前へ 目次へ 次へ

10.窃盗犯の目的は?




 ランシュ=バージュ ラフレイズ暦 2908-3000
 ロボット工学の第一人者で、人間らしさにこだわったヒューマノイド・ロボット、バージュモデルの開発者。
 機械工学の天才児と謳われ、クランベール王国科学の最高機関である科学技術局に十六歳で入局した神童。
 入局後は主にロボットの開発研究に精力的に取り組むが、十八歳の時、違法なロボットの開発が元で免職になる。
 その後二年間、持病の治療のため科学の現場から退く。
 二十歳で持病を克服し、当時の科学技術局局長の養子となる。この年局長監督の元、科学技術局に復職。
 以後七十歳で退職するまで、科学技術局とクランベール王国に多大な功績を残す。
 彼の最も大きな功績は、二十七歳で発表した限りなく人間らしさを追求したヒューマノイド・ロボット、バージュモデルである。
 バージュモデルの誕生により、人の命令通りに動く精巧すぎる機械でしかなかったヒューマノイド・ロボットが、人と意見を交わし心を通わせるパートナーとなった。
 これによりヒューマノイド・ロボットの社会進出が急激に加速した。
 七十歳で科学技術局を退職後は、同居の友人と共に静かな余生を送る。
 九十三歳で生涯を終えた。


 連続盗難事件の捜査線上に突然湧いてきたバージュモデルの生みの親。
 オレはバージュモデルの生みの親としか知らなかった、ランシュ=バージュ博士の経歴を少し詳しく探ってみた。
 不思議なことに国立図書館のデータも、科学技術局の公式データも、ネット上に点在するデータも、彼の経歴は十六歳から始まっている。
「なんでバージュ博士って、生まれた年ははっきりしてるのに経歴は十六歳からなんだ?」
 皆一様に「機械工学の天才児と謳われていた」と書いてある割に、どうしてそう謳われていたのかは書かれていない。
 子供の頃に何か功績でも挙げているから天才児だと謳われていたんじゃないのか?
 ふと視線に気付いてそちらを向くと、リズが厳しい表情でオレを見つめていた。
 オレの独り言がなにかまずかったのか?
「なにか知ってる?」
 軽く促してみたら、リズは不服そうにプイッと横を向いた。
「知らないわ。バージュ博士の出生と幼少期の経歴は科学技術局のトップシークレットらしいの。大叔母さんは科学技術局に勤務してたから知ってたけど、部外者の私には最後まで教えてくれなかったし」
「ふーん」
 リズの大叔母は昔科学技術局の副局長だったらしいから、たとえ身内でも局のトップシークレットを漏らすわけにはいかなかっただろう。
 事情は理解していても、大叔母と共にバージュ博士と同居していたリズにしてみれば、自分だけ秘密を共有できていないのは疎外感を覚えるのかもしれない。
「私だけ知らないのは子供心にも不満だったけど、語られることのない出生と幼少期の経歴が、バージュモデルを生み出す原動力になっているとだけ教えてもらったわ」
 天才児もなにかとあったらしい。それだけはオレも理解した。
 バージュモデル誕生の経緯が、連続盗難事件になにか関わりがあるのかどうかは不明だが、とりあえず今は棚に上げておく。
 誕生の過程より、オレは自分の体だというのにバージュモデルそのものをあまり理解していないのだ。そっちの方を先に理解する必要がある。
 オレはネットワークを駆使してバージュモデルの特徴やセールスポイントを検索した。
 バージュモデルはその豊かな感情表現が特徴だが、そのせいで人工知能に与える負荷が膨大になる。それを緩和するため何度か負荷軽減のマイナーチェンジは行われている。だが基本仕様は初期モデル発表時からほとんど変わっていない。
 特に根幹をなす人格形成プログラムは完全なブラックボックスで、ソースコードが非公開となっているため、改変しようにもできないというのが実状だ。
 バージュモデルを形成する数百に及ぶ独自技術のライセンスはすべて科学技術局が保有しているので、全く新たな技術で同等のものを開発するのは不可能に近い。
 ただ、バージュ博士は人格形成プログラムのソースコードを科学技術局にも公開していない。改修は必ず自分で行っていた。博士の死後、ソースコードが誰の手に渡ったのかはわかっていない。
 どこを探ってもソースコードの在処(ありか)は不明になっている。だが普通に考えれば、親しい身内がこっそり託されたりしてるんじゃないだろうか。
 バージュ博士には義理の両親と妹がいる。両親はバージュ博士が死亡したとき、すでに亡くなっていたが、妹は科学技術局に籍を置く科学者だった。
 ところが当時の事件記事にあるインタビューでは、妹はソースコードを託されていないことになっている。それは同居していた友人であるリズの大叔母も同様だった。本当なのかな?
「人格形成プログラムのソースコードって、どこにあるのか知らない?」
「ないんじゃない?」
「は? ないと困るんじゃないの?」
「別に致命的な問題でも生じない限り困らないでしょう? 実行形式のロードモジュールのマスタは科学技術局が保管してるんだし。実際にバージュ博士亡き後も困ってないみたいだし」
「そういうもんなの?」
 なんか、科学者ってもっと神経質なイメージがあるんだけど、案外大雑把なのかな。
 オレが少し呆れ気味に見つめていたからか、リズがフッと一息ついて、事情を説明した。
「バージュ博士が言ってたの。今の人格形成プログラムでは悪人人格は排除されてるけど、ソースを改変すれば簡単に作れるんだって。それもまた人間らしさだと言えば否定はできないけど、自分の分身たちが悪に染まるのは悲しいから、ソースは公開しないって」
「なるほどね」
 公開しない理由がリズの言うとおりだとしたら、博士は亡くなる前にソースコードを消去したかもしれない。死後十五年も発見されていないことから、その可能性は高い。
 連続窃盗犯が探しているのは人格形成プログラムのソースコードかと思ったが、だとしてもどうして十五年も経った今なんだろう。
 そもそも市販されているバージュモデルにソースコードが隠されているとは限らない。
「死後十五年ってなんかあるのかな」
 思わずつぶやいて再び検索しようとしたとき、リズがあっさり疑問を解決してくれた。
「ライセンス期限が切れるのよ」
「え? じゃあ、今科学技術局が独占してるバージュモデルのライセンスがフリーになるの?」
「そうよ」
「じゃあ、勝手に改造して別物として売り出すことも可能なんだ」
「フリーになればね」
「へ?」
「科学技術局がライセンスを再取得すればフリーにはならないわ。十中八九再取得に動くでしょうね」
 確かに稼ぎ頭のライセンスを手放すとは思えない。
 科学技術局は国の機関なので、国家予算が割り当てられてはいる。だが科学技術の研究開発には莫大な資金が必要となる。国からの予算だけでは足りない。
 ところがライセンス使用料による収益は、予算とは別枠で科学技術局に還元されるのだ。
 科学技術局がバージュモデルのライセンスを手放さないなら、たとえ人格形成プログラムのソースコードを手に入れたとしても大したメリットはないと思える。
 悪人ロボットを作って犯罪に利用するくらいだろうか?
 バージュモデルの悪人ってどんな風になるんだろう。
 天才的な計算能力と超人的な肉体に無慈悲な悪の心。当然ながら絶対命令に支配されない。
 なんかアニメやゲームに登場する悪役のボスキャラみたいだ。ついでに美形で暗い過去や人間不信なんかのオプションがついてれば完璧。オタクの人気者になること間違いなし。
 でもそんなロボットってマスターの言うこと聞かないだろうし、世の中すべてを破壊するくらいにしか使い道がない。オレより使えねーポンコツだってラモット班長に罵られそうだ。
 つまりソースコードを手に入れて使える技術を持っていたとしても持て余してしまうということだ。なにも悪人人格を作る必要はないけど、だったらソースコード改変する必要もないだろうし。
 てことは、欲しがる物好きもそうそういないだろうし、売るにしても科学技術局一択になる。
 他にライバルがいないとなると、足元見られるんじゃないか? お国の機関だし「見つけてくれてありがとう」で謝礼は金一封とか。
 血眼になって探すだけバカバカしい。
 窃盗犯の目的がソースコードじゃないとすると、いったいなんなんだろう。十五年前に知られてはマズいことをバージュモデルのロボットに知られてしまったとか? それもなぁ……。
 すでに暗礁に乗り上げたオレが途方に暮れていると、リズがポツリと追加した。
「でも今のままじゃ、科学技術局はライセンスを再取得できないけどね」
「え? どういうこと?」
「申請時にライセンスを構成する資源の提示が必要なのよ。つまり人格形成プログラムに関しては、ソースコードがないといけないの」
「でもソースコードって誰にも公開してないんじゃなかったっけ? ライセンスの申請所には公開したってこと?」
「別にソースコードそのものを公開する必要はないわ。そのソースコードから確かに人格形成プログラムが生成されることを証明すればいいわけだから」
「そういうことか」
 最初に申請したときは、バージュ博士が科学技術局に籍を置いていたから問題はなかった。でも今はバージュ博士もソースコードも科学技術局にはない。
 え? てことは、ソースコードを手に入れた者が、バージュモデルの根幹をなす人格形成プログラムのライセンスも手に入れられるってことか?
 それって、巨万の富を得るってこと?
「やっぱ窃盗犯の目的は人格形成プログラムのソースコードかもしれない」
「私もそんな気がしてきたわ。今日なにも事件が起きなかったらさっさと家に帰って大叔母さんの遺品を調べてみましょう。ちょっと気になることがあるの。あなたも来る?」
「へ? いいのか?」
「二課長に聞いてみるけど、たぶん大丈夫よ」
「うん。じゃあ行く」
 そっか。リズにしてみれば局の備品を自宅に持ち帰るだけだった。
 夜に男をあっさり自宅に入れるとは、なんて無防備な。って余計な心配だったわけだ。
 そういう余計な心配も下心もないけど、仕事以外で外に出られるのはちょっとうきうきする。しかも女の子のお宅訪問。
 まぁ、女の子といってもリズだから、普通の女の子のお宅とは違うんだろうけどな。なにしろ家の台所を使わないって言ってたし。
 そこまで考えて、ハタと気付いた。
「もしかしてオレ、リズんちに泊まり?」
「そうよ。何時までかかるかわからないし、夜中に連れてくるの面倒じゃない。大丈夫よ。充電器ならうちにもあるし」
 そりゃそうだろうけど、ここまでみごとに備品扱いされていると色々心の機微が、むにゃむにゃ……。
 もう少し人間扱いされてると思ったんだけどなぁ。
 とりあえず心の機微は置いといて、この機会にかねてよりの計画を実行に移すことにする。
「じゃあ、帰りに行きたいとこあるんだけどいい?」
「あんまり時間はとれないわよ」
「すぐすむと思う」
「じゃあ、いいわ」
「ありがとう」
 二日間続いた平和が、このまま定時まで続くことを祈りつつ、オレは再びデータの海にダイブした。




前へ 目次へ 次へ


Copyright (c) 2015 - CurrentYear yamaokaya All rights reserved.