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神社めぐり
神社めぐり 深江稲荷神社
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深江稲荷神社 所在地:大阪市東成区深江南3丁目 法明寺と隣り合わせにある。
最寄駅:近鉄奈良線「布施」下車、北へ約500m。
OR 地下鉄千日前線「新深江」下車、東へ約500m
当社の創起は今から約2000年の昔、第11代垂仁天皇の御代、笠縫氏の祖が大和笠縫邑より、良質の菅に恵まれた当地、摂津国東生郡笠縫島の宮浦に居をかまえ、下照姫命を奉祀したのが始めで、その後、和銅年間(708~15)に山城国稲荷神社の分霊をを勧請したと伝える。
 笠縫氏は代々伊勢神宮のご神体を守る菅御笠、菅御翳(さしは)を奉ずる氏族で、当地に移ってからも歴代天皇御即位式の大嘗祭に用いられる御菅蓋や伊勢神宮式年遷宮の行われる毎に御神宝の菅御笠、菅御翳を奉製献納する栄誉と伝統を担っていた。
 江戸時代にはお伊勢参りが盛んに行われたが、伊勢音頭に「大坂出てから早や玉造、笠を買おうなら深江が名所」と歌われたように、大坂玉造の二軒茶屋から伊勢参りに出立した者は、まずここで菅笠を買うのがしきたりになっていたという。
なお、この菅笠作りは現在に至るも有志の方により、作り続けられ、大阪市の無形文化財に指定されている。

[参考資料] 『現地説明碑』 深江稲荷神社 御造営奉賛会
深江稲荷神社正面鳥居 深江稲荷神社の正面鳥居。1796年(寛政8年)の建立。
 深江稲荷神社拝殿 深江稲荷神社本殿
祭神は宇迦之御魂神(ウガノミタマノカミ)、猿田彦命、月読命、下照姫命(シタテルヒメノミコト)を祀る。
1603年(慶長8年)豊臣秀頼片桐且元に命じて建てた本殿は大坂夏の陣の折、兵火により焼失し、1760年(宝暦10年)に再建、1796年(寛政8年)に大きな修理が加えられた。
現在の本殿と拝殿は1994年(平成6年)に社務所とあわせ、改築された。
深江稲荷神社の境内摂社 境内の一角に摂社が並んでいる。
右側より、祖霊社、榎神社(榎木大明神)、御食津社
(豊受御食津神)、鋳物御祖社(天津麻羅大神)、
御神輿倉庫(左側の一番大きい建物)
神社の正面鳥居の脇に建つ「深江菅笠ゆかりの地」と「大阪府指定史跡 摂津笠縫邑跡」の碑。
1972年(昭和47年)に大阪府の史跡に指定された。
「深江菅笠ゆかりの地」と「摂津笠縫邑跡」の碑。
復元された菅田 建設中の資料館
神社に隣接して約80平方mの深江の菅田が「深江菅田保存会」により復元されている。 深江菅田の同じ敷地内に資料館が建設中であった。
ご朱印
深江稲荷神社朱印
[2009年10月30日参拝]

神社-125/TTL-698

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