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班長の秘密 3.




 警察局に戻ってシャスと別れ、オレとダレムはリズのいる研究室に戻る。リズは相変わらずコンピュータのモニタに向かっていて、オレたちが戻ったことに気付いていない様子だ。
 いつものことながら、ちょっと呆れる。それと同時にイタズラ心が湧いてきた。
 通信でダレムに動かないように言い聞かせ、オレは気配を消して忍び足でリズの真後ろへ進む。
 両手で肩を叩こうとした瞬間、リズがクルリと振り向いた。にっこり笑ってオレに声をかける。
「おかえりなさい、シーナ」
「えぇっ!?」
 うっかりこっちが驚いてしまった。
 まさかの超能力? なわけないか。
 リズの頭越しに見えるモニタの片隅に、オレの視界と同じリズの頭越しのモニタが映っている。
 すっかり忘れてた。モニタリングシステムか。
 モニタの反対側の隅には、少し離れた位置にいるオレとリズの姿が映っていた。こっちはダレムの視界のようだ。
 オレはひとつ息をついてリズに尋ねた。
「オレっていつまでモニタリングシステムで監視されるの?」
「あなたがここで働いている間はずっとよ」
「……てことは、ほぼ一生?」
「そうね」
 備品から一般捜査員に昇格したとはいえ、やはり人とは扱いが区別されているらしい。 人と違って、故障した場合はたちが悪いから仕方ないとは思うけど。
 そんなことを考えていると、ダレムから頭の中に通信がきた。
「あの、もう動いてもいいでしょうか?」
「あぁ、もう大丈夫。ちょっとふざけただけだから」
「ふざけたって、冗談ですか?」
 こちらに向かって歩きながらダレムの目が好奇心に輝いている。
 なんか変なスイッチが入ったらしい。
 いつもの定位置に座って、隣からダレムが言う。
「私はうまく冗談を言うことができません。私がふざけると、班長は不愉快そうに睨みます」
 なんというチャレンジャー。
「いや、班長はあんまり冗談が好きじゃないから、言うならフェランドさんあたりで練習した方がいいんじゃないかな」
 フェランドならつまらなくても笑ってくれそうだし、的確なアドバイスという名の余計なツッコミも入れてくれそうだ。
 うまく躱したつもりだったのに、ダレムはさらに目をキラキラさせてオレにせまる。
「わかりました。フェランドさんで練習するので、なにか笑える冗談を教えてください」
「えーと……」
 『ふとんがふっとんだ』でいいかな。
 オレが苦笑に顔を歪めていると、コンピュータの向こうから顔をのぞかせたリズが緩く釘を刺した。
「シーナ、あまり変なこと教えないのよ」
 その声にハッと気付く。
 クールな表情で誰彼お構いなしに『ふとんがふっとんだ』攻撃をしているダレムの姿が容易に想像できる。
 それはそれである意味おもしろいが『シーナが教えた』という付属情報と共にオレの黒歴史に名を残しそうなので、ダレムの興味を逸らすことにした。
「もしかして、冗談が不愉快そうにされたから、班長に嫌われてると思ったとか?」
「違います。冗談に関しては、私が未熟なことはわかっていますので」
 よし、誘導成功。元々こっちの話を聞くはずだったしな。そのままさらに突っ込んで聞いてみる。
「なら、どうして嫌われていると思うんだ? 班長がロボットに対して無愛想なのは普通だぞ」
「絶対についてくるなと命令されました」
「へ? どこへ?」
「わかりません」
 ダレムが言うには、一緒に班長の家に行ったとき、班長は必ず夕方に出かけるらしい。そのときダレムがついて行こうとすると、厳しい表情と口調で「絶対ついてくるな」と命令される。
 そのときの班長は緊張と焦りに少しの不安を滲ませているという。
 それって事件現場にいるときより動揺してないか?
 ダレムに限らずロボットの絶対命令は人命の優先順位がもっとも高く、その中でもマスターが最優先となっている。
 班長がロボットに狙撃されたことがあると知っているので、一緒にいるときは自分が警護をしなければという使命感がダレムにはある。それを拒絶する命令をされるのは、信頼されていない、嫌われているのではないかという結論に達したようだ。
 嫌われているとしたらダレムがロボットだからという理由以外オレには見当もつかない。
 なにしろ職場での班長は部下の手前があるだろうし、本当に無駄口がない。私生活は謎に包まれている。
 すでに信頼関係を築いているグレザックやフェランドに尋ねても「班長は信頼できる人だ」という回答しか得られないのだ。
 グレザックは元々寡黙で多くを語らないし、無駄口と冗談の方が多いフェランドは冗談か本当かわからない話で煙に巻いてしまうからだ。
 まぁ、本人が語らないことを他人がベラベラ語るのもどうかとは思うし、だからこそ班長に信頼されているのだろうとも思う。
 だが命令されてしまえばダレムは動けない。心配をしていることを素直に告げても命令は撤回されないらしい。
 オレの私見では班長って照れ屋で優しさや甘さを表に出さない人だから、案外恋人に会いに行っているだけかもしれないって気がする。班長、独身らしいし。
 ただ、ダレムが感知した不安が少し気になる。恋人に会いに行くなら緊張や焦りはわからなくもないが、なにを不安になることがあるんだろう。
 めったに会いに行かないから嫌われたらどうしよう。とか? そんなタイプじゃないよな、班長って。いや、あくまで私見だけど。
 なんとなく事件の香り。
 事件未満の不穏な動きを個人的に探っているとか。その方が現場主義の班長にはしっくりくる。
 だとしたら、ダレムの護衛なしにひとりで行動するのはやっぱり心配だ。
 班長としてはあいつと同じ名前にしたダレムが同じ目に遭うのは痛いだろう。オレが撃たれた時でさえ、普段では考えられないほど冷静さを失っていた。
 それでダレムに絶対ついてくるなと命令したのかも。
 ダレムが命令で動けないなら、オレがこっそり真相を突き止めてみよう。それでこっそり恋人に会っているだけだったとしたら、それはそれでダレムも安心できるだろうし。
「今度はいつ班長の家に行くかわかるか?」
「今日です」
 オレは警察局のサーバにアクセスして、特務捜査二課の勤務スケジュールを確認する。確かに明日班長は非番だ。
「よし。おまえの代わりにオレが出かけた班長を警護するよ」
「班長はシーナが警護するのを許してくれるでしょうか」
「おまえがダメなことをオレに許可するわけないだろ。だから内緒だよ。オレが警護していることは誰にも話すなよ」
「わかりました」
 ダレムはまだ子供と一緒なので、なにごとにも素直に反応する。人間だったら、本人の望んでない警護を勝手にするのはどうかとか考えるんだろうけどな。
 ダレムにとっては班長の意思よりも、身の安全の方が優先順位は高いからだろう。
 けれど人間のリズは、やはりちょっと眉をひそめて言う。
「興味本位で詮索しようとしてるんじゃないでしょうね?」
「そんなんじゃないよ。班長がなにか危ないことしてるならオレだって心配だし」
「そうだとしても、あなたがあまり首を突っ込むと、ラモットさんに煙たがられるわよ」
「わかってるって。だからこっそり見守るんじゃないか。でも万が一班長に見つかったらリズにおつかい頼まれたことにするから、口裏あわせといて」
「しょうがないわね」
 リズは渋々了承し、夕方にオレが研究室から出ることを許可した。




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