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16.人質立てこもり事件





 リズと一緒に事務室に向かい、そこにリズを残して前回同様シャスと一緒に現場に向かう。
 途中で班長から事件の概要が通信で伝えられた。
 商店街のほぼ中心にある服飾店で、客に紛れて入ってきた男性型ヒューマノイド・ロボットが、店内にいた女性客を人質に店を占拠し立てこもったらしい。
 店内にいた者は、人質を残して全員外に退去させられたので、店主が外から警察に通報した。
 犯人の要求は未だにないという。
 現場の服飾店は、この間リズと買い物に行った商店街のメインストリートに面して入り口を構えている。店のすぐ横に裏通りへ通じる路地があるので、角地にあった。
 周辺の道路は封鎖され、店から少し距離を置いて警察車両や大勢の捜査員が周りを取り囲んでいる。さらにその周りを、平日の昼間だというのに大勢の野次馬がひしめいて騒然としていた。
 事件が起きれば野次馬が集まるのは異世界でも同じらしい。おまえら仕事しろ。
 ひしめく人垣の中に各所から飛行装置で急行してきた捜査員たちが次々に降りてくる。オレもシャスと一緒に着地すると、ちょうど車で急行してきた班長と一緒に、どういうわけかリズが降りてきた。オレの姿を認めたリズはニコニコしながら手を振る。
 オレは思わず駆け寄った。
「なんで現場にいるんだよ」
「ほら、あなたも気にかけてたじゃない。この間みたいに被疑者ロボットの記憶が消えるのを見てるしかないのは問題だから、ロボット専門の私が現場で対応することになったの。要望が受理されて法が整うまでの暫定措置よ」
「だけど……」
 警察関係者とはいえ、訓練も受けていない人間が現場にいるのは危険ではないだろうか。
 オレの心配を察したのか、リズはにっこり笑って隣のラモット班長を手で示す。
「大丈夫よ。ラモットさんがそばにいるし、あなたへの指示やモニタリングは向こうの通信車両の中から行うことになるから、ほぼ外には出ないわ」
 現場の危険を今ひとつ理解していないリズはにこにこ笑っているが、それとは対照的に班長はいつにも増して不愉快そうにオレを睨む。
 まぁ、オレがいなけりゃリズも現場にいないわけだし、リズの警護という余分な仕事が発生することもなかったわけだから気持ちはわからないでもないけど。
 いつもより強力な無言の圧力が痛い。
 せっかく少しは班長の信頼を得られてきたっていうのに。いや、あくまで自己評価だけど。
 せめてこれ以上班長の機嫌を損ねないで欲しい。
 オレはひとつため息をついて、リズの肩を叩いた。
「班長に迷惑かけないようにな」
「あなたじゃあるまいし、他人のエアバイク投げたりしないわよ」
「そうじゃなくて……」
 そんな初仕事の失敗を蒸し返さなくても。
 がっくりとうなだれたオレの頭の上で、班長がフンと鼻を鳴らした。
 え? 鼻で笑われた?
 冗談なんか余計に不機嫌になりそうな気がしていたのに。
 ちょっと意外で思わず見上げると、班長と目が合ってしまった。相変わらず不愉快そうで、微妙に気まずい。
 リズのつまらない冗談にうっかり反応してしまった自分が不愉快なのか、デフォルトの不愉快なのかは不明だが。
 しばし気まずい沈黙の後、班長はオレに命令した。
「シーナ、無駄口はそのくらいにして店内の様子を探れ。リズは速やかに通信車両に退去してくれ」
「了解しました」
 リズと一緒に返事をして、それぞれ仕事に就く。リズが通信車両の中に入るのを見届けて、オレは店内の様子をセンサで探る。
 少ししてリズから通信が入った。
「シーナ、聞こえてる?」
「あぁ。なに?」
「ここからの通信は初めてだから、テストも兼ねて店内の見取り図を送信するわね」
「了解」
「ラモットさんにも送りますので、よろしくお願いします」
「承知した」
 班長が胸ポケットから通信端末を取り出して操作する。程なくリズからオレの頭の中に店内の見取り図が送られてきた。
 班長にも届いたようで、黙ってオレの目の前に通信端末の画面を差し出す。
「同じものです」
「そうか。リズ、通信機能に問題はない」
「わかりました。引き続きシーナのモニタリングを行います」
「承知した」
 改めて店内の様子を確認する。外からでは生体反応と人数くらいしかわからないが、リズが送ってくれた見取り図のおかげで居場所もだいたい把握できる。
 オレは関知した情報を班長に報告した。
「入り口から右手にひとり分の生体反応。店内には他に生体反応はありません」
「そうか。ロボットがどこにいるかわかればなぁ」
「見てきましょうか?」
 班長のつぶやきに思わず反応してしまい、内心しまったと舌打ちする。班長はオレが口出しするのを快く思わないのだ。
 案の定、眉間のしわをさらに深くしてオレを憎々しげに睨む。
「バカかおまえは。そんなことして犯人に見つかったら人質の身が危ないじゃないか」
 あれ? もしかして班長は知らない?
 まぁ、配属になって日も浅いし、気に入らないオレの機能なんか細かく把握してないか。
 口出しついでに提案してみる。
「私ならロボットの犯人に見つかることはありません」
「どういうことだ?」
 よし。乗ってきた。
「私にはステルス機能があります。人の感覚はごまかせませんが、ロボットなら視界に入らない限り見つかりません」
 これは以前ウソ発見器がわりになったとき、人のふりをするのに使った生体反応システムに含まれる機能のひとつだ。
 生体反応システムはロボットの気配を消して、人の生体反応をまねることによりロボットのセンサをだましている。人の生体反応を作動しなければ、ロボットのセンサには存在自体が認識されないのだ。
 もちろん人の目に当たるカメラに映ってしまえば認識されてしまうわけだが。
 納得した班長は小さく頷いてオレに指示を出した。
「よし。シーナ、見てこい。ただし、欲を出すな。犯人に見つかったら元も子もないし、人質に見つかったら余計に面倒だ。騒がれなかったとしても感情を隠すことはできない。犯人はノーマルモデルだが、違法ロボットだからな。おまえと同じように感情が読める可能性は捨てきれない。いいな?」
「了解しました」
 確かに人間の人質に見つかる方がやばいよな。芋づる式に犯人にもばれちまう。
 オレは気配を消して物音をたてないように静かに大回りをして路地側にある店の窓を目指した。
 見取り図によると店内はほぼ真四角な空間になっている。窓からこっそり中を覗くと、服飾店の割に商品はあまり陳列していない。通りに面したショーウィンドウにわずかに飾られているだけだ。
 入り口を入って右手の角にはリズの研究室にあった全身をスキャンするマシンがあり、その横には例のATMのような注文マシンが三台並んでいる。推測だが、全身をスキャンしたデータを注文マシンに送り、画像で試着するのだろう。
 食料品店と違い、注文までに時間がかかるからか、マシンの画面位置は低く、前には椅子が置かれていた。その椅子に女性がうなだれて座っている。人質になっている女性客のようだ。
 ちょっとラッキー。このまま俯いていてくれれば、オレが彼女の視界にはいることはないだろう。少し余裕を持って見ることができる。
 だがロボットはそばにいない。どこだろう。
 オレは集中して店内を探った。
 マシンエリアの横にパーティションで仕切られたコーナーには商品の陳列スペースが申し訳程度にあった。その奥は商品倉庫へ続く扉がある。奥にいたら人質救出のチャンスな気もするが、位置を変えてもう少し店内を探ってみる。
 いた! オレのいる窓側からは見えにくい場所で、人質と向かい合うような位置に立っている。
 見取り図によると、そこは商品受け渡しと決済を行うカウンターだ。
 もう少ししっかり見たい気もするが、奴が少し顔をこちらに向けるだけでオレの姿が視界に入ってしまう。
 見たものはすべて録画してあるし、リズがモニタリングしている。オレは班長の指示通り速やかに店を離れた。
 元の場所に戻ってみると、班長はすでにリズからオレのモニタリング映像を受け取って見ていた。
 思案顔で映像を何度も見直してはブツブツ言っている。人質救出作戦を組み立てているのだろう。
 声をかけるのははばかられるが、報告を怠ると間違いなく怒鳴られるので報告する。
「シーナ戻りました。人質の女性は特に拘束されていないようです。犯人のロボットについては、武器の所持と内蔵はないことを確認しました」
「そうか」
 班長は通信端末を胸ポケットに収めて、肩に取り付けた通信機に向かって呼びかけた。
「ガリウス、犯人からの要求はまだか?」
 オレの肩からも通信内容が聞こえてくる。初動捜査班の班長、ガリウス=グランが呼びかけに応えた。
「まだだ。こちらからの呼びかけにも一切応じない」
「そうか」
 まだ要求がないのか。
 立てこもりなんて、何か要求したいものでもない限りやらないだろうに。十中八九捕まるんだから。「世間を騒がせてみたかった」とかいうアホな理由も考えられるが、奴のマスターがそんなこと考えてるんだろうか。
 オレがそんなことを考えている間に、ラモット班長とガリウス班長の間で話がまとまったようだ。
「これから強行突入作戦に移行する。犯人に何か動きがあったらすぐに知らせてくれ」
「了解」
 そしてラモット班長は通信機と周りに向かって同時に呼びかけた。
「機動捜査班の各チームリーダーは集合してくれ」
 集まってきたチームリーダーたちに、班長は作戦を説明して捜査員の配置を指示する。オレはいつも通り突入チームの最前線。今回はシャスを含めたフェランドのチームと一緒に突入だ。
 作戦ではオレが入り口の扉を破壊して店内に突入しロボットを拘束。その隙にフェランドのチームが人質を救出する。
 フェランドがニコニコ笑いながらオレの背中を叩いた。
「シーナ、よろしく頼むぜ」
「はい、頑張ります」
「今回、シャスは守らなくてもいいからな」
「シャスがいよいよ危険な目に遭わない限り大丈夫です」
 絶対命令が働いたらオレの意思ではどうにもならないので正直に答えたら、後ろからシャスが肩を叩いた。
「シーナ、フェランドさんの言うことにいちいちまじめに答えなくていいから」
「あれ? 冗談だったの?」
「もう少し人の心理を学べ。それよりいい加減にしないと……」
 シャスの言葉を遮って班長の怒号が飛ぶ。
「おまえら、作戦に集中しろ!」
 シャスの言いかけたことが痛いほどわかった。
 ガリウス班長から最終確認がとれたら、すぐに作戦開始だ。扉を壊さなければならないので、オレはリズに頼んだ。
「リズ、リミッターの解除頼む」
「いいわ。リミッター解除命令。パスコード88946」


 マスターの命令受理。
 パスコード承認。
 筋力リミッター、ロック解除。
 痛覚センサ停止。


 視界の隅にフルパワー制限時間が点灯する。すぐに動けるように全身にエネルギーを巡らせたとき、班長から合図が出た。
「シーナ、突入からロボット確保まではできるだけ短時間で行え。反撃の隙を与えるな」「了解しました」
 反撃の隙を与えたら、人質だけでなくフェランドたち捜査員の身も危険にさらされる。そしてまたオレは絶対命令に操られることになるだろう。
 それは自分の寿命を縮めることになるので、気を引き締めていくぜ!
 フェランドチームを従えて、店の入り口前で監視している捜査員の最前線まで進む。フェランドに視線を送ると、彼が小さく頷いた。それを合図に、オレは一気に加速して入り口の扉に体当たりする。
 スライド式の強化ガラス扉が砕け散り、女性の悲鳴が響いた。飛び散るガラスを浴びながら、無表情に立ち尽くしているロボットを、すかさず捕らえて背中の後ろで腕を拘束する。
 人質にガラスが降りかかったのではないかと気になって、オレは彼女のいる方を窺った。一応、見取り図と自分の見た映像から、人質には被害が及ばないように計算して飛び込んだのだが。
 後から突入したフェランドチームが、店の隅でうずくまっている女性を保護した。フェランドたちに体を支えられながら、声を上げて泣きじゃくっているもののケガはないようだ。
 ホッとしてロボットの腕に手錠をかけたとき、耳慣れたメッセージが頭の中に流れた。


 登録情報読み取り確認。


 は? なんで、今ここで?
 イヤーカフに記録された登録情報が読み取られるたびに、このメッセージは流れる。リズの研究室や警察局の建物に出入りするときに、いちいちうるさい。
 だが普通の店の入り口には認証装置はない。あるとしたら決済用の認証装置だが、店員が操作しなければ作動しない。今ここにはのんきに認証装置を操作している店員などいないのだ。
 ふと見ると、オレに押さえつけられているロボットが、首だけでオレを振り返り無表情に見つめていた。その目が緑色に光っている。
 まさか、こいつが!?
「おまえ、オレの登録情報をどうするつもりだ!」
 腕を掴んで引き寄せながら怒鳴ったが、ロボットは無表情のまま返事がない。向こうからシャスが心配そうに尋ねた。
「どうした? シーナ」
「こいつに登録情報読み取られたみたいだ」
「おまえの情報って名前と所属くらいじゃないか? 決済機能もついてないし、人間と違って生体情報もないし、なんの役に立つんだろ」
「わからない」
 この間のベレールのように記憶領域が消されてはいないようなので、局でじっくり調べてもらうことにした。
 ロボットを立たせてシャスと一緒に店の外に連行する。班長に指示されて護送班に引き渡そうとしたとき、またしても頭の中にシステムメッセージが流れた。


 照準器による赤外線感知。
 ターゲットとの距離50メートル。


 照準器って銃の!? 誰が狙われてるんだ!?
 オレは立ち止まり、視覚モードを切り替えて赤外線を可視化する。
 事件のあった店の、通りを挟んで向かいにあるビルの屋上から赤外線のビームがまっすぐに延びているのが見えた。
 ビームの終点を急いで目で追う。
 そこには肩の通信機に向かって何か話しているラモット班長の背中があった。
「シャス、こいつを頼む!」
「え? シーナ?」
 呆気にとられたようなシャスに被疑者ロボットを預けて、オレは全力で駆けだした。フルパワーの残り時間はまだ五分以上ある。間に合ってくれ!
「班長ーっ! 伏せてください!」
 オレの意思を察知して絶対命令が起動した。視界の隅にあったフルパワーの残り時間が解除される。
 オレの意思とは関係なく体は勝手に動き、全力で班長の元へ駆けつけた。オレの声に振り向いて咄嗟に身を低くした班長の前で赤外線を遮るように立ちはだかる。
 その直後、背中に激しい衝撃を受けた。少し体が傾ぐ。頭の中にフルパワーの終了を告げるメッセージが流れ、筋力リミッターがロックされた。
 痛覚センサ切れててよかった。これ、本当ならハンパなく痛いはず。
 あぁ、だからフルパワーの時って痛覚センサが切れるのか。
 制服に穴が空いちゃったなぁ。これしか着るもの持ってないのに。備品のオレに新しいのを支給してもらえるのかなぁ。
 そんなどうでもいいことを考えていると、向こうからグレザックが駆け寄ってきた。
「シーナ! 大丈夫か?」
 その声にハッと我に返り、オレは向かいのビルを指さす。
「そうだ! あの建物の屋上から撃たれました。まだ犯人がいるかもしれません」
 グレザックはオレの頭をくしゃりと撫でて静かに言う。
「フェランドが向かった。おまえも平気そうでよかった」
「本当に平気なのか?」
 屈んでいた班長がゆらりと立ち上がり、いつもの不愉快そうな目でオレを見下ろす。
 オレは天使の微笑みを浮かべて答えた。
「はい。班長に大事なくてよかったです」
 次の瞬間、オレは班長に思い切り平手打ちを食らっていた。なんで殴られたのか意味がわからず、一瞬全思考回路が停止する。
 それを見かねたのか、ご丁寧にシステムメッセージが状況を説明してくれた。


 ラモット=ベルジュロンの右手に殴打されたことにより、左頬にレベル2のダメージ。

 はいはい。状況はわかりました。痛覚センサが戻ったから、すげー痛いし。
 でも、なんで?
 ポカンとするオレの胸ぐらを掴んで、班長は至近距離で怒鳴った。
「笑ってんじゃねーよ! おまえは死にかけたんだぞ!」
 いやいや。凶悪犯罪対応の強化ボディだから、そう簡単には死なないし。ていうか、ロボットが死ぬって……。
 もしかして、心配してくれた?
 また殴られるのを覚悟の上で、オレはもう一度微笑む。
「私は銃で撃たれたぐらいでは死にません。心配してくれてありがとうございます」
「フン」
 班長はオレから手を離し、いつもの数倍も不愉快そうに顔を歪めた。そしてオレに背を向ける。
「助けてくれたことには礼を言う」
 ぼそりとつぶやいて、班長は現場の指揮に戻っていった。



 結局、向かいのビルにフェランドが到着したときには犯人は逃走していて、確保することはできなかったらしい。
 局に引き上げてからも班長は、オレと目を合わそうとはしない。いつも通りに二課長に報告をすませて、いつも通りにロティのお茶を断り、さっさと事務室を出て行った。
 なんかまた班長との距離が開いた気がする。
 ため息をつきながらロティとお茶を飲んでいるところへ、にこにこしながら二課長がやってきた。
「シーナ、ラモット君を守ってくれたそうだね。私からも礼を言うよ。ありがとう」
「いえ、礼を言われることではありません。班長には怒られましたし」
 笑いながら茶化すオレに、ロティが不思議そうに尋ねる。
「どうしてラモットさんは怒ったの?」
「さぁ……。心配してくれたみたいだから、無茶するなってことだったんじゃないかな。ほら、制服に穴空いちゃったし」
 背中を向けてみせると、ロティは珍しいものでも見るように身を屈めて、制服に空いた穴に指をつっこんだ。
「わぁ。すごーい。痛くなかったの?」
「痛覚センサが切れてたから痛くはなかったけど、今はちょっとくすぐったい」
「あ、ごめーん」
 慌てて指を退いたロティと笑い合っていると、二課長が苦笑混じりにぽつりと漏らした。
「ラモット君は昔のことを思い出したんだろうな」
「え? 昔のことって?」
 あ、もしかしてロボット嫌いになった原因?
 聞かない方がいいのかなとも思ったけど、二課長はおどけたように片目を閉じて人差し指を唇に当てる。
「私が話したことは内緒にしておいてくれよ。ただ彼が理由もなくロボットを拒絶しているわけじゃないことを、ロボットの君たちには知っておいて欲しいんだ」
 そう前置きして、二課長は話し始めた。
 班長がまだ新人で、二課長が班長だったころ、今日と同じような立てこもり事件で出動した時のことだ。
 犯人は人間の男で、人質に銃を突きつけ、別れた妻との復縁を要求した。男の暴力が原因で一方的に別れた妻は、男から逃げて身を隠していたのだ。
 新人だった班長は最前線で犯人の説得に当たっている捜査員の補佐をしていた。犯人は興奮していて、捜査員の説得には耳も貸さず、自分の要求だけを繰り返す。
 そして興奮が最高潮に達した犯人は、いきなり捜査員に向かって叫びながら発砲した。
 犯人の撃った弾は、まっすぐに班長をめがけて飛んでくる。だが班長には当たらなかった。
 野次馬の人垣の中から飛び込んできた見ず知らずのヒューマノイド・ロボットが、班長の代わりに弾を受けていたのだ。
 呆然とする班長に向かってロボットは穏やかに微笑みかけた。
「ご無事ですか?」
「あぁ……」
「よかった」
 ロボットは一層笑みを深くして、そのままその場にくず折れた。
 人を撃ったと思ったのか、犯人はすっかり動転して硬直している。そのおかげでひとりの犠牲者も出すことなく、あっさり逮捕された。人間の犠牲者は。
 二課長はその様子を一部始終見ていたらしい。
「ラモット君を助けたロボットはバージュモデルだったんだ。あの時彼は言ってたな。絶対命令が起動して、自分を犠牲にしてまで見ず知らずの人間を助け、無事を喜んで笑いながら死んでいくなんて堪らないって。君と違ってあのロボットは強化ボディじゃなかったからね。当たりどころが悪くて機能停止しちゃったんだよ」
 なるほど。そりゃいたたたまれないな。
 昔の痛みを思い出すから、班長はロボット、特にバージュモデルとかかわりたくないのか。
 話を聞き終わって、ロティがにこにこしながら宣言する。
「ラモットさんって優しい方なんですね。私も彼に優しくしようと思います」
 いや、それたぶん逆効果だから。
 ずっと嫌われていると思っていたが、ちょっと違うってことがわかってすっきりした。むしろ班長の屈折した感情表現ってなんか微笑ましく思える。
 なんて言ったら益々オレを避けるようになるだろうから、二課長との約束だし、聞かなかったことにしておこう。




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