想いと呪文と、代償と
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 ソフィーが買い物に出かけてから2時間後。

 マイケルは今だに、ハウルから出された呪文の謎解きに頭を抱えていた。


 と、その時。

 扉の取っ手の色がオレンジに変わったかと思うと、ハウルがもの凄い勢いで部屋の中へと入ってきた。


 「あ、おかえりなさいハウルさん……ってどうしたんですか、その格好?!」


 見ればハウルは豪華な洋服に身を包んではいるものの、全身ずぶ濡れで。

 衣服から落ちた水滴が、木の床にいくつかの染みを作っていく。


 「突然ひどい雨に降られてね。参ったよ。ソフィー、暖かいお茶を……って、あれ?マイケル、ソフィーは?」


 水分を含んで重くなった上着を脱ぎつつ、ハウルは奥の机に座っているマイケルに話しかけた。

 次いで、風呂場へと向かい「かんそ こな」を自分の衣服に振りかける。

 すると、衣服は音を立てて一気に乾いた。


 そんなハウルの様子を見ながら、マイケルはヤカンに水を入れようと、立ち上がりざま答える。


 「ソフィーさんなら夕飯の買い物に出かけましたよ。そろそろ帰ってくるとは思うんですけど……。あとハウルさん、ちょっと見てほしいものがあるんです」

 「なんだい?」
 

 マイケルから水の入ったヤカンをもらい、暖炉の上にくべながら、ハウルは一枚の紙切れを受け取った。

 カルシファーに火力を強くするよう声をかけつつ、ハウルは椅子へと座り込む。


 「…………」


 ハウルは一息つくように机に肘を突きながら、その紙きれに目を通し始めた。


 一秒。

 二秒。


 「……マイケル!!」

 「は……っはぇっ?!」


 突然のハウルからの迫力あるお呼びに、つい声が裏返る。

 見ると、最初は何気なく文面を追っていたハウルだったのに、今では視線を険しいものへと変えていた。

 
 「この呪文、一体誰が封を切った?!」

 「え…っ?あの……え……」

 
 あまりに突然のハウルの様子の変化に、マイケルは驚いた。

 それは、めったに冷静さを欠かないハウルを知っているが故に、なおさらで。


 思わず、ゴクッと息を呑む。


 しかし、黙っている訳にもいかないことは、マイケルも重々承知だ。

 ハウルの緊迫した様子を見ながら、仕方なくおずおずと切り出す。 


 「あ…あのソフィーさんが掃除の途中で間違えて切ってしまったんです。でもソフィーさんに悪気は全然無くて……それで……」

 「ソフィーが?!」


 ふと。そんなハウルの態度に、マイケルは胸中で首を傾げてみせる。


 そう。

 ハウルは迫力はあるものの、決して怒っている様には見えなかったのだ。

 むしろ、ひどく焦っているように見える。


 するとハウルは、突然何かをなぞるように例の紙面の上を人差し指で素早くなぞり始めた。

 対するマイケルは、固唾をのんで静かに見守る。 


 そしてハウルの指が最後の文字までなぞり終えたと同時に、ハウルが小さく舌打ちをした。


 「くそっ、もうこの紙面には存在しない!マイケル、急いでソフィーを探し……」


 と、その時だった。

 突然扉をドンドンと叩く音が部屋中に響いた。

 すかさずハウルはカルシファーへと無言で視線を投げる。


 「がやがや町の扉さ。ずいぶん強く叩いてるみたいだけど」

 「……がやがや町?」


 ハウルは眉をひそめてみせた。

 するとマイケルが、息せき切ってハウルへと言葉を投げる。


 「きっとソフィーさんです!がやがや町に買い物に行くって言っていたから…!」

 
 そうマイケルが言葉にしたと同時に。


 「ハ………ウル」

 「!!」


 扉の向こう側から聞こえてきた、消え入る様な小さな声。

 その声を聞いた途端ハウルは扉へと駆け寄り、取っ手の色を黄色に変える。

 そして、勢いよく手前へ引き開けた。


 「………!!」


 扉が開いたと同時に、部屋の中へと倒れこんだ一人の女性。

 雨に濡れたのだろう全身はずぶ濡れで、細い肩は小さく震えていた。


 「ソフィー!!」

 「ソ……っソフィーさんっ!!」


 マイケルが背後でそう叫んでいるのを感じつつ、ハウルはソフィーの上体を抱き上げた。

 そのまま頬に手をあてる。


 ―――――――冷たい


 肌を通して感じるソフィーの体温は、明らかに低くて。

 寒さに震えているのか、目を固く閉じたまま小さく息をしていた。


 ハウルはすかさず指で空を切る。

 すると目の前に、一枚の毛布が現れた。

 それでソフィーをくるんでやる。


 「マイケル、風呂だ!カルシファー、熱いお湯を沸かしてくれ!」


 ハウルの言葉を聞くやいなや、マイケルはカルシファーへと大量の薪をくべる。

 そしてすぐさま風呂場へと走った。