時間の呪文
−16−






 他人の空似とは、よく言ったものである。


 ハウルは、今まさにその言葉の意味を痛いほど実感させられていた。


 写真の中で、ルーイの隣に立って穏やかに微笑む少女。

 年のころ16、7といったところだろうか。


 始めは、昔のソフィーかと思った。


 しかし。


 「……………」


 落ち着いてよく見てみると、微かに違うところが多々あることに気づく。


 仕草。

 顔立ち。

 微笑む時の、目の細め方。 


 よく似ていることには間違いないのだが、とりあえずソフィーでは無いのだと確信する。
 
 そして普段自分の目が、どれだけソフィーのことを追っているのかを、こんなところで実感する。


 そのことにハウルは胸中で小さく苦笑いをしてみせた。 
 

 「ね、かわいらしい方ですよね。優しくて、おとなしい方だったんですよ。名前、なんて言ったかなぁ」


 と、写真を渡してから無言になってしまったハウルがよほど不思議だったのか、その生徒は聞いてもいないのにベラベラとしゃべりだす。


 しかし、こちらにとっては好都合だ。

 今はどんな些細なことでも、ルーイの情報が欲しいことには変わりないのだ。


 そのことにハウルは、写真から目を離し僅かに生徒へと視線を移す。

 しかしその生徒は、今度は一人考え込んでるのだろうか、うんうんと唸っているだけで。


 小さく、溜息をつく。
 

 はっきり言って、こんな所でのんびりしている時間はない。

 行かなければいけない場所もあって。 


 しばらく待ってはみたが、埒があかないと判断したのか、ハウルは写真を机の上にそっと置いた。

 そしてそのまま、書庫の出口へと足を向ける。


 重い銅作りの扉に手をかけると、廊下からの明るい光が微かに書庫へと差込みハウルは思わず目を細めた。


 と、その時。


 その生徒が、あっという小さな声をあげた。

 そして、今にも書庫を出て行きそうなハウルに向かって話し出す。


 「思い出した!クレ……ア、そう、確かクレアさんです!」


 何故かその声だけが、やけにハウルの耳に残り。

 静かな書庫に、大きく響いたのだった。








 *     *     *








 ハウルは、再び淡赤の絨毯の上を音もなく歩いていた。

 そのまましばらく廊下を歩くと、少々広めの部屋に出る。


 そう。

 魔法使いの魔力を強制的に奪いとる、魔法封じの部屋である。

 
 いつだったかソフィーが、この部屋に荒地の魔女と一緒に来たと言っていた。

 その後から、荒地の魔女は魔法の力を無くしたのだという。


 おそらくこの部屋で罠にでもかかったのだろう。

 そのことにハウルは、肺の中の空気を小さく吐き出しつつ部屋の片隅の小さな小部屋へと足を向けた。

 その小部屋への壁へと向かって、軽く手をあげる。


 すると、壁に見せかけた扉が小さく音をたてて開いた。 


 その先に続く道を、真っ直ぐと歩く。

 そのまま、他の建物よりも2度ばかり温度の高い部屋へと足を踏み入れた。


 まず視界に入ってきたのは、溢れんばかりに置かれている観葉植物の数々。

 それは、ガラス張りの天井から注ぐ太陽の光を浴びていて。


 目を、細める。


 そんな中。

 緑の中に一点、映えるように存在する車椅子。


 そこには、表情穏やかに座っている人物がいて。

 ハウルは、軽く頭を下げる。


 「お久しぶりです、………サリマン先生」


 そんな低く、静かな、それでいて度量のある声音に、車椅子の人物はやさしく微笑んだ。

 
 キィ、と車椅子が微かに音をたてる。

 そんな音を掻き消すかのように、ハウルの足音が部屋に響いて。


 カツン、と一歩。

 視線を、逸らさずに。


 「珍しいこともあるものね。あなたから訪ねてくるなんて」 


 そんなハウルの様子に、サリマンは静かにそう口にしてみせたのだった。