時間の呪文 −17− |
見事なまでに、植物の成長している温室。 それは、まるで森の中にでもいるような錯覚を起こすほど。 そんな中。 サリマンは車椅子に座ったまま、カツンと杖を床についた。 その音が、やけに響いて。 静かに、微笑む。 「あなたはあいかわらず元気そうね。安心しました」 その言葉に、今度はハウルが頭を軽く頭を下げる。 「先生もお変わりなさそうで何よりです」 そんなハウルの様子を見つつ、サリマンは傍に仕えていた小姓達に、席を外すようにと告げる。 すると、金色の髪を揺らしながら、小姓達は静かに部屋の奥へと消えていった。 それを確かめて、サリマンはハウルへとゆっくりと向き直る。 「………ここへ来た理由は分かってますよ」 その言葉に、ハウルは軽く笑みを浮かべてみせた。 そう。 この王宮内では、サリマンの力の及ばない所は、はっきり言ってゼロに等しい。 故に、王宮に足を踏み入れた時点で、ハウルの存在は分かっていたはずなのだ。 そして、おそらく書庫でのあの生徒とのやり取りを、手元にある水晶でも使って見ていたのだろう。 もちろん、ルーイの話をしていたことも筒抜けだと考えるのが妥当だ。 しかし。 そんなことは、ハウルには百も承知で。 というよりも、むしろその方が好都合だったのだ。 そう。 ここへ来た一番の目的は、書庫での調べ物でも何でもなく。 サリマン自身に、会いにきたのだから。 そして、その理由は。 「……ルーイのことを、聞きに来たのでしょう?」 そんなハウルの胸中を、言わずとも察するが辺り、さすがサリマンと言うべきか。 そう。 ハウルは、ルーイのことはサリマンに聞きに来るのが一番手っ取り早く、そして正確だと判断したのだ。 理由は、今のルーイの現状。 自分の心臓を狙って、家まで訪ねてきたルーイ。 その時に明らかに感じた、異常なほどの莫大な力。魔法力。 そして、その力が本来の自分の力ではなく、禍々しいものだとハウルは感づいた。 だからこそ王宮が、ルーイのことを放っておくわけがないと。 何かしらルーイのことを調べ、追っているのではないかと。 ハウルは、そう考えたのだ。 そう。 昔の自分と、荒地の魔女のときの様に。 「……………」 ハウルは、そんなサリマンの言葉に無言で答えてみせた。 それを肯定と受け取ったのか、サリマンは肘掛に軽く頬杖をついてみせながら溜息交じりに目を細めてみせる。 「確かに、ルーイのことは良く知っています。もともとそんなに力が無い子ではあったけれど、とても素直でいい子でした」 素直で。 聞き分けがよくて。 とても、優しい子。 サリマンは、まるで昔を懐かしむかの様に、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「あなたは知っていたかしら?あの子が、あなたにとても憧れの念を抱いていたことを。自分に力が無いぶん、力のあるものに魅力を感じる。自然の摂理とはそういうもの」 ふとサリマンは、温室の外へと目を向けた。 そのまま、目を細めて。 空が少し曇ってきたのだろうか。 庭に生えている木々が、影を落とす。 そんなサリマンの様子を見ながら、今度はハウルは口を開いた。 薄く、笑みを浮かべて。 「しかし先生。私がお見受けしたところ、ルーイに力が無いようには到底思えませんでしたが」 まるで遠まわしに「力なきルーイに、何故今あんな力が備わっているのか」と言わんばかりの台詞。 そんなハウルの言葉に、今度はサリマンが小さく微笑んだ。 昔から変わることの無い、その悪戯めいた笑みを含ませる青年の顔を見ながら。 そして、溜息をつく。 「………あの子があんな風になってしまったのは、学校を卒業して戦争が始まって直ぐくらいです。あの頃から、あの子は異様に『力』にこだわるようになった」 戦争。 その言葉に、ハウルはピクリと反応する。 そして、思い出す。 書庫で会った生徒の、ある言葉。 「……先ほど、ここの生徒から聞きました。ルーイは戦争で大切な人を亡くしたとか」 「……………」 その言葉に、サリマンは静かに目を伏せて。 しばらく目を閉じていたのだろう、やがてゆっくりと顔を上げた。 「………そうです。大切な人を守れなかった。だからあの子は力が欲しかった」 そんなサリマンの言葉を、ハウルは何も答えることなく聞いていて。 淡青の双眸が、微かに揺らぐ。 自分の力が無かったあまりに、彼女を失くしてしまった。 自分が、不甲斐ないばかりに。 ルーイは、そう考えたのだろう。 そして、異常なほどまでに力を求めた。 それがたとえ、自分の人生を狂わす力だったとしても。 自分の心を、失くしてしまう力だったとしても。 それほどまでに大切だった、愛しき人。 愛しき、存在。 「………そして力が欲しいばかりに、あの子は魔法使いにとって許されない罪を犯してしまった」 そのままサリマンが、言葉を続ける。 静かに、でも度量のある声音で。 そして、灰色の瞳をハウルへと向ける。 もう、あなたも分かっているでしょう。 まるでそう言わんばかりの、視線。 そんな視線に、ハウルは自嘲気味に口元に笑みを浮かべてみせた。 そう。 ルーイの莫大な力の源。 その源を、ハウル自身イヤというほど知っていたのだ。 その源とは。 夜の闇広がる、星の湖でのある契約。 「……そうです。あの子は、悪魔に心を売ってしまったのです」 呪いよりも強力な。 魔法使いの心臓を喰らって生きる―――――――小さき悪魔との、契約。 |