時間の呪文 −19− |
その頃、動く城では。 「カルシファー!」 バン!と派手に扉の開く音がしたかと思うと、息を切らせたソフィーが城の中へと駆け込んできた。 その声に、今の今まで眠そうな目をしていたカルシファーが、一気に目を見開く。 「ソフィー、驚かさないでくれよ」 おいらはデリケートなんだ。 そう言わんばかりに、カルシファーは暖炉から顔を覗かせた。 しかしソフィーは、そんなことお構いなしに、息を切らせたまま暖炉へと近づいていく。 外は雨が降っているのだろうか、ソフィーの歩いた靴跡が僅かに床に濡れ残る。 と、その時。 ソフィーの声と扉の音を聞きつけたのか、マルクルがキョトンとした表情を浮かべながら二階から降りてきた。 まるで、どうしたのと言わんばかりの表情で。 しかし今のソフィーには、そんなマルクルを構ってやれる余裕などなかったのだ。 そう。 今ソフィーの頭の中を、ほぼ占領しているのは。 「カルシファー。ルーイの呪いが、ううん……契約が何なのか分かったわ」 あの人と、同じだった。 愛しい、あの人と。 ソフィーは一つ息を呑み、それでいて真っ直ぐな視線をカルシファーへと向けた。 そんなソフィーの言葉に、表情に、カルシファーは一瞬驚いたような表情を見せて。 ふぅん、とぼやいてみせる。 対するマルクルも、驚きの表情を浮かべたまま、ようやく階段を降りきって。 そんなカルシファーとマルクルの様子に、ソフィーは真剣な眼差しを逸らさずに。 「……私、ルーイを助けたい。でも正直どうしたらいいか分からないの」 その言葉に、カルシファーは何とも言えないような表情を見せる。 嫌そうな、それでいて困ったような、そんな顔。 そんなカルシファーの表情の意図も読み取れないまま、ソフィーは静かに暖炉に近づいた。 「ソフィー……」 今まで黙っていたマルクルも、カルシファーに便乗するかのように、ぽつりと寂しそうに言葉を発して。 「お願いカルシファー、教えて。私はどうやってハウルの心臓を戻したのか、どうやってあなたとハウルを助けたのか……。自分でもよく分からないの。あの時は本当に無我夢中だったか……」 「前にハウルも言ってたけれど、あまり深入りしない方がいいと、おいらは思うぜ」 と、突然カルシファーが口を挟む。 まるで、ソフィーの言葉を、遮るかのように。 一瞬の、沈黙。 すると、そんな沈黙を破るかのようにマルクルがおずおずとソフィーに近づき。 スカートと、くぃっと引っ張る。 「ソフィー、ルーイさんのことそんなに心配?……………ハウルさんよりも、好きなの?」 「へっ?」 思わず、気の抜けた返事を返す。 今までの会話からは想像もつかないような、あまりに予想外で突拍子のない質問を突然投げかけられたものだから、一瞬頭がついてゆかずに。 ソフィーは、ぽかんと驚きの表情を見せた。 なんでここで「ハウル」? なんでここで「好き」??? とりあえず、そんなマルクルの質問に、一瞬止まりかけた思考を何とか動かして視線を僅かに下に動かす。 見るとマルクルは、不安そうな目をしていて。 何かを訴えるような、そんな眼差し。 「……………マルクル」 そんなマルクルの様子を見て、ソフィーは、ふと気がつく。 そう。 マルクルは普段、ソフィーとハウルがちょっとした喧嘩をするたびに必ずと言っていいほど仲介に入る。 二人が仲良くしてるときは、嬉しそうに笑う。 そしてそんな光景を見て、よく口にする。 『僕ら、家族だよね』 そして、ソフィーに抱きついてくる。 まるで初めて手にいれた「家族」を、精一杯愛するかのように。 きっと今回も、ソフィーがルーイの心配をするが故に、妙な勘違いでも起こしたのだろう。 ソフィーが、ルーイのもとへ行ってしまうのではないか。 今の「家族」の形が、無くなってしまうのではないか。 そう。はっきり言ってマルクルは、まだ幼いのだ。 幼いが故に、こういった考えが出てきてしまうのは仕方がないことなのだろう。 それに、まだ戦争をしていた頃、ソフィーの母親が自分を訪ねてきたときがあった。 あの時もマルクルは、今みたいな目をしながらソフィーに言ってきたのだ。 『ソフィー、行かないで』と。 小さな身体で、精一杯抱きついて。 そのことに、ソフィーは微笑みながら目を細める。 そしてそのまま、マルクルをそっと抱きしめた。 「違うわ、マルクル。確かにルーイのことは心配よ。でも、私が本当に心配しているのはハウルの方」 「え?ハウルさん?」 何で?? そんなソフィーの答えに、マルクルは首を僅かに傾げつつ答えを返し。 対するソフィーは小さく頷く。 「そう、ハウル。だから、あなたが心配するようなことは何も無いわ。大丈夫よ、だって私達は家族だもの」 ね? そして、マルクルの頭をひと撫でしつつ、ニコリと笑う。 そんな自分の頭を撫でる柔らかな手の平に安心しつつ、マルクルは満面の笑みを返した。 以前ソフィーが結んであげた腰カバンのリボンが、ゆらゆら揺れて。 それを確認して、ソフィーはカルシファーへと視線を移した。 迷いない、茶の双眸。 「……カルシファー、あなたが私に教えてくれたわ。ルーイが前にあなたを見て、もうハウルの心臓があなたに無いことに気がついてたって。それはそれで、何かを企んでいるようにしか見えなかったって」 パチパチと、カルシファーの薪を燃やす音が部屋に静かに響く。 「あぁ、言ったよ。少なくとも、おいらにはそう見えたね」 おいらの見る目は確かさ。 カルシファーは、そうぼやきつつ薪を抱きしめ直した。 「……………」 ルーイが何を企んでいるのか。 何故悪魔と契約を結んだのか。 そして、前にハウルを訪ねて動く城までやってきた理由はなんなのか。 心臓、魔力、膨大な魔法に関する知識。一体ハウルの何を狙ってきたのか。 分からない。分からないことだらけだけど。 一つだけ分かるのは、そんなルーイが弱ってきていること。 あんなに冷たい身体をして、にごった目をして。もしかしたら、あのままだともう長くないかもしれない。 そんな幼馴染を、みすみす見過ごすことも出来ないし。 でも、ハウルに何かするのではないかという不信感も、正直一杯で。 考えて、考えて。 考え抜いた結果。 「教えて、カルシファー。どうすれば、ルーイの心臓を戻せるのか……契約を解くことが出来るのか」 契約を解く=円満解決 といった、単純かつ根拠のない結論にしか、今のソフィーには辿りつくことが出来なかったのだ。 |