時間の呪文
−12−






 「ルーイ………」


 まさか予想もしていなかったルーイの登場に、ソフィーは思わず息を呑んだ。


 息を、呑んで。

 何度か瞬きをして。


 するとルーイは、そんなソフィーの様子を見て薄く微笑みつつ、ゆっくりと近づく。


 「……どうしたの、ソフィー。そんなに驚いた顔をして」

 「え?あ……」
 

 そんなルーイの言葉に、ソフィーは思わず声をにごらせた。

 そして、ぎこちなくルーイへと視線を延ばす。


 「……………」


 一瞬。

 本当に一瞬だけど。


 ソフィーはまるで、ルーイは初めから自分のことを待っていたかのような錯覚に陥ったのだ。


 「ソフィー?」


 するとルーイは、そんなソフィーの様子の変化を見逃さないといわんばかりに心配そうに呼びかけて。

 顔を、覗き込む。


 そして、ソフィーに向かって微笑んでみせた。

 屈託ない、笑顔で。


 「……………」


 そんなルーイに、ソフィーは自分の考えを一掃しようと頭を軽く振ってみせた。


 「……ううん。突然呼び止められられたから、びっくりしただけ」


 そして、笑う。


 そう。

 
 そんなわけ、ないのに。

 そんなこと、あるわけないのに。


 第一、ルーイがソフィーのことを待っている理由なんて、ないのだから。


 「……………」


 ソフィーは、胸元で淡い光を放つ指輪をもう一度右手で握り締めた。

 ゆっくりと、息を吸う。

 
 それに。

 ここでルーイに会えたことは、自分にとっても都合がいいはず。

 なぜなら、いま自分が一番知りたいことは、他の誰でもないルーイに聞くのが一番てっとり早いことには間違いないのだから。 


 と、そこまで考えてソフィーは微かに一人頷いて。

 言葉を紡ごうとした、その時。 


 「ソフィー、あそこのベンチに座って少し話さないかい?」


 以外にも、ルーイの方が先に話を切り出したのだった。


 
 

 *   *   *







 「ソフィーは、今も帽子屋さんをやってるの?」


 キングズベリーへ続く道の途中。

 噴水の横にあるベンチに、ソフィーとルーイは腰を下ろしていた。


 この辺りは、まだ復興が進んでないところがあるらしく、戦争の傷跡が少し残っていて。

 瓦礫やら、崩れかけた石段などが時折目に入る。


 そんな中。

 話し始めて、はや20分。  


 その間、ソフィーはルーイの質問攻撃から逃げることが出来ずにいた。


 今まで元気だった?だの。

 レティーはどうしてるの、だの。


 正直、自分が質問をする隙がない。

 約10年ぶりに再会したのだから、仕方がないといえば仕方がないのだが。


 しかし。

 「仕方ない」では済まされないことを、ソフィーはルーイに聞かなければならなかったのだ。


 ――――――――ルーイにかかってる呪いは何なの?


 そう。

 この台詞。


 たかたが、3秒で言えてしまうようなこの台詞を、ソフィーは言わなければならないのに。

 なのに。


 「今は帽子屋はやめて、生花店をやってるの。とても楽しいわ」


 はっきり言って、そんなこと言えるような雰囲気ではない。

 しかも、ルーイに再会したことが嬉しいのだろうか、ついつい話し込んでしまってる自分もいて。


 周りから見たら、まるで和気あいあいの雰囲気。


 するとルーイが、そんなソフィーの言葉に一瞬目を伏せたような気がした。

 しかし、すぐに顔を上げて話し始める。


 「そう。僕はね王宮を辞めてからは、何となく毎日を過ごしてるよ」

 「辞めた?王宮を?」


 そんな彼の言葉に、ソフィーはきょとんと聞きかえす。
 少し、考えて。


 「…………あ!」
 

 そういえば。

 カルシファーが、そんなことを言ってたような気がする。

 確か、ルーイは戦争が終わる前に王宮を止めたって。


 「どうして、辞めてしまったの?」


 ソフィーは、そのまま頭の中で自然と浮かんできた疑問を口にした。


 だって。
 
 王宮にいれば、将来安定は間違い無し。

 入りたくたって、入れない人だっているくらいだ。


 ただ。

 自由がきかなくなるという欠点があるのも事実で。


 王宮の命令は絶対。


 行けと言われたら行かねばならないし、やれと言われたらやらなければいけない。

 現に、ハウルが王宮へと足を運ばなくなった理由の一つにも、それがあるのだろう。


 ソフィーは、目の前で流れる噴水の水を眺めながら、そんなことを考えていた。


 するとルーイが、ベンチからゆっくりと立ち上がった。
 
 かと思うと、そのまま噴水の方へと歩き出して。


 ソフィーは、そんな彼の行動を何となく目で追う。


 「もともと僕は、王宮の方針には合ってなかったんだと思う。戦争だって、本当はやりたくなかった。でも、あの時の僕にはまだ『契約書』の誓いを破る勇気がなかったんだ」


 「……………」


 そんなルーイの言葉は、いつもと同じ声なのに。

 どこか、違う響きで。


 「僕はハウルさんが羨ましかった。サリマン先生の一番弟子というエリートな立場にいながらも、学校を卒業したら早々に王宮を去った。契約書の誓いなんかに捕らわれずに」


 流れる水の音が、ルーイの言葉を微かにかき消す。

 ソフィーは、そんなルーイの声を聞き逃さないように。


 「そして、力もあった」

 魔法学校では、ハウルさんはちょっとした有名人なんだよ、と呟く。


 と、そこまで言って、ルーイはその場に立ち止まった。

 何を考えているのだろう、噴水の方をしばらく眺めて。

 
 ソフィーからは、彼の表情が見えずに。


 「ルー………」


 そんなルーイの様子に、ソフィーが声をかけようとした、その時。


 「ねぇソフィー、君はどこでハウルさんと知り合ったの?」


 と、彼が振り向きざま口にする。

 まるで、この話は終わりと言わんばかりに。


 振り向いたその表情は、以外にも明るく。

 声音も、先ほどとは違って普通に戻っていた。


 「…………」


 でもソフィーには、彼が無理に笑っているかのような、そんな印象を感じていたのだ。


 昔と、ちっとも変わらない笑い方。仕草。

 茶の髪の毛。黒の双眸。


 胸の奥が、ぎゅっと鳴る。


 「ソフ………」

 「ルーイ!私、あなたにかかっている呪いを解きたいの!」


 気がつくと、ソフィーはそう口にしていた。

 ベンチに座ったまま、身を乗り出して。


 ルーイの言葉を、遮るように。


 本当に―――――――――無意識に。