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神社めぐり
神社めぐり 福島天満宮
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道真の足跡へ
福島天満宮 所在地:
福島天満宮:大阪市福島区福島2丁目
中の天神跡:大阪市福島区福島4丁目
下福島天神社:大阪市福島区玉川1丁目
当社は907年(延喜7年)の創始と伝わるが、その縁起は、菅原道真が左遷のため太宰府に赴任の
途中、河内道明寺の叔母覚寿尼を訪ねた後、いよいよ瀬戸内海を船で下ることになり、当地で風待ちのために滞在した。その時、土地の人達が失意の道真一行を丁重に迎え、親切にもてなした。道真はこれに感謝して、御礼に布地に自分の姿を描いた絵を残し、傍らの梅の小枝を一枝折り、『行く水の中の小島の梅さかば さぞ川浪も 香に匂ふらむ』と詠み、梅の枝に添え、松の小枝と共に地面に突き刺した。不思議なことにこれが1本となって根を下ろし大木となり、元禄年間(1688~1704年)の頃まであったという。
 903年(延喜3年)道真の訃報を風の便りに聞いた里人が、その徳を慕い、この梅松二枝が根を下ろした所に、小祠を設け画像を祀ったのに由来する。
 また、道真が土地の人に当地の地名を尋ねたところ、『鹿鬼島(がきじま)』とも『葭原島(あしはらじま』とも呼んでいると答えがあったため、鹿鬼は餓鬼、葭は悪しに通じるので、良くない名前なので『福島』と改めるよう勧めたと伝わり、福島の地名の由来でもある。
 この時、接待した地元の徳次郎に対し、『福元』姓を与えたとも伝わり、福元一族は当社の一老・宮座となり、その子孫は現在も存続しているという。

[参考資料] 『福島天満宮略記』 福島天満宮パンフレット
福島天満宮鳥居 福島天満宮本殿
福島天満宮正面鳥居。
鳥居は新しいが、1997年(平成7年)の阪神大震災の時片方の柱が根元から破損し、危険なため、その年の12月に新しく建て替えられた。
福島天満宮拝殿。
福島にはかって3天神社があり、この福島天満宮は『上之社』と呼ばれた。JR福島駅に近く、なにわ筋に面したところにあるが、一歩中に入ると、木々は多く残り静かな佇まいである。
中の天神跡 福島天満宮中之社跡地



元「中之社」の跡地に記念碑が建てられている。
中之社は太平洋戦争の時の空襲で焼失し、土地の区画整理などもあり、上之社に合祀された。


下福島天神社
下福島天神社 境内にあった石碑
下福島天神社拝殿。
「下之社(下福島天神社)」は福島天満宮から約1Kmほど西に行ったところにある。境内に貼ってあった神社の縁起には福島天満宮と同様の事柄が書かれていた。
境内にあった石碑。
道標らしいが『願主山名礒兵衛建立)『天文元壬辰年』(1532年)の銘があり、室町時代のもの。
ご朱印
福島天満宮朱印
[2004年2月29日参拝]

神社-024/TTL-155

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