立ち待ち
−4−






 道幅の狭い裏路地。

 その道を、ソフィーは全速力で走っていた。


 終戦してから、被害を受けた大通りなどは綺麗に治ったのだが、裏路地まではあまり修復の手はまわっていない。

 そのため、いたる所がでこぼこで。


 思わず、転びそうになる。


 転びそうになっても、それを耐えて。

 ソフィーは走り続けた。


 はぁはぁと息を切らせながら、振り返ることなく耳をすませる。

 すると、しつこく追いかけてきているのだろう軍人の足音が聞こえてきて。


 「止まれ!」


 もう一度背後から、鋭い声でそう呼びかけられる。


 ―――――――もし、捕まったら。


 脳裏に、色々な考えが駆け巡る。
 
 
 絶対に、冷静に話し合いが出来る状況じゃない。

 それどころか、絶対にただではすまなそうな雰囲気だ。
 
 
 そして厄介なことに、そういう勘だけは昔から当たるのだ。

  
 ソフィーは、自分を奮い立たせた。
 
 絶対に、つかまるわけにはいかない。

 逃げ切らなきゃいけない。


 いけない、のに。


 所詮は、男と女の脚力。

 いくらソフィーが必死になって走ったところで、二人の距離が縮まるのは必然的で。 


 10メートル。

 9メートル。


 足音が、近づく。

 確認したいが、振り返る余裕もない。

 速度をあげたくても、体力も限界にきていて。 


 5メートル。

 4メートル。


 耳につく、背後からの息づかい。
 

 3メートル。


 目指す大通りは、あと目と鼻の先なのに。


 2メートル。


 ソフィーに向かって、軍人の手が伸ばされる。


 1メートル。

 
 もう、ダメ―――――――!!


 ソフィーがそう覚悟を決めて、両目を固く閉じた。その時。


 ボスッ!!

 「きゃっ!!」


 突然、ソフィーの視界が真っ暗になった。

 思わず、小さく悲鳴を上げる。


 何かにぶつかったらしい、顔面に布の感触を感じて。

 一瞬だが、微かにいい香りが鼻をくすぐる。


 ……………布?


 と同時に、背後から軍人の息を呑むような声が聞こえた。

 何かに驚いているような、そんな雰囲気さえ感じて。 


 なに?


 不思議に思い、ソフィーは今ぶつかったものを確認しようと、少しだけ顔を離した。


 「…………!」


 目の前には―――――――吸い込まれそうなほど深い青の宝石がついたネックレス。

 それは、白い布の上で微かにゆらゆらと揺れていて。


 思わずソフィーは、勢いよく顔を離した。

 ネックレスを食い入る様に見る。

 
 そのままソフィーは、視線は外すことなく抱きしめていたヒンを無意識にゆっくりと地面に置いた。

 そして、徐々に視線をネックレスから上へと移動させる。

 何故か、自然と目に涙が浮かびはじめて。


 視界が、ぼやける。


 そう。この宝石、このネックレス。

 何よりも、安心する布からの香り。


 これは。 


 「ハウル……っ!!」
 その人物の名前を呼びながら、ソフィーは思わず抱きついた。

 首に回した手に、柔らかな黒髪が触れて。


 「夜遊びもたいがいにしないと、ソフィー」
 

 この状況を見たうえで、イヤミなのだろうか言葉では意地悪そうに言ってはいるものの。

 ハウルは、そんなソフィーに本当に優しく微笑んで。


 静かに、抱きしめ返した。


 
 空には、いつしか太陽の姿はなく。

 かわりに、銀色の月が夜の闇を照らしていた。





          


※相方からの挿絵付きですーvv