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26.マスター命令阻止




 オレの体が違法?
 以前リズに聞いたときは、そんなことないって言われた。どういうことなんだ?
 オレはリズに視線を向ける。目が合ったリズは辛そうに眉を寄せて、視線を落とした。涙がひとつぶ床に落ちる。
 嗚咽を飲み込んで、少し呼吸を整えリズが小さな声で説明を始めた。
「バージュモデルを形成する数百に及ぶ独自技術はすべて科学技術局がライセンスを所有していることは話したわよね。新規製造時にはそのすべてに使用許可が必要になるんだけど、個別に申請していたら処理が煩雑になるし漏れが生じるリスクがあるから、通常はパッケージで申請するの。私もそうしたわ」
 だったら問題ないじゃないか。なにがマズいんだ?
 リズはますます辛そうに顔を歪める。少しの間口を押さえて声を止める。そしてひとつ深呼吸をしたあと、話を続けた。
「ライセンスの使用が許可されているバージュモデルのパッケージは常に最新の技術で構成されているの」
「新規に製造するロボットに古い技術を求める人はいないからね。申請があれば別途許可はしているよ」
 向こうからグリュデが口を挟む。リズはうつむいたまま、残りを一気に吐き出した。
「あなたの体は昔の設計図を基本ベースにしてるから、使用許可されたパッケージに含まれないバージュモデルの機能が使われているの。私が軽い気持ちで私用のロボットを流用したから、設計図が古いことを知りながら確認を怠ったから、あなたに違法ロボットのレッテルを貼ることになったの」
 そういうことか。九十年前に作られたバージュ博士の宝物だったっけ。
 薄笑いを浮かべたグリュデが、向こうから勝ち誇ったように言う。
「証拠はすべて押さえてある。いつでも法に訴えることはできるんだよ。法と社会の秩序を守る立場にある警察局のロボットが、実は違法でしたってひどく滑稽だと思わないかね?」
「それなら、警察局に話をするのが筋じゃないですか? こんな風にこっそりと開発者個人を脅すようなまねは、それこそ法に触れると思いますが」
 すかさず反論するオレに、グリュデは楽しそうに笑いながら、拍手をした。
「いやぁ、相変わらず君の言語能力には驚かされるよ」
 なんかすげームカつくんだけど。オレが何かしゃべるたびに「子供がすごいこと言った!」みたいな反応やめてくれないかな。
 製造から一月足らずのバージュモデルって、そんなに言葉が不自由なのか?
 もう取り繕うつもりもないので、ムッとしながら睨むオレをグリュデは小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「君の言うことはもっともだけど、私はレグリーズさんを強制連行したわけでもないし、脅してもいないよ。ただヴァランに事実を伝えてもらっただけだ。取引を持ちかけたのは、彼女の方だよ」
「え?」
 反射的に視線を向けると、リズは目を逸らしてうつむいた。
「ごめんなさい。公になったら局に迷惑がかかると思って、どうすれば訴えを退けてもらえるのって聞いたの」
 おいおい、まんまと誘導されてるじゃないか。
 自分のミスで会社に迷惑がかかりそうになったら、ひとりでなんとかしようとせず、まずは上司に報告することって新入社員教育で教わるだろう。
 クランベールじゃ教わらないのかな。って、そもそもリズは社員じゃなくて研究者だった。
 オレは一息ついてリズに尋ねる。
「で、どんな条件を出されたの?」
 潤んだ瞳で気まずそうに見上げながら、リズはおずおずと口を開いた。
「あなたを差し押さえるって」
「はぁ!? オレを売ったのか!?」
「違うの! 違法になってるライセンスの申請に許可が降りるまでの間だけ預けるの!」
「それにしたって、君の独断で勝手なことしたらマズいだろ。オレは警察局の所有物なんだから」
 リズは再びうつむき、涙声でつぶやく。
「警察局が所有してると違法なのよ。だからごめんね、シーナ。必ず近いうちに迎えに来るから、少しの間だけ私じゃなくグリュデさんに従って」
 あいつに従う? まさか……。
 おもむろに顔を上げたリズの頬を涙が伝った。精一杯の笑顔を作って、唇が最後の命令を告げようとする。
「シーナ、めいれ――」
 させるか!
 オレは拘束された両腕をのばし、リズの白衣の襟を掴んで引き寄せた。そして素早く彼女の口をふさぐ。自分の唇で。
「おやおや」
 グリュデのひやかすような声が聞こえたが、そんなものは無視だ。
 硬直していたリズがオレの腕を叩いたり引っ張ったりしながら大暴れを始める。
「んーっ! んーん! んんんんーっ! んーんーっ!」
 うるせーっ。絶対放すもんか。
 暴れるリズをさらに引き寄せ、骨伝導で音声を伝える。これならリズにしか聞こえないはずだ。
「ふざけんなよ。オレをあいつの奴隷にするつもりか? そんな命令させるもんか。目先のことにとらわれず冷静になれよ。オレの中は警察局の機密情報が満載なんだぞ。あいつがオレのマスターになったらそれを放置するわけないだろ?」
 暴れていたリズがピタリとおとなしくなった。
 よし。少しは頭が冷えたようだ。
「二課長はだいたいの事情を知ってる。今特務捜査二課のみんなが動いてくれてるはずだ。ひとりで抱え込まずにみんなを信じて、オレに正しい命令をしてくれ」
 オレは唇と両腕を離してリズを解放する。すぐにリズが背伸びをしながらオレの首に両腕を回して耳元で小さく囁いた。
「リミッター解除命令。パスコード00071」


 マスターの命令受理。
 パスコード承認。
 筋力リミッター、ロック解除。
 痛覚センサ停止。


 視界の隅にフルパワー残り時間が点灯する。
 すげぇ! 三十分に増えてる。
 オレは頬を寄せて、再び骨伝導でお伺いを立てた。
「この手錠、壊してもいい?」
「私の責任において、許可するわ」
「ありがとう」
 許可なく物を壊すのは罪になるから、絶対命令が働いて阻止されてしまうのだ。
 目下の憂いはなくなり、オレはリズと共にグリュデと対峙する。グリュデはからかうようにオレに尋ねた。
「熱烈なお別れの挨拶はもう済んだのかな?」
 お別れじゃねーし。まぁ、そう思っててくれてかまわない。
 とにかく今はここからどうやって抜け出すかの方が問題だ。
 黙ってグリュデを睨みながら、オレはセンサで室内の粗探しをしていた。
 背後の扉は電子ロックされている。正面のガラス窓は強化ガラスの嵌め殺し。
 オレの頭脳をもってすれば電子ロックの解除は簡単だが、そんな犯罪行為は絶対命令に阻止される。同様に強化ガラスを叩き割ることもできない。
 特に建造物の破壊は所有者の許可が必要なのだ。
 くそぅ。相変わらず、絶対命令ってウザい。
 リズを守るためなら物を壊したとしても絶対命令に邪魔されることはないんだろうけど、それでリズを危険な目に遭わせるわけにはいかない。
 グリュデが壊していいなんて言うわけないし。二課長が動いてくれるまで打つ手はないのか。
 オレが内心苛ついていると、グリュデがまったく脈絡のないことを聞いてきた。
「ところでシーナ、君は人格形成プログラムのソースコードがどこにあるのか知らないか?」
「へ?」
 知ってたらおまえの手が届かない場所に隠してるよ。具体的にどこに隠すかって聞かれても困るけど。
「レグリーズさんは知らないらしいんだが、君は知っているんじゃないかね?」
 なんでリズが知らないことをオレが知っていると思うんだ?
 怪訝に思いながら隣のリズを窺う。
 あれ? なんか動揺してる。実は知ってるのか?
 以前その話題で話したときには全然知らない風だったのに。てことは、忘れていたことを思い出した。
 もしかして、なくしていた記憶を取り戻したのか?
 きっかけになるとしたら、爆弾事件の後で倒れたときだ。脳波が一瞬異常を示していた。
 目覚めたときリズはオレに何かを言おうとしていた。あれか!
 確証はないし、オレもしらを切っておこう。
「知りません」
「そうか」
 意外にもグリュデはそれ以上追及することはしなかった。けれど意地悪な視線でオレを見つめる。
「いずれわかることだ。この先君との時間は十分にあることだしね」
 そうか。オレの中にあると思ってるのか。それで一時的にでもオレを直接調べる権限を得るために、オレの登録番号をロボットを使って盗んだのか。
 オレの詳細を産業復興局に問い合わせるには、登録番号が必要だからな。
 勝手にメモリを探られるのはごめんだけど、たとえ探られてもなにも出てこない。
 帰ったらリズに確認してみよう。でもどうやって帰ろう。結局そこに行き着く。
 グリュデの薄笑いが気持ち悪い。
 薄笑いを浮かべたまま、グリュデがリズを促す。
「さぁ、レグリーズさん。改めてシーナに命令をどうぞ」
 リズはチラリとオレに視線を送った後、正面のグリュデを見据えて言い放った。
「シーナ、命令よ。グリュデさんとその配下の言うことを聞かないで」
「了解しました、マスター」
 返事は人工知能にまかせて、オレは拘束された腕を持ち上げる。そして目の前で勢いよく左右に開いた。
 手首を繋いだ強化合金製の手錠が、いともあっさりと真ん中から真っ二つにちぎれる。それを見てグリュデは楽しそうに手をたたいた。
「すばらしい! 君の力をこの場で目にできるとは思っていなかった。その手錠は科学技術局では一番頑丈なものなんだけどねぇ」
 警察局の違法ロボット拘束用の手錠の方が頑丈だけどな。餅は餅屋ってことか。
 目を輝かせて感心していたグリュデが、徐々に真顔になっていく。冷たい怒りを孕んだ目がオレを睨めつけた。
「だが君たちは私の提示した条件を飲むつもりはないようだ」
 うーん。怒ってるなぁ。感情は読めないけど、なんかオーラが出てる気がする。キレて自分からボロを出してくれないかな。ちょっと挑発してみるか。
 でもリズがとばっちりでケガでもしたらマズいので、オレは上着を脱いでリズの頭からかける。そして上着に包んだリズの体を抱き寄せた。
「こーんなかわいいマスターがいるのに、誰が変態おやじの下僕になるかよ。オレのマスターは生涯レグリーズ=クリネただひとりだ」
 グリュデの頬がピクリと震える。おぉ、益々怒りのゲージが上がったらしい。だが、あくまで冷静さを装って、静かに恫喝する。
「君の考えはよくわかった。だが私は君を帰すつもりはないよ。人格形成プログラムのソースコードは科学技術局の資産だからね」
「オレとリズが帰らなければ、いずれ警察局が正式な令状を持って捜索にやってくるよ」「どうやって警察局は君たちがここにいることを知るんだね?」
「知らないと思ってたのか?」
 グリュデは一瞬絶句した後、口の端でフッと笑った。
「なるほど。マスター命令に背けるはずはないから、だとすると君は相当に状況判断能力も優れているらしい。益々欲しくなった」
 だから、絶対ごめんだって!
 人間だったら間違いなく鳥肌立ってる。
「取引をしようじゃないか。君の全力を見せてくれ。君が勝ったら帰してあげよう」
 バカか。人間相手に全力どころか、デコピンすらできないんだぞ、オレは。
 それはグリュデも承知していたらしい。呆れて見つめるオレに追加の条件を提示してきた。
「私が相手ではフェアじゃないからね。君の相手は彼がつとめるよ」
 グリュデが指し示す先には、無表情なヴァランが控えていた。相手が変わったところで、人間だったら同じ……。
 あれ? 生体反応が消えている。まさかこいつ、オレと同じように人間のふりができるロボット!?
 無表情だったヴァランが微かに笑みを浮かべる。
「全力の君と戦えるなんて光栄です、シーナ」




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