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13.波紋を呼ぶ王子様 |
思いがけず痛い目に遭いながらも、リズに人間らしい食事をさせる計画は成功に終わった。 オレは後片付けを引き受けて、リズをキッチンから追い出す。もう痛い目には遭いたくない。 後片付けといっても、洗浄装置がすべてやってくれるので、装置の中に食器や鍋を入れるだけだ。 洗浄装置のスイッチを押して、オレはリズより少し遅れてキッチンを出た。 廊下に出て、突き当たりの部屋にリズはいると聞いた。そこはリズの大叔母さんが生前使っていた部屋だという。ノックして扉を開けると、リズは右手奥の窓際にあるコンピュータの前にいた。 部屋の中は壁一面が書棚になっていて、クランベールでは珍しい紙の本や、書類を束ねたファイルがたくさん並んでいる。 植物好きだったという大叔母さんの部屋にしては、意外なほど植物はなかった。窓際に並んだ小さな鉢だけだ。 ベッドや化粧台などがないということは、この部屋は書斎か仕事部屋だったのだろう。 「本の数、すごいな」 「昔の人だからね。それに資料や研究成果は必ず紙に残してたの。電子データはうっかり消えちゃう事があるから。私もそうよ」 「あぁ、確かに」 リズの研究室も戸棚にいっぱい書類が詰まってたっけ。 「ここにあるのは、大叔母さんの研究成果?」 「えぇ。実用化されたりしたものは科学技術局が保管してるけど」 そういえば、リズの大叔母さんは科学技術局の副局長まで務めたすごい科学者だった。同居していたバージュ博士も科学技術局に務めてたし、そんなふたりと一緒に暮らしていたのに、リズはどうして科学技術局ではなく警察局に入局したんだろう。 それが気になって尋ねると、リズは少し苦笑しながら答えた。 「入局試験に落ちたのよ」 「え? リズほどの頭脳を持ってても?」 「買いかぶりすぎよ。私はそれほど優秀な科学者じゃないわ。ひとが作ったものに改良を加えてアレンジするのは得意だけど、独創性がないのよ。科学者としては結構致命的よね。大叔母さんやバージュ博士のように自分で発明したものなんてないんだもの」 そう言ってリズは目を伏せた。 なんかうっかり痛いところを突いちゃったのかな。 少し罪悪感を覚えて、オレはリズを浮上させることにした。 「でも君が作ったこの体は、君のアレンジで超高性能なんだろ? もっと自信を持っていいと思う。アレンジだってオリジナリティのひとつの形じゃないか。人によってアレンジの仕方は違ってくるんだし」 「そういう考え方もあるわね」 リズがほんの少し口の端に笑顔を見せる。 よし、あと一押し。 「君には本当に感謝してるんだ。君がこの体を作ってくれたから、オレはもう一度この世に戻ってこられた。マスターじゃなかったとしても、君が危険な目に遭ってたら守りたいと思うし、君の手助けをしたいと思う。でも今のオレは、君を慰めたいのに触れることはおろか、近づくこともできないのが辛い」 「シーナ……」 リズはオレを見つめてにっこりと微笑む。 「そんな甘い言葉にほだされて命令を撤回すると思ったら大間違いよ」 「ちっ、ばれてたか」 確かに感謝はしているし、手助けしたいとは思っているけど、言ってて自分で歯が浮いちまったぜ。 どうやら浮上はしたようなので、痛い命令の撤回は諦めて本題に入る。 「で、なにを調べるんだ?」 「確証があるわけじゃないんだけど、ロックのかかったメモリカードがあったのよ。ただ、この部屋のどこにあるのか覚えてないの」 「この部屋にあることは確実なんだな?」 「うん」 「じゃあ簡単だ。サーチかけるからちょっと部屋から出てて」 オレが壁際によけて通路をあけると、リズは部屋の外へ出て、入り口から中を覗いた。それを確認して、オレは部屋の中央へ進む。そしてリズの方を向いた。 オレには指定されたものをセンサを使って検索する機能が備わっている。これは初の警察ロボットとしてリズが追加した機能だ。 違法ヒューマノイド・ロボット相手に格闘するのがメインの仕事だけど、証拠品や犯人の遺留品などの捜索で人の捜査員を補佐するのに後々役立つこともあるだろうと考慮して実装されたという。一般のヒューマノイド・ロボットにはない機能だ。 リズが頷くのを合図にシステムを起動する。 立体検索システム起動。 検索対象、電子媒体メモリカードに限定。 検索範囲、現室内に限定。 検索開始座標指定待ち。 オレは入り口側の壁の角に視点を固定して開始座標を指定した。 開始座標確定。 立体検索開始。 視界が検索モードの格子模様入りに切り替わり、まずは入り口側の壁一面に、舐めるように視線をはわせる。入り口の両サイドも書棚になっていたが、なにも見つからなかった。 続いて左手の壁。こちらもなにもない。そして一番怪しい、コンピュータの置いてある窓際。 案の定、システムが発見メッセージを表示した。視界にも発見地点に赤い点が点滅している。 検索対象、複数感知。 赤い点はコンピュータの置かれた机の引き出しを示している。リズの探しているものとは違う気もするが、まずは他もサーチしてみよう。 引き続き隣の壁を検索。ここで書棚に置かれた物入れと、戸棚の中で検索対象を発見。 最後に床と天井を検索して、ここではなにも発見されずに検索を終了した。 「終わったよ。いくつか見つけたから確認してみて」 部屋の中に戻ったリズに発見した場所を告げると、彼女はさっそく戸棚の方へ向かった。やはりコンピュータ机の引き出しは対象外だったか。 オレの役目は終わったものと、リズに背中を向けて書棚の本を物色していると、いきなり無防備になった背中を叩かれた。途端に覚えのある痛みが走る。 「シーナ、悪いんだけどこれ……」 「いてーって! そっちから近づくのなし! なんの拷問だよ」 ムッとしながら距離を取るオレに、リズは笑いながらメモリカードを投げてよこした。 「ごめーん。それ、ロック解除してくれる? アクセスは許可するわ。パスワードは五桁で数字と文字の組み合わせよ」 「了解。中身はオレが見ても大丈夫?」 「問題ないわ。じゃあ、もうひとつもお願い。私はあっちのコンピュータにある奴を念のため確認するから」 そう言ってリズは、もうひとつのメモリカードをオレに投げ渡して、コンピュータの方へ行ってしまった。 渡されたカードにアクセスを試みる。最初に渡されたカードはロックがかかっていなかった。 記録内容を確認すると、ざっと見た感じは研究資料のようだ。だが、内容と年代別に整然と並んだ資料の隙間に隠しフォルダが挟まっているのを発見した。 日付は今から九十年前で、フォルダ名は「ランシュの宝物」。なにやら意味深。 バージュ博士の宝物となると、やはり人格形成プログラムのソースコードではないか? はやる気持ちを抑えつつ、フォルダ内のファイルを開く。 あれ? これって……。 ファイルにはヒューマノイド・ロボットの設計図が保存されていた。次々とファイルを開いていくと、どれもこれも同じような設計図。しかもかなり精巧で緻密なことから、どうやらバージュモデルのようだ。 おまけに身体制御や思考エンジンの詳細な設計書やソースコードはあるものの、肝心の人格形成プログラムはない。 一縷の望みと期待を込めて、最後のファイルを開いたとき、オレは思わず目を見開いた。 最後のファイルは画像データで、そこに記録された人物の姿は、サラサラのプラチナブロンドにブルーグレイの瞳、色白で中性的な細い姿態。まさにオレの体そのものだったのだ。 「リズ、このカードにロボットの設計図が隠されてたんだけど、これって……」 「え?」 振り返ったリズは思い出したように嬉しそうな笑顔を浮かべる。 「あぁ。それ、どこにいったのかと思ってた。戸棚に片づけてたのね」 「なに、知ってたの?」 「ロックがかかってなかったでしょ?」 「うん」 「前に私が苦労して解除したのよ。で、設計図を見つけたから作ってみたの。それがあなたの体よ」 「え……」 なんか想像してたのと違う。 増加するヒューマノイド・ロボットの犯罪に対抗するため、警察局の威信を懸けて特別に開発されたのかと思ってた。まさかリズが興味本位で作ったものが流用されていたとは。 「一緒に入ってた人物画像は誰?」 「知らないわ。外見や骨格のモデルじゃない? だからあなたの外見モデルにしたの」 「バージュ博士とか?」 「さぁ。目の色は同じだけど、若い頃の画像を見たことないからわからないわ」 「ふーん」 なんだ。オレの外見ってリズの理想の王子様ってわけじゃなかったのか。 って、なに落胆してるんだオレ。 オレの心の機微を知らないリズは目を輝かせて仮説を披露する。 「その設計図って日付が九十年前になってるでしょう? バージュモデルが正式発表されたのは八十年前だから、その十年も前にバージュ博士は設計図を完成させていたってことなのよ。あなたの体はバージュ博士が設計した第一号のオリジナルモデルが現代によみがえったことと同じなの。すごいと思わない?」 「うん。まぁ……」 なにがどうすごいのかは、正直ピンとこない。九十年前というと、バージュ博士は天才少年時代ってことだから、そう考えると確かにすごいのかも。 「でもなんでそんな昔の設計図をリズの大叔母さんが隠し持ってたんだ?」 「バージュ博士って十八歳の時違法な開発で免職になってるでしょう。そのとき、研究成果や資料は全部科学技術局に没収されたらしいの。少しでも危険な物は廃棄処分されたらしいわ。それを免れるために大叔母さんに託したのかも」 「なるほどね」 とりあえず、一枚目のメモリカードはリズの探しているものではないことがわかった。思わぬ衝撃の事実を垣間見てしまったけど。 「じゃあ、もう一枚の方も確認してみる。そっちはどう?」 「うーん。やっぱり普通の研究データばかりね。あと少しあるから全部見てみるけど」 「了解」 どうやら本命はオレの手にあるもう一枚のようだ。こちらはロックされている。 人間のリズはロックを解除するのに苦労したようだが、コンピュータ頭脳のオレにはそれほど大変なことではない。 人工知能がリズの示した法則に従って、めまぐるしいスピードでパスワードを解析していく。ものの十秒もしないうちにパスワードは特定され、ロックは解除された。 再びどきどきしながら記録されたデータを確認する。リズの大叔母さんのクセなのだろう。このカードの中も、日付ごとにフォルダが整然と並んでいる。今度は隠しフォルダはないようだ。 一番古い日付のフォルダからファイルを開いてみる。記録されているのは文字のようだ。 2920.05.01 今日は科学技術局勤務初日。緊張もしたけど、これからここで研究に没頭できるかと思うとわくわくした。 なんだ、これ? 日記? ところどころかいつまんで見てみたが、どう見ても日記ファイルだ。 日付は五年前まである。この中に何か手がかりが隠されていたとしても、この膨大な量をリズが確認するのは困難だろう。 オレは文章を読むのを人工知能に任せて、リズに報告した。 「リズ、こっちのカード、大叔母さんの日記みたいだ。今内容を確認してるけど、九十年分あるから君が読むのは大変だと思う」 「え、そうなの?」 コンピュータの引き出しにあったメモリカードは確認し終えたらしく、リズが電源を切りながら振り返る。 「今、ざっと見てるんだけど、オレももう少しじっくり見たいから、明日以降ヒマなときに局で見ててもいいかな」 「いいわよ」 「じゃあ、コピーする」 閲覧からデータコピーに切り替えようとしたとき、人工知能の掴んでいたファイルが目に入った。 「あれ? この写真……」 掴んだファイルに記憶されていた画像データを、手のひらの上でホログラムにして表示する。 「あ、そうだったの?」 画像を見たリズの目が驚きに見開かれる。 「ランシュの研究発表会」と名付けられた画像には、先ほど設計図と一緒に保存されていた画像の少年が記録されていた。 オレって少年時代のバージュ博士の姿だったんだ。 灯りを落とした会議室の白い壁に、少年の映像が映し出されている。 プラチナブロンドにブルーグレイの瞳、中性的で華奢な体に警察局の制服を着た少年は、エアカーも追い抜くほどの猛スピードで走り、自分の体よりも大きなエアバイクを軽々と持ち上げて放り投げていた。 ゆったりとした椅子に腰掛けて映像を見つめていた男が、隣に立って映像を操作している男に問いかける。 「これはロボットか?」 「警察局が対ヒューマノイド・ロボット犯罪用に導入したプロトタイプだそうです」 映像が切り替わり、先ほどの少年が小柄な赤毛の女性と並んで商店街を歩いている姿が映し出された。 「開発者はレグリーズ=クリネです」 「レグリーズ。フェティ=クリネの養女か」 大写しになった少年の顔を見て、椅子に座った男は小刻みに頷く。 「なるほど、それで。この顔は彼にそっくりじゃないか」 「はい。あるいは、このロボットが……」 ふたりの男たちは顔を見合わせて、頷き合った。 |
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