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24.捜索開始 |
局内にいるのか、あるいは外へ出たのか、とりあえずそこだけでも明確にしておかなければ。 「二課長、研究室の扉を開けてもらえませんか? あと、ラモット班長に退室許可命令をお願いしたいんですが」 リズがいなければオレはここから出られない。リズ以外にオレへの命令権限を持っている班長に許可してもらわなければ。 少し焦っているオレとは対照的に、二課長は落ち着いた様子でオレを諭す。 「まぁ、待ちたまえ。彼女は病み上がりだから、疲れて少し長めに休憩をとっているだけかもしれない。だとしたら大げさに騒いだら気の毒だろう。彼女が研究室に戻ってきたとき、君がいなかったら今度は彼女が心配して探し回ることになりかねない。まずは確認しよう。君が実際に動くのはその後でいい」 確かにリズが許可していないのにオレが研究室からいなくなっていたら、リズが驚くだろう。 「わかりました」 「うむ」 二課長の満足げな声が聞こえた。 局の入退管理情報と局内施設の入退管理情報を確認するとなるとしばらく待たなければならない。 なにもわかってないトロロンが、小さく鳴きながらオレの腕に額をすり寄せてきた。ちょっとだけ苛つく気持ちが和らいだ気がする。 トロロンの頭をポンポンと撫でて、待ちの体制に入ったとき、再び二課長の声が聞こえた。 「じゃあ、早速動いてもらうよ、シーナ」 「はい?」 待つんじゃなかったのか? 「ただし、動かすのは体じゃなくて君の優秀な頭脳だ」 「はい……」 なにか計算でもするのか? 「今、ロティに頼んで君のアクセス権限変更の申請をしてもらった。これから二十四時間限定だけど、君は私の責任において、局のホストコンピュータに完全アクセス可能な権限を取得したよ。局のホストをフル活用してリズを捜しなさい」 すげぇ! 大型ホストコンピュータ使い放題特権とは。 「ありがとうございます!」 喜々として礼を述べるオレに、二課長はのんきに笑う。 「いやぁ、私が検索するより、君の方が断然早いからね。リズが見つかったら知らせてくれよ」 「了解しました」 さっそくアクセス開始。と思ったら、隣で充電を終えたムートンがケーブルを外して掃除機を取りに部屋の隅に向かった。 ここに座っていると彼の掃除の邪魔になる。オレはトロロンを抱えて来客用の応接エリアに退避した。 座ったオレの隣で、トロロンもソファの上に載り、オレの膝に前足と顎を載せてすっかりくつろいでいる。リズがいなくなったのも知らないで相変わらずのんきな奴だ。 オレはトロロンの頭を撫でながら、改めて局のホストコンピュータにアクセスした。 以前は無防備に接続して、グルグル動くデータにデータ酔いしたので、今度はちゃんとアクセス箇所と検索対象をあらかじめ絞り込む。 まずは局内にいるかどうかだ。 国家警察局ホストコンピュータに接続。 アクセス権限要求。 認証確認。 アクセス対象データ、警察局入退データ。 検索対象、特務捜査二課研究員レグリーズ=クリネ。 3015/07/03 12:00以降のデータに限定。 頭の中をめまぐるしくデータの羅列が流れていく。対象を絞ったせいか、すぐに目的のデータは見つかった。 ピックアップされたデータが目の前で点滅する。 14:22:30 退出 特務捜査二課研究員 レグリーズ=クリネ 退出データしかない。どうやらリズは局内にはいないようだ。 誰にも告げずいったいどこへ? なにをしに? オレは同時刻頃の監視カメラの映像に検索対象を切り替えた。 正面玄関とホールがピックアップされ、八倍速でめまぐるしく人が行き交う。唐突に通常速度に戻った画像の中心には小走りに玄関をくぐり抜ける赤毛の女性、リズがズームアップされた。 白衣を羽織ったまま何かにせき立てられるように駆け出していく。 なにがあったんだろう。 監視カメラを順次切り替えながら、リズの動きを逆戻しにたどる。リズは局を出る直前、局内にある売店にいたようだ。注文マシンの前で少しの間呆然としている。その横に黒いスーツを着た男がフレームインしてきた。 こいつか! 逆回しで正面玄関側から現れ、リズの後ろで立ち止まり、少しの間言葉を交わしていたようだ。そして売店の奥に消えていった。 オレはコマ送りで男の動きをリピート再生する。売店の奥から現れて、男はリズに声をかけた。少しズームアップしてみる。 名前を呼ばれたのだろう。リズが弾かれたように男の方を向く。だが知らない相手のようだ。リズの表情が困惑している。 男が何か話しかけた。なにを言われたのか、困惑していたリズの表情は次第に堅くなっていく。 その後少しして、男は正面玄関の方に向かって立ち去った。時間にしてわずか五分あまり。 男が立ち去った後、リズはしばらくその場に立ち尽くして男の向かった方向をぼんやり見つめる。やがて男の後を追うように正面玄関に向かって駆け出した。 歯がゆいことに男は終始監視カメラの方を向かなかった。わかって気をつけていたのかはわからないが。 おかげで顔はわからない。画像を元に人工知能が男の身体的特徴を分析する。 身長:180cm 体重:72kg誤差+-2kg 髪:アッシュブロンド、短髪 年齢:25〜35 性別:男性 服装:上下共黒のビジネススーツ 手荷物:なし 髪の色くらいしか特徴がない。おまけにクランベールでは別に珍しい色でもないし。 オレの記憶領域とホスト内の各種人物データベースを検索してみても、うんざりするほどヒットした。 百八十センチってことは、シャスと同じくらいか。そういえば、髪の色も一緒だ。 でもシャスじゃない。シャスならリズが出会い頭に警戒するわけないし。 とにかく現時点で知り得た情報を二課長に報告しよう。 さっそく二課長の通信端末に回線を接続する。すぐに応答があった。 「なにかわかったのかい? シーナ」 「リズは昼過ぎに警察局を出て行ったようです。帰ってきたデータはありませんでした」 オレは知り得た情報を二課長に報告する。話を聞いて二課長はうなった。 「うーん。失踪というには微妙な案件のようだな。だがなんらかの事件に巻き込まれた可能性は十分にある。オルトヴィ長官に民間情報収集の許可を得るとしよう。君は引き続きホスト経由で局の管理下にある市街地の防犯カメラを調査してくれ」 「了解しました」 市街地の随所には警察局が設置した防犯カメラがある。さすがに民間の建物内にあるコンピュータには警察局といえども無許可でアクセスするわけにはいかない。警察局長官の許可と民間の承諾が必要になる。 そっちは少し時間がかかるだろう。 オレが二課長との通信を切ろうとしたとき、頭の中に直接通信が入った。 相手は……リズ!? 「二課長! リズから通信です。そのまま聞いていてください」 「わかった」 二課長との通信回線はそのままに、オレはリズの通信に応答する。 「リズ! どこ行ってんだよ」 「ごめんなさい。ちょっと用事があって出かけてるの」 声の調子はいたって冷静で、無断で外出しているのにまったく悪びれた様子もない。 人工知能がぬかりなく本人確認をする。 声紋は一致。人工的に加工された形跡もない。 てことは本人に間違いないのだろう。 だが、あまりに落ち着き払った様子が、かえって不自然に感じる。音声通信では生体情報が得られないので、オレにも感情が読めない。 リズが事件に巻き込まれている可能性は捨てきれないので、ちょっとした騒ぎになっていることは伏せておく。 とにかく会話を長引かせよう。おそらく二課長が逆探知してるはずだ。 オレは少し迷惑そうに尋ねる。 「今日は直帰ってこと?」 「そうね。もう少しかかるから、そっちには帰れないわ」 「ムートンとトロロンは君の命令がないと休めないんじゃなかったっけ?」 「そうだったわね。あなたの内蔵スピーカーと通信回線を繋いでくれる?」 「了解」 オレを含むヒューマノイド・ロボットはふだん対面で人と会話しているとき、発声と連動して口が動いている。 人間と違って口の動きやのどが発声しているわけではないので、口を動かさなくてもしゃべることはできるのだ。実際、音声通信のときは通信回線に繋いで声だけを送信している。 これを逆に利用すれば、通信相手の声をオレの発声器官であるスピーカーから発声することもできるというわけだ。 「繋いだよ」 「ありがとう。少し口を開いてあなたは黙っててね」 言われたとおりに少し口を開くと、オレの口からリズの声が流れた。 「ムートン、掃除が終わったら休んでいいわ。トロロンもおやすみなさい」 逆接続したのは初めてだけど、自分の口からリズの声が出るのはなんか気持ち悪い。 トロロンはオレの顔を見上げて「にゃあ」と鳴いた後、丸くなって動かなくなった。省電力モードに切り替わったらしい。 掃除機を押して部屋を行き来していたムートンも、青い目玉を点滅させながら「カシコマリマシタ」と答えた。 オレの口からだけど、間違いなくリズの命令として認識されたようだ。 「ちゃんと伝わった?」 「うん」 「そう。じゃあ、元に戻して」 「了解」 スピーカーとの接続を切ってそれを報告すると、リズがおずおずと尋ねてきた。 「あの……シーナ、今ひとり?」 「ムートンとトロロンはいるけど、他にはだれもいない」 てか、リズの許可がなければ、オレは扉を開くこともできないんだから、誰かを招き入れることなんてできない。 「そう……。あのね、今からあなたのシークレット領域に地図を送るから、そこへ来てくれる?」 「はぁ? 君の許可がないとオレ、ここから出られないんだけど」 「許可するわ。シーナ、命令よ。誰にも知られないように地図の場所に来て」 しまった。二課長と話をする前に命令に阻止されてしまった。 オレの意志とは関係なく、人工知能がオレの口を使って返事をする。 「了解しました。マスター」 そして勝手に二課長との通信を切断した。 すぐにオレのシークレット領域に地図が送られてきた。マスター以外に閲覧不可の領域だ。これを二課長が閲覧することはできない。 でも制服のまま外をうろついたら目立つんじゃないかな。それを見透かしたようにリズが言う。 「あなたがいつも着替えに使っている戸棚に私服が用意してあるわ。それに着替えて、なるべく早く来てね」 そう言ってリズの通信は切れた。 二課長はすべて聞いていたはず。そしてオレが話をできなくなったことも知っているはずだ。 十分に時間は稼げただろう。地図がなくてもリズのいる場所を二課長はわかっているはず。いつもと明らかに違うリズの言動から事件性も認知していると思う。 オレは席を立ち、リズが指示した戸棚に向かう。ムートンは掃除を終えていつもの定位置に佇み、省電力モードになっていた。窓の外は夕闇が迫り、薄暗くなっている。 今日はリズがいないので、はばかることなく制服を脱ぎ捨て、戸棚の中に用意されていた私服に着替えた。 以前シャスに借りた服は、大きすぎてあちこちだぶついていたが、リズが用意した服はシャツもズボンも靴までサイズがぴったりなことに感心する。 ジャケットまで用意してあったので、ついでに着ていこう。 脱いだ制服とブーツを戸棚に押し込んで、オレは研究室を出た。 廊下に出て少し歩いたとき、向こうから手を振りながらシャスがやってきた。 やばい。いきなり「誰にも知られず」という命令に抵触する。 だが、ここで走って逃げたりした方がよけいに印象づけてしまうので、そのまま何食わぬ顔でオレも会釈する。 そばまで来たシャスは平然と話しかけてきた。 「シーナ、出かけるのか?」 着替えてるから、そう思うよなぁ。 オレはいつも通り天使の微笑みでごまかす。 「うん、ちょっと。買い物頼まれて」 「そっか」 リズが出不精なのはみんな知ってるから、おかしくないよな。 オレの言葉は発声される前に、人工知能から命令に反していないか厳重にチェックされるのだ。おかしくなかったってことだろう。 シャスはにこにこしながら、手にした飛行装置を差し出した。 「ほら、この間壊れちゃっただろう? 新しいのが支給されたから」 「うん。ありがとう」 なんだろう。飛行装置は事務室に保管されてるのに、わざわざ届けに来てくれるなんて。 そこまで考えてぴんときた。二課長の配慮だ。 リズの命令を二課長は聞いていた。敵陣に乗り込むオレの装備を補強してくれたのだろう。 まさか敵に手の内を明かすようなまねはしていないとは思うけど、リズがオレの言動をモニタリングしていないとは限らない。 音声通信の時オレがひとりかどうかわかっていなかったってことは、細かい行動までは把握されていないようだ。 オレは黙って上着を脱ぎシャスに渡す。シャスも何も言わずに受け取り、オレが飛行装置を背負ったのを見計らって上着を返してくれた。 「じゃあな。班長と二課長があとで事務室に来いってさ」 「うん。わかった」 シャスと別れてエレベータに乗り込み正面玄関を目指す。エレベータも一階の玄関へ続く廊下やホールも定時上がりの事務官局員でごった返していた。紛れ込むのにはちょうどいい。 正面玄関にはセキュリティゲートの左右に人の警備員とロボット警備員がいて通る人に機械的に敬礼をしながら挨拶をしている。 いつもなら名前を呼びながらにこにこと敬礼してくれる彼らが、今日は他の局員への対応と同じように機械的だ。 いやまぁ、初のロボット捜査員であるオレって警察局のマスコットみたいな存在でもあるから、局内だとどこに行ってもおおむね歓迎されるのだ。 もしかして二課長から声をかけないように指示がきてるのかな。 リズが聞いてるかもしれないので、なるべく会話は控えたいからありがたいけど。 人の波に紛れて外に出たオレは、リズが指示した地図の場所を目指す。局の建物を離れるに従って、無意識に足は加速していった。 目指すは官庁街のはずれにある科学技術局。 はやる気持ちそのままに、オレはいつの間にか駆け出していた。 |
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