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班長の秘密 4.




 緊急指令のない平和な一日が終わる。グリュデが逮捕されてから、確かにロボット絡みの事件は減った。
 おかけでオレの出動がない日が結構増えた。もう寿命の心配はないけど、ヒマすぎるのもなんか微妙な気分。いや、平和なのはいいことだけど。
 夕日が研究室の中をオレンジ色に染める中、最後のピースをはめこんだムートンが夕方の掃除のために定位置から移動を始めた。
 終業の合図はだいぶ前に鳴っている。けれど相変わらずリズはコンピュータに向かって仕事を続けていた。今日は何時まで働くつもりだろう。
 半ば呆れながらぼんやり見つめていると、出入り口から来客を告げるアラームが鳴った。入り口横の液晶画面を、視覚を拡大表示に切り替えて確認する。
 班長だ。オレを見ているわけじゃないからか、不愉快そうにしていない班長の素の表情は、なんか新鮮な気がする。しかも帰宅前だから制服じゃないし。
 リズが応答して扉を開き、出入り口に向かった。オレとダレムも立ち上がってその後に続く。
 班長はオレを見るなり、見慣れた不機嫌顔になった。うん。こっちの方が班長だって気がする。
 オレから視線を逸らした班長は、リズに尋ねた。
「リズ、ダレムの調子はどうだ?」
「特に問題はありません。最近は会話機能も向上してきたようです」
「会話機能?」
 そう言って班長は眉間にしわを刻みながら、オレを見下ろす。言いたいことはなんとなくわかる。
 リズは察したように釈明した。
「大丈夫です。シーナのまねはしないように言い聞かせてありますから」
 いつものように天使の微笑みで相槌を打つと、班長もいつも通り不愉快そうに目を逸らす。
 グリュデに会話能力を絶賛されたのが、なんだか小馬鹿にされているようでリズに尋ねたら、実は本気で感心していたらしいことが判明した。
 通常、ロボットは相手によって言葉遣いを変えたりはしない。学習能力の高いバージュモデルでも、修得するまでにはかなりの時間がかかるのだ。
 というのも、人間が無意識とかごく自然に行っている判断をロボットにさせようと思うと、その判断材料をすべて明確なデータとして与えなければならないからだ。
 人は他者と話をするとき、相手の立場や地位、年齢、自分との上下関係はもとより、その人の性格やその時の感情、自分との親密度など多くのデータを元に、無意識に近い状態で言葉遣いや口調を変えている。
 シャスや二課長のようにロボットに詳しくない人は、自分が無意識にやっていることなので、別にすごいことだとは思わないようだ。
 けれどグリュデのように詳しい人間には、起動して1ヶ月足らずのロボットに言葉を自在に切り替える判断力があるのは驚異だったのだ。
 オレのまねをして誰彼お構いなしにタメ口をきいてはマズいということで、ダレムには厳しく言い渡されている。
 シーナはいいけどダレムはダメ。ではダレムが納得しないので、まずは対人スキルを優先し、言葉遣いはその後ということにしているらしい。
 ヴァランも丁寧語だったし、ムートンは元々そんなに高度な言語能力はない。オレが知ってる限りではロティがオレとダレムに対してだけタメ口だ。
 ロボットの同僚フラグでも設定してるのかもしれない。接客も仕事にしているロティは、ロボットでもお客様にタメ口きくわけにはいかないからな。
 いろんな人と多く接しているロティだからこそ、言葉遣い判断力も磨かれているのだろう。
 リズの言葉に班長は納得したのか、わからないくらい小さくホッと一息ついてダレムを促した。
「ダレム、帰ろう」
「はい」
 ダレムは笑顔で頷いて班長に従う。
「おつかれさまでした」
 オレとリズは敬礼でふたりを見送った。




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