なのは性風俗店ならではと言うべきか。 廊下をくねくねと進んで、オレたちは店の奥にある事務室に案内された。さすがに事務室の中は昼間の健全な明るさだ。 店主に促されてオレと班長がソファに腰を下ろすと、太股も胸元も露わで扇情的な服装に身を包んだ女性型ヒューマノイド・ロボットがニコニコしながらお茶を運んできた。ロティとは違い、ノーマルモデルのようだ。 彼女はオレたちの前にお茶を置いて、どういうわけかオレの隣に腰掛けた。そして呆気にとられるオレの腕に自分の腕を絡めて、その豊かな胸をギュウギュウと押しつけてくる。 ちょっと嬉しいけど、いったい、なにごと!? 余計な口を挟むなと班長に言われているので、しゃべっていいのか悩ましい。対応に困っていると、彼女は人懐こい笑みを浮かべながら、甘ったるい声で話しかけてきた。 「お客さん、うちは初めてですよね?」 「は? はい」 あ、うっかり返事してしまった。 おそるおそる班長を窺うと、こちらには見向きもせずに真顔で手にした通信端末を操作している。その手が止まったと同時に口の端を微かに上げてオレを見た。 え、笑った? 初めて見た。 その直後、頭の中に班長からのメッセージが表示される。 「おまえが動揺してどうする。だが、人間だと思われているようだな。その調子でうまく人間を演じていろ」 「了解しました」 班長に返信して彼女の腕をほどこうとしたとき、机の引き出しを探っていた店主が書類と通信端末を持って戻ってきた。オレたちの前に座り、彼女に言う。 「こらこら、その方たちは店のお客さんじゃない。わしのお客さんだ」 「えぇ〜、違うんですか〜?」 彼女は不服そうに口をとがらせてオレの腕を放した。 「わしはこの方たちと話があるから、おまえはもう下がっていなさい」 「は〜い」 店主に言われて席を立った彼女は、胸の谷間を見せつけるかのように前屈みになってオレの顔をのぞき込む。 「あたしパヴィっていうの。お客さん、あたしの好みだから、今度来たときはあたしを指名してね」 妖艶な笑みを浮かべながらそう言うと、彼女はオレにウインクをして部屋を出ていった。 たぶん、席を立つときにはそう言うようにプログラムされてるんだろうなぁ。 彼女が出て行った後、店主は頭をかきながら言い訳をする。 「いやぁ、どうもすみません。事務や雑用を時々店のロボットにやらせてるもんですから」 「いえ、かまいません」 ラモット班長は自分自身とオレを店主に紹介した後、さっそく質問を始めた。オレは各センサの感度を上げて、情報端末を手にメモを取っているフリをしながら店主の様子を見つめる。 「警備会社から聞いたんですが、連絡が入るまで盗難に気づかなかったというのは本当ですか?」 「はぁ」 いきなり嘘をついている。 オレはすかさず班長に報告した。 それは捜査会議でも怪しまれていたので、班長も予想していたのだろう。矢継ぎ早に次の質問を畳みかける。 「それは妙ですね。あなたは連絡があったとき、何か盗まれてないかと問われて、ロボット用の充電器がなくなっていると即答したそうじゃないですか」 「それは、盗まれたとは思ってなかったけど、なくなっているのは知っていたからです」「盗まれたと思ってなかったのはどうしてですか?」 「ロボットの整備士が修理に出したのだと思ってたんですよ。調子が悪くて普段使ってない奴だったんで」 「なるほど」 これまでのところ、店主の話はすべて嘘だ。だが彼は、表面上は穏やかな表情を浮かべ、落ち着いて質問に答えている。 話の辻褄も合っているし、時間があったからあらかじめ答えを用意していたのだろう。 そのあたりのことは素人のオレより班長の方がわかっていると思う。班長は質問を変えた。 「あなたの他に人間の従業員はその整備士だけですか?」 「もうひとり事務員の女性がいますが、ふたりとも毎日出勤しているわけではありません。今日も休みですし」 「あぁ、だから整備士に確認できなかったということですか」 「え、えぇ。そうです」 聞かれてもいないのに余計な言い訳をするってことは、この質問は想定外だったのかな。 班長の助け船に店主はホッとしたように進んで乗ってきた。 「そのふたり以外は接客用のヒューマノイド・ロボットだけなんですね?」 「はい。人間に接客はさせてませんよ」 「別にそれを疑っているわけではありませんよ。単なる確認です」 「あぁ、そうですか……」 想定外の質問をされてから、店主の動揺が表面にも現れるようになったようだ。班長はわざと想定外の質問をして揺さぶりをかけているように感じる。 オレもセンサの反応から、あることに気付いた。余計な口は挟むなと言われたので、私見は交えず事実だけを報告する。 「班長、店主はヒューマノイド・ロボットという言葉に対して過剰に反応を示しています」 班長は早速オレを介してリズにメッセージを送った。 「リズ、産業振興局からカベルネの登録情報を入手してくれ。ヒューマノイド・ロボットの所有数が知りたい」 やはり班長もオレと同じ事を思ったようだ。カベルネが盗まれたのは、充電器ではなくロボット本体ではないのだろうか。 ヒューマノイド・ロボットの価格は充電器などの比ではない。それを盗まれたのに警察に知られたくないということは、何か後ろめたいいわくつきのロボットなのだろう。 リズから返信が来た。 「今、ちょうどガリウスさんからカベルネの付近や関係者の捜査情報が来ました。そっちにも行くと思うけど、念のために転送しますね。産業振興局の登録情報も含まれています」 ほどなくリズから情報が送られてきて、オレの記憶領域に展開されていく。班長も同じものを受け取ったようだ。情報端末から視線を上げた班長が、店主に尋ねる。 「盗まれた充電器がどこにあったのか、見せてもらえますか?」 「えぇ。こちらへどうぞ」 これは想定していたのだろう。店主は落ち着いた様子で先に立ってオレたちを促す。 店主について事務室を出たオレたちは、すぐ隣の部屋に案内された。 そこは細長い部屋で、入り口から見て左右の壁には円柱を縦に割ったような形の充電器がずらりと並んでいる。それぞれに女性型ヒューマノイド・ロボットがスタンバイモードでケーブルに繋がれていた。 さきほどお茶を淹れてくれた彼女も、左手一番手前の充電器に収まっている。いずれ劣らぬスタイル抜群の美女揃いで、みんなセクシーな衣装を身につけていた。 ずらりと並んだ美女たちの一角がぽつんと不自然に空いている。右手奥からふたつめにあるその隙間を指さして店主が告げた。 「あそこにあった充電器がなくなったんです」 「なるほど」 班長は軽く頷いて、もう一度部屋の中をぐるりと見回す。そして店主に問いかけた。 「ロボットはここにあるだけで全部ですか?」 「はい」 ここにあるロボットと充電器の数は一致している。けれどここにあるだけで全部だとしたら、産業振興局の登録情報とは一致していない。 班長は皮肉な笑みを浮かべて店主を見据えた。 あぁ、この顔はよく知ってる。オレにイヤミを言う時の顔だ。 「おかしいですね。ここにあるロボットは十二体ですが、産業振興局にあなたが登録しているロボットの数は十三体になっていますよ。あと一体はどこに消えたんですか?」 「あ、あぁ、それはっ……そう! 三日前に故障して廃棄処分にしたんですっ! 泥棒騒ぎで局への通知をすっかり忘れていて……」 咄嗟の言い訳にしてはうまいけど、それだけあからさまに動揺してたらオレじゃなくても嘘だってわかる。 店主の言い訳を丸ごとスルーして、班長は彼を諭す。 「もうごまかすのはやめませんか? 盗まれたのは充電器ではなくロボットなんでしょう? 盗品が発見されればいずれわかることですよ?」 「わ、わしは、ごまかしてなんか……」 なおも抵抗を続ける店主の動揺がピークに達したとき、班長に通信が入ったらしい。 「なに? ……そうか。わかった」 通信を終えた班長は、不敵の笑みを店主に向けた。 「さきほど持ち主不明のヒューマノイド・ロボットが警察に届けられ、製造番号があなたの持ち物と一致しました」 「え……そんな……」 呆然と目を見開く店主の背中に手を添えて、班長は部屋の外へと促す。 「局の方で詳しい話を聞かせてください」 店主は気の毒なくらいがっくりとうなだれて、おとなしく班長に従った。 店の外で待ちかまえていたガリウス班の捜査員に店主を引き渡して、オレとラモット班長は来たときと同じようにエアカーに同乗した。 エアカーが動き始めても、ラモット班長は仏頂面のまま無言だ。話しかけると怒られそうだし、ものすごく気まずい。 いたたまれなくなって、窓の外に視線を移したとき、隣で班長がボソリとつぶやいた。 「今日は、よくやった」 「え?」 それってオレのこと? え? もしかして、ほめられた? 班長が大嫌いなオレを? えぇっ!? 呆気にとられるオレを見て、班長が思いきり不愉快そうに顔をしかめる。 あぁ、いつもの表情だ。 「なんだ、その顔は。オレが好き嫌いで部下の功績を正しく評価できない奴だとでも思ってたのか」 「いえ、そんなことは……」 ちょっと思ってたけど。 「おまえのような使えないポンコツには、めったにあることじゃないんだ。素直に喜んでおけ」 「はい。ありがとうございます。お役に立てて光栄です」 天使の微笑みを最上級で返すと、班長はフィッと顔を背けた。 「調子に乗るな。ロボットが嫌いなことに変わりはない」 |
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