前へ 目次へ 次へ

班長の秘密 2.




 警察局を出て官庁街を抜け、飲食店が軒を連ねる商店街に入る。
 あらかじめ店を決めていたようで、シャスはその中の一軒に急ぎ足で入っていった。
 オレと一緒にその後に続きながら、ダレムが不思議そうに尋ねた。
「なにを急いでいるんですか?」
「捜査と昼飯は初動が肝心なんだよ。ぐずぐずしてたら空いてる席がなくなっちまう」
「へぇぇっ」
 まじめな顔で力説するシャスに、ダレムは心底感心したようにうなる。オレは思わず苦笑した。
 確かに昼休みは警察局だけでなく、周りの官庁から民間企業まで一斉に同じ時間に開始するから、昼休みの飲食店はどこも人でごった返している。
 とくに今日は三人だから、席の確保もひとりの時よりは困難になるだろう。
 入った店はセルフサービスで、注文と会計をすませた後自分で商品を持って好きな席に移動する。
 すでに注文マシンの前には行列ができ始めていた。行列に並びながらシャスがあたりを見回す。
「空いてるとこあるかな?」
 シャスのつぶやきに反応して、珍しそうに店内を見回していたダレムが店の奥を指さした。
「十時の方向に空席発見」
「よし、シーナ確保だ」
「了解」
 機動捜査班の流れるような連係プレイで、三人一緒に座れる席を無事に確保。
 ふたりが席に着いた後、オレも注文をすませて席に着く。ダレムは外で買い物や食事をするのは初めてで、注文マシンに興味津々だった。オレも最初、あのATMには面食らったけどな。
 目の前に置いたランチのプレートをまずはスキャンする。食材や火の通り具合、カットの仕方。細かい調理方法はシャスに教えてもらう。
 ハーブ系のサラダにロールパンが二個。白身魚の切り身の香草焼き。鳥肉のグリルと選択できたけど、女の子は魚の方があっさりしてるから好きかなと思って。
 薄黄色い澄んだスープはキノコと根菜が入っている。コンソメスープみたいなものかな。
 その様子を興味深そうに眺めながら、ダレムが尋ねた。
「シーナは人の食べる料理に興味があるんですか?」
「うん、まぁ……」
 適当にごまかしたのに、シャスが横からおもしろそうに暴露した。
「こいつ、愛する彼女の食生活を憂えて、料理の研究に余念がないんだ」
「愛する彼女って、リズですか?」
「そうそう」
 シャスはおもしろそうにニヤニヤしながら頷いているけど、ダレムの方はきょとんとしている。
 あまり恋愛ネタを振らないでほしい。当然と言えば当然だけど、ダレムには恋愛感情がピンと来ないらしくて、以前質問責めに遭って困ったのだ。
 明確に答えられる知識なんて、オレは持ち合わせていない。かといって、人間の子供相手のように「おまえにもいずれわかる日が来る」と言い逃れるわけにもいかないのだ。ロボットにそんな日が来ることがあるのか、それこそ明確な答がない。
 というわけで、オレは微妙に論点を逸らした。
「だって、おまえもリズが何か食ってるの見たことないだろ?」
「確かに、サプリを飲んでるのしか見たことありません」
 どうやら興味を逸らすことには成功したらしい。オレはそのままそっちに話を運ぶ。
「リズは人間なんだから、ちゃんとした食事を摂る方がいいに決まっている」
 元人間のオレがそう思っているんだから間違いない。けれどダレムはロボットらしい分析結果で反論する。
「そうですか? 普通の食事の方が栄養は偏っています。体調を維持するならサプリの方が合理的です」
「食事ってのは栄養を摂取して体調を維持するためだけに摂るものじゃないんだよ。それだけが目的ならオレたちが食事をする機能なんて必要ないだろ?」
 ロボットは充電してれば済むしな。
「そういえば、班長の食事中に私が一緒にいると、私も食べるように命令されます」
「だろ?」
 班長の場合はダレムと一緒に食事をしたいってわけじゃないだろうけどな。
 ダレムのことだから、班長が食べている姿を興味津々で見つめているんだろう。それはオレでもひとりだけ食べてるのは落ち着かない。
 そういう人の微妙な心理がわからないダレムは、不思議そうに首を傾げる。
「でも、どうしてなんですか?」
「おまえはどう感じてる? こうしてみんなと食事をして」
「楽しいです」
「そういうことだよ。栄養補給以外に食事の持つ意義は他者とのコミュニケーション」
「あぁ、それでフェランドさんは時々女性を食事に誘うんですね」
 ようやく納得したようで、ダレムは大きく頷く。けれどその直後、目を伏せてうなだれた。
「でも班長はそれほど楽しそうには見えません」
 そりゃあ、そうだろうなぁ。
「嫌悪感を発してる?」
「いいえ。落ち着いていますが、今のシャスさんのように特に昂揚してもいません」
 嫌悪感を発していないだけ、昔よりはかなり友好的だとは思うけどな。
「私は、班長に嫌われているんでしょうか?」
「い、いや。全然大丈夫。班長は大人だから、おいしいもの食べたくらいじゃはしゃいだりしないだけだよ」
 まさかロボット全般を嫌っているとは言えない。オレなんか目の前で「嫌いだ」って宣言されたからな。
 それでも最近はかなり歩み寄っているとは思う。ロティのお茶も断らなくなったし。
 ただ、相変わらずオレを見る目は不愉快そうだけど。ダレムに対してはそうでもないんだよな。
 二課長の命令かもしれないけど、時々休みの前日にダレムを連れて帰ることもある。
 ダレムもマスターである班長と信頼関係を深めるようにと二課長から言われているらしい。だから班長がロボットに対して無愛想なこともあらかじめ聞いている。
 だったら「嫌われている」と感じるほどのなにかがあるのか?
 オレは恐る恐る尋ねてみた。
「もしかして、嫌いだって言われたとか?」
「いいえ」
 さすがにそれはなかったか。
 人間だったら「気のせい」で済むんだろうけど、ロボットのダレムはそのときの状況や班長の生体反応と言動を分析した結果だから、計算間違いである明確な根拠を提示しなければ納得しないだろう。
 すぐに結論は出そうにない。そんな深刻な話しながらじゃ、飯がまずくなる。
 なんてダレムに言ってもきょとんとされるだろうから、オレは強引に話を切り上げた。
「班長のことはあとでゆっくり話を聞かせてくれ。今は食事に集中したい。味や食感も分析しなきゃならないし」
「わかりました。私も食事を楽しみます」
 ダレムは微笑んで頷き、優雅にフォークを操り始めた。
 あまり食事をしたこともないのに、フォークの扱いはリズよりよほどうまい。さすがロボット。
 その後は食事をしながら、ぬかりなく分析し記録をしつつ他愛のない世間話で笑ったりした。
 幸い緊急指令が出ることもなかったので、オレたちは昼休憩を丸ごと満喫できた。平和なことはいいことだ。




前へ 目次へ 次へ


Copyright (c) 2016 - CurrentYear yamaokaya All rights reserved.