時の呪文
−3−






 「あ!」


 ソフィーとマルクルが夕飯の買い物に出かけてから、はや一時間。

 帰路につく途中で、マルクルが小さく声を上げた。


 「どうしたの?」


 思わずソフィーは歩く足を止めて、マルクルへと目を向けた。

 するとマルクルはマントのフード部分を脱いでから、ジャガイモやパン、卵などの入ったカゴを地面に置いて、何やら腰のあたりをいじりながらモゾモゾとしていて。

 ソフィーは何をしているのか確かめようと、そこに目線を合わせる為にしゃがみこんだ。


 「あ……」


 見ると、マルクルがいつも大事そうに付けている財布付きのベルトが切れてしまっている。

 よく見ると、後ろで止める金具のところが壊れてしまったようだ。
 

 「切れちゃった……」


 マルクルは、ポツリとそう呟いてからベルトの端を端を持ち上げた。 

 そして、壊れた金具部分を恨めしそうに眺める。


 そんなマルクルを見ていたソフィーは、少し考えてから何かを思いついたように両の手をパチンと合わせ鳴らした。


 「そうだ、マルクル。いいものがあるわ」

 「いいもの?」
 

 そう言って、ソフィーは左のポケットを何やら探り始める。

 そんなソフィーの行動を、マルクルは興味深げに見つめて。


 「あったわ。ほら、これ」


 中から出てきたのは―――――― ピンク色をした一本のリボン。

 
 「何?それ……」


 そのリボンを見ながら、マルクルは一度瞬きをした。

 そして、不思議そうな表情をしながらソフィーへと視線を移して。

 そんなマルクルの反応に、ソフィーは目を細めてみせる。


 「これはね、前に髪が長かった時に使っていたリボンなの。一本はカルシファーが食べちゃったんだけど、一本は残ってたから取っておいたのよ。今朝、洋服の整理をしていて見つけたの」


 ソフィーは、そう言いながらマルクルのベルトに手を伸ばした。


 壊れてしまった金具部分に、ピンクのリボンを通して。

 何とか、そのリボンでベルトと金具を繋ぎ結ぶ。

 
 しかし、なかなか上手には行かなくて。


 「んーー………」


 小さく唸りながらも、思わず真剣になる。

 そんなソフィーの手元を、マルクルは真剣に見つめる。


 再び金具にリボンを通して、結んでみせて。

 解けてしまって、またやり直して。

 
 それを何度か繰り返して、ようやく納得のいくように結びあがった。
  
 最後にソフィーは軽くベルトを引っ張ってみて外れないことを確認する。


 ふぅ、と一つ息をついて。


 「このリボンはマルクルにあげる。家に帰ったら、ハウルにちゃんと魔法で直してもらいましょう」


 ね?


 そう言って、ソフィーはニコリと笑って見せた。

 結び目から少しはみ出したリボンのはじが、風で静かに揺れる。


 するとマルクルは、そんなソフィーの笑顔とピンクのリボンを交互に見比べて。

 首を横に振ってみせた。


 「ううん、僕ハウルさんに直してもらわなくても、このままでいいや。ソフィーのリボンでいいよ」


 そう言って、本当に嬉しそうに笑い返した。 


 その言葉に、ソフィーは一瞬驚いた表情をみせる。

 
 茶色のベルトに、ピンクのリボン。

 何とも不恰好で貧乏くさく見えるのに。


 「………うん」


 そんなマルクルに、ソフィーは小さく頷いてから微笑んだ。
 そして、立ち上がる。

 スカートの裾についてしまった砂埃を、軽く何度かはらって。


 「帰りましょうか、みんなが待ってる」

 「うん!」


 マルクルは、ソフィーの言葉に気を取り直したようにマントをかぶり。

 地面に置いたカゴを、手に持った。


 「ソフィー、青バスが来てるよ!早く!」


 マルクルの言葉にソフィーが目線を先にのばすと、今まさに青バスが停留所に到着しようとするところで。

 あれを一本のがすと、30分はこないだろう。


 それを頭の中で確認すると同時に、あわてて二人は走り出したのだった。