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班長の秘密 1.




 昼休みの開始を告げるチャイムがスピーカーから流れる。
 けれどリズは変わらずコンピュータを操作している。いつも通り聞こえていないようだ。
 ため息をついて声をかけようとしたとき、オレの隣に座ったダレムが先に声をかけた。「リズ、昼休みの合図が鳴りましたよ」
「あら、そうだった?」
 リズはようやく顔を上げて席を立つ。オレたちも立ち上がり、立体パズルに興じるムートンの隣から離れてリズの元へ向かった。
 風紀をとやかく言われてリズとふたりきりで研究室にこもるのは緩く禁止されているが、最近は調整や社会勉強ということでダレムが研究室に一緒にいる。
 オレが起動するまでは、ムートンがひとりで黙々とパズルに興じていた部屋の隅に、今は猫のトロロンも含めて四体のロボットがひしめき合っていた。
 ムートンはマイペースにパズルを組み立て、時々ダレムと会話を交わしている。
 人や精巧なヒューマノイド・ロボットと違って、たまにとんちんかんな受け答えをするムートンとの会話が、ダレムにとっては興味深いものらしい。
 見かけはグリュデのところにいた時と同じ有能でクールな秘書ロボットのままだが、中身をリセットされたダレムは、主に感情面で無垢な子供と変わらない。
 あらゆるものに興味を示し、何にでもチャレンジしてみる。
 もっとも基本プログラムと絶対命令があるので、法に触れるようなことはない。
 人格は以前とほぼ同じに設定されているらしい。落ち着いていて柔和な性格なのに、時々突飛な言動をかますダレムは、警察局内で愛すべきおかしなロボット人気をオレと二分していた。
 来週からは一緒に現場に出動することになるらしい。再起動してから二週間なので、オレの時よりのんびりしている。
 それがちょっと腑に落ちないので、サプリのボトルを持ってこちらへやってきたリズに尋ねた。
「ダレムってずいぶん念入りに調整してるんだな。オレの時は現場で覚えろ、だったのに」
「あの頃はロボット関係の事件が頻発してたから、ロボット捜査員の導入が急がれていたのよ。あの人が色々やってたみたいだから」
「あぁ、グリュデ?」
 確かに逮捕された後、グリュデの余罪は次々と明らかになった。
 すべてはバージュモデル人格形成プログラムのソースコードを手に入れるためで、科学技術局の資産を守るため。という動機らしい。
「シーナが一躍有名になった事件ですよね。私もご一緒したかったです」
 応接コーナーのテーブルにお茶を並べながら言うダレムに、思わず苦笑がこぼれる。
 いや、おまえ、思い切りご一緒してたから。
「私も早く現場に出て、シーナのように巨悪を殲滅するりっぱなロボット捜査員になりたいです」
 巨悪って、おまえの元マスターなんだけど。
 臆面もなく高らかに決意表明するダレムに、オレは益々苦笑する。けれどリズは、そんな彼を愛おしげに微笑んで見つめた。
「来週からは現場に出ることになるってラモットさんが言ってたわ。がんばってね」
 リズが作ったわけじゃないけど、改造や調整で手をかけたからか、ダレムもリズにとっては我が子ポジションなのだ。ヴァランには色々と思うところもあるだろうに、そんな感情もヴァランと一緒にリセットされてしまったようだ。
 ムートンやトロロンを見つめる目と一緒なんだけど、相手がオレと同じ人間そっくりなダレムとなると、オレとしてはちょっとおもしろくない。
 なにしろ最初から普通のロボットとは扱いが違ったから、オレはリズからあんな愛おしげに見つめられたことがない。
 あの事件以来、局内では公認の恋人同士ってことになってるけど、お偉いさんたちが心配するようなことはなにもなく、清らかすぎるくらいだ。
 三人で席について、リズがサプリの入ったボトルを傾けようとしたとき、出入り口が来客を告げるアラームを鳴らした。横の壁にはめ込まれた液晶画面にはシャスの顔が映されている。
 リズはボトルを置いて席を立ち、携帯端末を操作しながら出入り口に向かった。
 扉が開きシャスが入ってくる。一歩入って扉が閉まると、シャスはリズに尋ねた。
「昼食中だった?」
「いいえ。ちょうど今摂ろうとしてたとこよ」
 シャスはホッとしたように一息ついて、パッと笑顔になる。
「よかった。じゃあ一緒に昼飯食いに行かないか? シーナ」
「行く行く」
 やっぱりサプリなんかより普通の食事の方がいいに決まっている。
 喜んで立ち上がったものの、一応リズにお伺いを立てなきゃ。なにしろオレの認証チップにはリズの口座が登録されている。後で明細を精査して警察局に請求することになっているらしいが、経費として認められなければリズの負担になる。無駄遣いは厳禁なのだ。
 ちなみにダレムのチップには班長の口座が登録されているらしい。
 振り向いたリズに、オレは尋ねる。
「行っていい?」
「いいわよ。ダレムも行ってくれば?」
「はい」
 リズの提案にダレムは素直に従って席を立つ。
 あれ? じゃあ、リズはひとりで味気ないサプリ昼食?
 それはシャスも気づいたようで、オレが言うより先に声をかけた。
「リズも一緒にどう?」
 けれどリズは席に戻りながら、笑顔で軽く手を挙げる。
「私はいいわ。まだやることあるし。シーナとダレムをお願いね」
 完全に保護者だよ。ダレムはともかくオレもか。
 おそらくリズはこれ以上どんなに誘っても動かない。そんな議論は「時間がもったいない」って怒られるだけだろう。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってきます」
 オレは素直に引き下がって、ダレムとシャスと共に研究室を後にした。




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