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11.エピローグ |
銀の城が跡形もなく崩れ去り、辺りに静けさが戻ると、トゥーシャはエトゥーリオに抱き上げられたシルタ姫を不思議そうに見つめた。 「どうして、消えないんだ?」 全身、闇の呪いに染まって生まれてきたシルタ姫は還元の呪文で呪いが無に帰すると、消えてしまうはずである。だからこそ、ルーイドはためらっていたのだ。 腑に落ちないといった表情で首を傾げるトゥーシャにエトゥーリオは意味深な笑顔を向けた。 「私の魔法が完璧だからだ」 そう言うとエトゥーリオはシルタ姫の額にキスをした。 「起きろ、シルタ。君は自由だ」 ゆっくりと目を開いたシルタ姫は花がほころぶように微笑むとエトゥーリオにしがみつき、頬に謝礼のキスを送った。 「ありがとう」 エトゥーリオがシルタ姫を地面に下ろすと、あまりの驚きに言葉を失っていたトゥーシャが叫ぶように問いかけた。 「どういう事だ?!」 エトゥーリオは眉を寄せて呆れたように言う。 「貴様、いったい何を聴いていたんだ」 逆に問い返されて、トゥーシャは気が削がれる。 「へ? おまえの歌の事? 声変わりしてからは初めて聴いたけど、相変わらずきれいな声でうまいなーって……」 トゥーシャがニコニコしながら感想を述べていると皆まで言い終わる前に頭の天辺にエトゥーリオがげんこつを落とした。 「何すんだよ。ほめてんのに」 「だまれ!」 頭を抑えて抗議するトゥーシャをエトゥーリオが一喝する。 「魔法使いが歌だけ聴いててどうする! あれは呪文だぞ」 「そんな事はわかってるけど?」 そう言いながらも本質がわかっていないトゥーシャに、エトゥーリオは再びげんこつをお見舞いした。 「いちいち殴るなよ」 「貴様には探求心とか向上心とか知識欲とかないのか?! まがりなりにもルーイドの直弟子なら、違いに気付け!」 「え? どっか違ってたっけ?」 とぼけた返答をするトゥーシャにエトゥーリオはまたしても拳を振り上げる。トゥーシャは慌てて一歩退くと両手を挙げた。 「わかった! 降参! だから説明してくれよ」 エトゥーリオは腕を下ろすと、呆れたようにひと息ついて話し始めた。 「呪いは闇の領分。私の管轄だ。光は闇を打ち消すが、闇は闇を取り込む。呪いに対して闇の誘い水を向けてやれば、呪いは闇と同化する。一つになった闇を光で打ち消してやればいい。理論はそんなところだ」 憮然としてそう言った後、エトゥーリオは得意げにニヤリと笑った。 「光の魔法使いルーイドには決してできない芸当だ。還元の呪文でシルタを消してしまうのは簡単だが、あいつの鼻を明かしてやりたかった。そうそう、じじいの思い通りになってたまるか」 「もしかして、あの階段を上がっている間に考えたのか?」 「あぁ。だから少し曲が違ってただろう。――って、気付いてなかったんだったな」 なんでもない事のように言うエトゥーリオをトゥーシャは唖然として見つめた。 還元の呪文は上級魔法だ。それだけでも決して簡単ではない。その効果を崩すことなく、さらに追加の効果を生むアレンジを短時間で完成させるエトゥーリオの技量に舌を巻いた。 だが、ルーイドはそれを見越してエトゥーリオを指名し挑発したのではないだろうか。 還元の呪文ならトゥーシャにも使える。しかし、ルーイドと同様、真の意味でシルタ姫を救う事はできない。だから、闇と光の両方を操れるエトゥーリオに望みを託したのだろう。 鼻を明かしたつもりが、まんまと思うつぼにはまってしまったエトゥーリオがおかしくて、トゥーシャは思わずクスリと笑った。 それに気付いてエトゥーリオが不愉快そうに尋ねた。 「何がおかしい」 「いや、あんなにきれいな声、どこから出してんだろうって気になって。おまえって昔から歌う時の声、全然違うよな」 「えぇ? エトゥーリオが歌ったの?」 トゥーシャが振り返ると、さっきまで気を失って木の根元に寝かされていたトムが、すっかり元気を取り戻して二人の会話を聞いていた。 「お、すっかり元気になったみたいだな」 トゥーシャは笑ってトムの頭をクシャクシャなでた。トムはその手を払い除けて再び尋ねた。 「ねぇ、本当にエトゥーリオが歌ったの?」 「あぁ、別人のようにきれいな声ですごくうまいんだ」 「え――っ?! ぼくも聴きたい。もう一回歌って」 「たわけ」 トムのリクエストをエトゥーリオは全く相手にしない。けれどトムは食い下がる。 「いいじゃないか。トゥーシャみたいにヒドイわけじゃないんでしょ?」 「うるさい」 二人のやり取りを見ながらエトゥーリオの隣でシルタ姫がクスクス笑った。 目の前の事しか目に入っていなかったトムが、その時初めてシルタ姫がいる事に気がついた。先ほどまでとあまりに雰囲気が違っていたからかもしれない。 「シルタ姫? なんか、きれいになったね」 トムのセリフにトゥーシャがからかうように横からひじで小突いた。 「なに口説いてんだよ」 「違うよ。さっきまで周りにあった黒くて怖いものがなくなってるんだよ」 トムが言い訳をすると、シルタ姫はエトゥーリオの腕を掴んでにっこり笑った。 「彼の歌のおかげなの」 それを聞いてトムの願望が再燃した。 「シルタ姫も聴いたの? 聴いてないのぼくだけ? ずるい! ぼくにも歌って!」 だだをこねるトムの胸倉を苛々しながら掴んでエトゥーリオは怒鳴った。 「いいかげん、しつこいぞ! 何の義理があって、おまえのために歌わなければならない!」 「あ……!」 エトゥーリオが触れた途端トムはピクリと反応して彼を凝視した。 しまったという表情をしてエトゥーリオは慌ててトムから手を離した。――が、すでに遅かった。 感情的になって、うっかり心のガードが弛んだところをトムに察知されてしまったらしい。トムが半笑いになる。 一瞬にして顔に血流が集まってくるのがわかり、エトゥーリオは皆に背を向けた。その背中を指差してトムが笑いをこらえながら問いかける。 「もしかしてエトゥーリオ、人前で歌うのが恥ずかしいの?」 「え? そうなのか?」 トゥーシャが驚いて目を見張った。 「あんなにきれいでうまいのに。もしかして、それが闇に転向した理由?」 エトゥーリオは背中を向けたまま黙秘を続ける。彼が黙っているのをいい事にトムはさらにからかう。 「さっき、赤くなったの見た?」 エトゥーリオを指差してエスカレートするトムにトゥーシャは忠告した。 「トム、その辺でやめとけ」 「だって、性悪なのにかわい…………ったーい!」 トゥーシャの忠告を無視して言葉を続けたトムが、首を押さえてその場にしゃがみ込んだ。 その横でトゥーシャは額に手を当て、目を伏せるとため息をついた。 「空気読めよ」 振り返ったエトゥーリオが腕を組んで、うずくまるトムを冷ややかに見下ろした。 「言いたい事は、それだけか」 トムは痛みに顔をゆがめてエトゥーリオを見上げる。 「全部済んだら、これ取ってくれるんじゃなかったの?」 「気が変わった。おまえは一生私の使い魔だ」 「ひどーい! うそつきーっ!」 「フン!」 トムを絶望させて気が済んだのか、エトゥーリオは刻印を消しはしないものの、トムを痛みから解放した。 首をなでながら立ち上がったトムの肩をトゥーシャは軽く叩いた。 「自業自得だな。あいつの機嫌が直るまで諦めろ」 トムのためにも話題を変えるべきなのかもしれないが、やっぱり気になったのでトゥーシャは尋ねた。 「蒸し返して悪いけど、闇に転向したのってトムが言った事が理由なのか?」 エトゥーリオは不愉快そうにトゥーシャを睨む。 「うるさい。ルーイドの陳腐なラブソングに嫌気がさしただけだ」 エトゥーリオが吐き捨てるように言うと、トゥーシャの後ろから声が聞こえた。 「聞き捨てならんのう」 全員が一様に驚いてトゥーシャの後ろに注目した。そこには霊体のルーイドがニコニコ笑いながら宙に浮いていた。 エトゥーリオは思い切り動揺し、ルーイドを指差し叫んだ。 「まだ迷っていたのか! 未練はなくなっただろう。さっさと成仏しろ!」 ルーイドはエトゥーリオの側までフワフワ漂ってくると一つため息をついた。 「天涯孤独となったシルタの行く末が気がかりでのう」 「案ずるな。シルタは私がもらう」 エトゥーリオの言葉にトゥーシャがすかさず反応する。 「もらうってどういう意味だよ。まさか光源氏計画じゃないだろうな」 「なんだそれは」 「幼い女の子をさらってきて、自分好みに程よく育ったところをおいしくいただくっていう……」 「なるほど、そういうのも悪くはないが、そんな気の長い事をしなくても女に不自由はしていない」 「あ、そ。じゃ、どういう意味?」 「私の弟子にする」 ルーイドもトゥーシャも驚いて目を見開いた。 「シルタ姫に魔法を教えるのか?!」 「何を驚く。無意識とはいえ、国を滅ぼすほどの闇の力を押さえ込んでいたんだぞ。充分素質はある」 黙ってエトゥーリオを見上げるシルタ姫にルーイドが問いかけた。 「よいのか?」 シルタ姫はにっこり笑うと頷いた。 「はい。私を呪いから解放してくれた彼に報いたいと思います」 そして、思い出したようにクスリと笑うと、 「ルーイド様が以前話して下さった、おませで小生意気な金髪の弟子とは彼の事ですよね」 と言い、エトゥーリオを横目で見上げた。 「じじい。シルタに何を吹き込んだ」 エトゥーリオが睨むと、ルーイドは逆に睨み返した。 「シルタに手を出すでないぞ。呪いの影響で見かけは少女じゃが、おまえたちより若干年上じゃ」 「それは願ってもない……って、だから、女に不自由はしていないと言ってるだろう!」 苛々して怒鳴るエトゥーリオを横からシルタ姫も援護する。 「大丈夫です。私も年下には興味ありませんから」 エトゥーリオは一瞬絶句してシルタ姫を見つめた後、気を取り直してルーイドに、 「聞いた通りだ。安心して、とっとと成仏しろ」 と言うと、片手を振って追い払った。 ルーイドは名案を思い付いたらしく、突然手を打った。 「そうじゃ、わしはシルタの守護霊になるとしよう」 「人の話を聞いてないのか?! 成仏しろと言ってるだろう!」 怒鳴るエトゥーリオの肩をトゥーシャが叩いた。 「じゃ、話がまとまったところで日が暮れる前に帰ろう。ぼくはまだ残処理がいろいろあるんだ」 「どこがまとまってると言うんだ。ったく!」 ブツブツ言いながらも、エトゥーリオは地図球を取り出すと、先頭に立って帰路へついた。 闇の森は刻一刻と変化している。地図なしでは歩けないのだ。 ルーイドはシルタ姫の横に移動すると話しかけた。 「シルタ、おまえの人生は今始まったようなもんじゃ。今度こそ幸せを見つけられればよいな。落ち着いたら、一緒にセルダの墓参りに行こう」 「はい」 シルタ姫はルーイドを見つめて微笑んだ。 かつて暗い目をして俯いていた少女が、今目の前で微笑んでいる。この笑顔を誰よりも見たいとルーイドは長年思っていた。 そして、不機嫌そうな顔をして先頭を歩くエトゥーリオの背中を見つめて、心の中で礼を述べた。 帰る道すがらトゥーシャはトムに尋ねた。 「ところで、おまえの方はフラグ立ったのか?」 「わかんない。帰ってみないと。トゥーシャの方こそ、箱の封印解いちゃって大丈夫なの?」 心配そうに尋ねるトムに対して、トゥーシャは呑気に笑う。 「中身を元に戻して封印してしまえば、エルフィーア姫にはわからないさ」 確かにエルフィーア姫にはわからなかった。だが、城の魔法使いたちにはあっさりバレてしまい、後日トゥーシャはこってりと絞られたのだった。 (完) |
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