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閑話 オムライス・ミッション





 自慢じゃないが料理なんかしたことない。記憶にあるのは小学校の調理実習くらいだ。 学生時代は実家にいたので母親が作ってくれていたし、就職して一人暮らしを始めてからは外食かコンビニですませていた。
 自分の食事すら作ったことのないオレが、他人の食事を作ろうと一念発起するほど、地球人のオレから見ればリズの食事は酷い。
 いつもサプリですませてるので近所に食べるところがないのかと思えば、局内に食堂がちゃんとあるのだ。局を出て少し行けば、初仕事で出動した商店街もある。
 実際に他の局員たちは、時々商店街まで足を延ばして食事を摂っているらしい。
 リズがサプリしか摂らないのは「時間がもったいない」という極端な価値観のせいなのだ。
 以前食事の話をしたとき「作ってくれたら食べる」と言っていたので、普通の食事のおいしさと楽しさを思い出してもらうためにもオレがなんとかしようと思った。
 本当はこっそり練習して驚かせてやりたいところだが、オレはリズに隠し事ができない。
 研究室から出るのもリズの許可がいるし、ひとりで行動しているときは、オレのしたこと、見ているもの、聞いていること、話したこと、通信内容は、すべてリズにモニタリングされている。
 なにしろ国家警察局の備品だから、勝手な行動は許されないのだ。
 今日も研究室から出るため、きちんと理由を説明して許可をもらった。隠すこともできないのでリズの好みも聞いてある。
 このところオレが出動するような事件もなくヒマなので、人間らしさを学ぶためとして許可がおりた。
 研究室を出たオレはまっすぐ特務捜査二課に向かう。事務室に併設された給湯室は、簡易キッチンにもなっていた。そしてお茶を淹れるのが得意な庶務ロボットのロティは、料理もできると聞いている。オレの師匠になってもらうことで了承を得ていた。
「お疲れさまでーす」
 声をかけて事務室の扉を開けると、席について退屈そうにお茶をすすっていたフェランドがこちらを向いた。
 オレがヒマだということは、特務捜査二課もたいがいヒマなのだ。二課長とラモット班長は席空きのようだが。
 フェランドはニヤニヤ笑いながら、今は特に必要としていない情報を提供してくれる。
「おぅ、シーナ。シャスなら飛行装置の訓練場に行ってるぞ。ヒマならコツを教えてやってくれ」
 コツと言われても、体内のジャイロスコープと人工知能が体の傾きを感知して瞬時に補正しているオレには、人間がどうやってバランスを取るのかよくわからない。
 シャスを手助けしたいのは山々だが、今日の目的は別にある。オレは頭をかきながらフェランドに苦笑を返した。
「いや、今日はロティに用事があって」
 するとフェランドは益々ニヤニヤしながら言う。
「なんだ、おまえらいつの間にそういう仲になったんだ?」
「え?」
 フェランドが何を勘ぐっているのか容易に想像はできるが、ロボットとしてどう反応していいのかわからない。
 感情が豊かなバージュモデルとはいえ、恋愛感情なんてあるんだろうか。特定の個人に対する好意の尺度はあるようだが、それが恋愛感情に発展することがあるのかどうか、オレは知らない。
 オレの心中をよそにフェランドは勝手に納得して頷いている。
「そうかそうか。おまえっていつもリズにべったりでてっきり惚れてるんだと思ってたが、やっぱりロボット同士の方が色々と面倒も少なくていいよな」
「は?」
 いやいやいやいや、リズになんだって?
 オレがいつもリズと一緒にいるのは、リズの許可がなければひとりで行動することができないからであって、別に好きで一緒にいるわけでは……。
 ……まぁ、一緒にいるのがイヤなわけでもないけど。
 ロティのことはともかく、リズに対する誤解は解いておかなくては。いっそ無知なロボットらしく全部とぼけてしまえ。
 オレは無邪気な少年を装って、天使の微笑みを浮かべる。
「リズはマスターだし、優秀な科学者として尊敬してますから好きですよ。ロティもロボットの先輩として尊敬しています。それは惚れているということになるんですか?」
「うーん。ちょっと違うかな。おまえって、まだまだ感情面では経験不足の子供と一緒だな。そのうちわかるさ」
「はい」
 平然と返事をしたけど、ロボットに恋愛感情のわかる日がくるのかは突っ込みたいところだ。
 フェランドをどうにかごまかせたことに内心安堵しているところへ、事務室の扉が開いて甲高いアニメ声が響いた。
「ただいまもどりましたぁ〜」
 どうやらロティは出かけていたらしい。オレと目があった彼女は、買い物袋を掲げて見せながらにこにこ笑う。
「シーナ、もう来てたの? 言われたもの、買ってきたわよ」
「ありがとう。じゃあ、さっそくお願いするよ」
「ええ」
「なにするんだ? おまえら」
 不思議そうに見つめるフェランドに、ロティはイタズラっぽい笑顔を向ける。
「ヒミツ。うまくいったらフェランドさんにもお裾分けしますね」
 フェランドはそれ以上追及することなく、軽く手を挙げた。
「そうか。楽しみにしておくよ」
 オレたちはフェランドに軽く会釈をして、一緒に給湯室に向かった。
 米(のようなもの)、卵、とり肉、タマネギ、マッシュルームによく似た白玉キノコ、まんまトマトのトマーテをペースト状にしたものに、塩コショウ系ハーブ入り調味料。買ってきた材料をシンクの横に並べながらロティが尋ねた。
「これでなにを作るの?」
「オムライス」
 リズに事前リサーチした結果、おいしかった食べ物は、子供の頃にバージュ博士が作ってくれたオムライスしか思い出せないと言われたのだ。
 オレも作り方や材料は知らない。リズに何が入っていたかを思い出してもらって、他はオレの記憶を元にリズにクランベールの食材に変換してもらってロティに買い物を頼んだ。
 オレは勝手に外出できないしお金も使えないが、ロティは仕事の都合上どちらも可能な設定なのだ。
 てっきりオムライスはクランベールでもポピュラーな食べ物なのだと思っていたが、ロティは不思議そうに首を傾げる。
「それってどんなものなの?」
「え、知らない?」
 そういえばバージュ博士は母親が日本人だったっけ。ということは、リズはそれと知らずに日本独特の料理を食べていたということか。
 困った。作り方に関しては完全にロティを当てにしていた。見た目だけで作れたりしないかな?
 記憶にあるイメージと味をデータ化してロティに送ってみる。
「こんな感じ。作れそう?」
「うーん。初めて見る料理だから、おいしくできる保証はないけど」
「だよなぁ」
 オレがため息と共にがっくりとうなだれたとき、突然給湯室の扉が開いた。飛行装置の訓練場に行っているはずのシャスがオレたちを見つめて、驚いたように一歩退く。
「おっ。なにやってんだ、おまえら」
「あ、シャス。おかえり」
「おかえりなさい、シャスさん。お茶を淹れましょうか?」
 オレとロティが同時に挨拶をしたとき、シャスのはるか後ろからフェランドのからかうような声が聞こえてきた。
「おーい、シャス。ふたりの愛の営みを邪魔しちゃダメだろ」
「え? そうなのか? 悪い!」
「いや、ぜんぜんそうじゃないから! 変な気を遣わなくていいよ」
 フェランドの言葉を真に受けて慌てて立ち去ろうとするシャスの腕を捕まえてオレは引き留める。
 オレたちがゴタゴタしている間にマイペースなロティはてきぱきとお茶を淹れてシャスの前に差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。で、結局おまえらなにやってんの?」
 オレはここに至るまでの経緯をシャスに説明した。シャスはシンク横に並んだ材料を見つめてロティに要求する。
「どんな料理か見せて」
「はい」
 ロティがシャスの前にのばした手のひらの上に、オレが送ったオムライスのイメージがホログラムとなって現れた。
 ラグビーボール状に整えられたチキンライスを薄焼き卵で包んでトマトケチャップのかかった一般家庭のオムライスを凝視してシャスがポツリとつぶやく。
「これ、卵の下はどうなってんのかな」
「あ、こんな感じ」
 オレはチキンライスのイメージをホログラムに変換してロティと同じように手のひらの上に表示する。ふたつのホログラムに何度か視線を行き来させて、シャスは大きく頷いた。
「うん。これならそんなに難しいものじゃないな。オレが作ってやるよ」
「え、マジ?」
「あぁ。ロティ手伝ってくれるか?」
「はい」
「シーナはできないんだよな? 味はおまえが知ってんのか?」
「うん」
「じゃあ、シーナは味見係な。作り方を覚えたいならしっかりデータを記録しろよ」
「うん」
 思いがけない助っ人に光明が見えてきた。ていうか、シャスの意外な特技に少し驚く。
 とはいえ、ここは元々調理場ではないので、一般家庭に当たり前のようにある調理マシンがない。ある意味オレのいた日本に舞い戻ったような感じだ。
 ボタンひとつで思い通りの大きさと形に刻んでくれるフードプロセッサはないので、ものすごく原始的でなじみのある包丁を使って野菜や肉を刻む。
 米と水を入れるだけでといで水加減も調整してホカホカご飯を炊いてくれる炊飯器もないので自力でといで鍋で炊く。
 これら一連の作業をシャスは滞りなくロティに指示を出しつつてきぱきとこなしていく。ハイテク化されたクランベールで、やけに手慣れている。
 不思議に思って尋ねると、シャスは照れくさそうに笑いながら答えた。
「いつもはリズと同じようにサプリだけのことが多いんだ。だから時々普通のものが食べたくなるんだよ。でも入局して間もない頃は収入が少なくてめったに外食なんてぜいたくできなかったから、自分で作るしかなかったってだけ」
 へぇ、オレなんか貧乏で食い物買う金がなかったら、水飲んで我慢してたけどな。自分で作ろうなんて発想がない。
 そもそも調理場ではないこの給湯室に包丁はともかく、鍋やフライパンがあることも不思議に思っていたが、シャスが持ち込んだものだという。
 元々あった調理機器は電磁調理器とあたためと解凍しかできない電子レンジのような機械だけだ。電子制御の機器を個人的に持ち込むのはセキュリティの観点から面倒な申請と許可が必要なので、原始的な調理器具しか持ち込めなかったという事情があるらしい。
 トマーテのペーストが入った真空パックの封を切りながら、シャスがオレに尋ねた。
「シーナ、これ食ったことある? オムライスの味付けに使うんだよな? このままでいいのかな」
「トマーテをペーストにしただけなら酸味が強すぎると思う。ちょっと舐めさせて」
「ほら」
 シャスが差し出した袋から、ペーストをスプーンですくって口に運ぶ。
 オレの記憶にある味のイメージとトマーテペーストの味データを比較して人工知能が結果を伝えた。
「味覚補正。塩分+20%、糖分+40%」
「パーセントで言われてもピンとこねーよ。おまえが味見しながら自分で補正しろ」
「え……」
 するどい指摘と共にシャスがトマーテペーストの味補正をオレに丸投げする。
 これってオムライスの味を大きく左右する最重要任務を託されたってことではないだろうか。
 焦ったオレはシャスの腕を掴まえて訴えた。
「いや、オレ料理したことないから、やり方わからないし」
「味見しながら調味料を少しずつ加えて混ぜるだけだ。料理だって気負う必要ないよ。だいいち味を知ってるのはおまえだけなんだろ?」
「たぶんそうだけど……」
 ロティが知らないってことは、データとして残ってないってことだ。バージュ博士の家庭内創作料理ということなのだろう。
「大丈夫よ。味見しすぎて多少目減りしても、余分に買ってあるから」
 タマネギの皮を剥いていたロティが、向こうから予備のトマーテペーストをヒラヒラと振りながらニコニコとオレを突き放す。
 さっきまでラブラブ認定されてたのにつれない。いや、認定してたのはフェランドだけなんだけど。
 味方を失ったオレは結局自分で引き受けるしかなくなった。大きくため息をついてうなだれる。
「わかった……」
「じゃ、まかせた」
 軽く手を挙げてシャスはロティの隣に戻って行った。オレはトマーテペーストをボウルに移して渡された調味料を少しずつ加えながら味を確かめる。
 トマーテは地球上のトマトよりも酸味が強いような気がする。調味料にもなんだか知らないがハーブが入っているので、オレの知ってるトマトケチャップと丸っきり同じものにはならないだろう。
 そもそもトマトケチャップにはトマト以外に何が入っているのかオレは知らない。人工知能の比較結果を信じて調整するだけだ。どれだけ調味料を投入したかはちゃんとカウントしている。その辺にぬかりはない。
 少ししてなんとなくそれっぽいものができあがった。「トマトケチャップ」のラベルをつけて記憶領域の「オムライス」エリアにデータを保存する。
「よし、できた」
「おつかれ」
「おつかれさま」
 声をかけられ、ふと見ると、ふたりがならんでこちらを見つめている。
「あれ? 待っててくれたの?」
「だってシーナは作り方を知りたいんでしょう?」
「しっかり見て覚えてもらわないとな」
「ありがとう」
 オレの作ったなんちゃってトマトケチャップを受け取ったシャスはロティとならんで材料を刻み始めた。シャスがキノコと鶏肉、ロティがタマネギを切る。
 オレは二人の間に立って、その手元を観察した。ふたりの見事な包丁さばきに感心する。
「ロティって包丁の使い方どうやって覚えたの?」
「シャスさんに教えてもらったの」
「なるほど」
 言われてみれば、ふたりの包丁さばきは鏡に映したようにそっくりだ。オレが今しているように、ロティはシャスの動きを記録して、それを自分の体で再現しながら覚えたのだろう。
 オレが記録しながら見とれている間に、ふたりは材料を切り終えて皿やボウルに移した。ロティが炊きあがった米をボウルに移す。米の炊き方はキャンプでやったことあるからオレも知っている。
 割った卵の入ったボウルをかき混ぜながら、シャスが尋ねた。
「卵の味付けは?」
「いらないと思う。上にソースかけるから」
「そうか」
 溶き卵のボウルを持ったまま、シャスは電磁調理器にフライパンを載せながらオレを振り返った。
「じゃあ作るから、しっかり記録しろよ」
「うん」
 シャスはフライパンに油を引いてしばらく熱した後、溶き卵を薄く広げて薄焼き卵を作った。焼き上がった卵を皿に移し、空いたフライパンに鶏肉を放り込む。肉表面の色が変わってきたとき、タマネギときのこが投入された。ジュージューと油がはねる音と炒められた肉や野菜の香ばしい香りに、人間だったら腹が鳴りそうだ。
 フライパンの中を木ベラでかき混ぜながら調味料を振って味付けをする。シャスがくいっと手首を小さく返すたびにフライパンの中で食材が踊った。
 すげぇ、あざやか!
 こんなの調理師の技だと思ってた。一般人にもできる奴がいるとは!
 ごはんを投入して炒めた食材と混ぜ合わせた後は、いよいよオレが作ったトマトケチャップの出番だ。
 シャスがケチャップの入ったボウルを持ってオレの方を向いた。
「シーナ、もう一度さっきの画像見せて」
「うん」
 オレはもう一度手のひらの上にチキンライスの画像を表示する。シャスはそれを見ながらフライパンの中にケチャップを垂らした。
「色合いと質感からすると、このくらいかな……」
 つぶやいてフライパンの中身をかき混ぜた後、シャスはフライパンごとオレの前に突き出した。
「ちょっと味見して」
 突き出されたフライパンからオレンジ色に染まったチキンライスをスプーンでひとすくい口に運ぶ。
 うまっ! 見ただけでこの完成度ってすげーっ!
 生まれ変わってから初めてまともなもの食った。
 あ、でも欲を言うなら……。
「ちょっと全体的に薄味かな」
 遠慮がちに指摘すると、シャスはあらかじめわかっていたかのようにニヤリと笑った。
「うん。後で調整するつもりで薄めにしてるから」
 へぇぇっ! そこまで計算してるとはプロか!?
「味の方向性は間違ってないんだな?」
「うん」
「じゃ、仕上げ」
 そう言ってシャスは調味料とケチャップを加え、手首をクイクイッとフライパンの中身を踊らせる。
 味を調えたチキンライスは皿に移され、形を整えられた。
 最初に焼いた薄焼き卵でチキンライスを覆い、上にケチャップをかけ、シャスは背筋を伸ばしてパンと手を打った。
「完成」
 できあがったオムライスの載った皿にスプーンを添えて、シャスは得意げな表情でオレに差し出す。
「食ってみて」
「うん。いただきまーす」
 上に載ったケチャップを少しすくって、オムライスの端っこと一緒に口に入れる。
 さっき食べたときより味がはっきりとしていて、日本のものよりハーブの風味が強い。 オレの知っているオムライスとは少し違うけど、リズが昔食べたクランベール流のオムライスはこんな感じだっただろう。味も申し分ない。
 自然とテンションの上がったオレは口の中のものを飲み込んで叫んだ。
「すっげーうまい! すげーな、シャス。見ただけでこんなの作れるなんて」
「そうか? よかった」
 シャスは少し照れくさそうに微笑んだ後、思い出したように尋ねた。
「それにしてもシーナ、こんな誰も知らないような料理、おまえはどうして知ってるんだ?」
 ヤバイ。まさか誰も知らない料理だとは思ってなかったから、うっかりしてた。
 人工知能をフル稼働させて、辻褄の合う言い訳を考える。
「リズの知り合いが差し入れてくれたものをオレも食べさせてもらったんだ」
 リズの研究室には時々学者仲間がやってくる。リズの食事が酷いことは周知の事実だし、たまに差し入れのお菓子をもらったりするので、そういうことにしておけば無難なはず。
 モニタリングされてるからわかってるだろうけど、後でもう一度口裏を合わせておこう。
「ふーん。家庭料理なのか」
「たぶん」
 シャスがそれ以上追及しないことに安堵しつつ、オレは残りのオムライスを平らげた。
「あーうまかった。満足満足」
 別に食べなくてもいい体だけど、味覚センサありがとう。
 食事でこんなに幸せな気分になれたのは、無計画に出費して極貧を味わった直後の給料日以来だ。
 無意識に頬をゆるめて幸せをかみしめているオレの頭をシャスが後ろから軽くはたいた。
「おいこら。オレはおまえが満足するために作ったわけじゃないぞ。今度はおまえが作れ」
 そういえば、そうだった。
 シャスに尻をたたかれて、記憶した手順を確認しつつシャスとロティとフェランド三人分のオムライスを作り終えた頃には、オレは見事にオムライスマスターになっていた。
 さすが超高性能万能ロボット。




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