時間の呪文
−11−






 ――――――――私、ハウルのことを守りたいの!


 結局。

 ハウルの忠告が虚しくも裏目に出たのか、ソフィーはより一層その決心を固めて家を飛び出した。


 そのまま街中を、息を切らせつつ走り抜ける。

 ハウルから貰ったネックレスが、首元で揺れてキラキラと光って。

 
 走って。

 息継ぎをして。


 そして、今にも発車しそうだった青バスのタラップに、寸前のところで乗り込んだ。


 「ま……間に合って…よか…っ」 


 はぁはぁと息継ぎも間々ならない様子で、ソフィーはそう呟いた。


 そう。

 ソフィーが目指しているところは――――――――王宮。


 ソフィーは、無謀にもサリマンへと謁見しにいこうと考えていたのだ。


 突然行ったところで、会ってくれる保障なんてどこにもない。

 追い返されることだって、十分にありえる。


 それに、以前まだ戦争中だったころ謁見した際には、啖呵をきって逃げるように帰ってきてしまった。

 はっきり言って、無礼極まりない態度だっただろう。


 でも。


 ソフィーは、ようやく落ち着いてきた息を、ふぅと吐き出した。


 そう。

 ハウルがルーイのことを教えてくれないとなると、もうソフィーにとっての手がかりはサリマンしかいなかったのだ。


 ルーイはハウルの魔法学校の後輩だって言ってた。

 ならば、サリマンもルーイのことを絶対に知ってるはず。


 そしてルーイも魔法学校を卒業したのなら、ハウルと同様王宮に誓いを立てさせられているはずなのだ。


 「……………」


 ソフィーは、次第に遠ざかっていく町並みを見つめながら、胸元で拳を固く握り締めた。

 そのまま、静かに目を細める。


 ハウルは、怒るだろうか。

 あきれるだろうか。


 私のこの勝手な行動を。


 『僕は、ソフィーが心配なんだよ』


 先ほどのハウルの言葉が、脳裏に蘇る。


 ハウルの気持ちは、痛いくらい分かる。

 私も、ハウルに対して全く同じ気持ちを抱いているのだから。


 でも。

 だからといって、ソフィーは黙って家で待っているなんて出来なかったのだ。


 カルシファーの話。

 ハウルの話。

 そして突然現れた、何かの呪いに掛かっているだろう大切な幼なじみ。


 どれを取っても、自分には関係のない問題だとは思えなかったのだ。


 そう。

 私、助けたい。


 ハウルのことも。

 そして、ルーイのことも。

 
 それに、ルーイのことを助けるということは、ハウルを守ることに繋がるはずなのだから。


 
 と、その時。

 青バスが、王宮へと通じるキングズベリーの町通りのところで音を立てて止まった。

 ソフィーはあわててお金を払いつつも、タラップの所から小さく飛び降りる。


 そしてそのまま―――――――――走り出した。


 ここは以前、ヒンと一緒に歩いた王宮への石造りの道。

 ハウルを「ダメな息子」だと言うために、90才の姿で歩いた王宮までの道。


 そこを、今はハウルを守るために走っている。

 星色の髪をした、少女の姿で。
 

 ソフィーは、走りつつも胸元で揺れるハウルの指輪へと視線を落とした。

 そのままそれを、右手で強く握り締める。


 そして――――――行く先を真っ直ぐを見据えながら、頷いてみせた。
 大丈夫。

 なんとかなるわ。


 今までだって、何とかなってきたんだもの。

 ここが、私の頑張りどき。  


 ソフィーはそう決心しつつも、走る速度を速めようと息を大きく吸い込んだ。


 吸い込んだまでは、よかったのだが。

 その時、ソフィーの視界に、ふと見慣れた人物が一瞬目に入った。


 しかし走っていたために、すぐにその人物を通り越してしまい。


 「え?」


 思わず、立ち止まる。

 
 そのまま考えて。

 今、自分の目に映った光景を、もう一度頭で思い起こして。


 そして、ゆっくりと振り向く。


 目の前には、王宮への通りの途中にある、立派すぎるほどの銅像。


 そこには。


 「そんなに急いでどこ行くの?ソフィー」 
 
 「………ルーイ」

 
 まるでソフィーを待っていたかのように――――――――ルーイが立っていたのだった。