時の呪文
−5−






 「ソフィー?……本当にソフィー?」


 ルーイは、驚いた表情をしたままソフィーに近づいた。

 そして一歩手前まで来て、ソフィーの顔をしばらく見つめたかと思うと、懐かしそうに目を細めてみせた。


 「やっぱりソフィーだ」


 そして、本当に嬉しそうに笑う。


 「え?……え?」


 訳が分からないのはソフィーである。


 思わず胸の前で拳を固く握って、後ずさりをする。

 そして、ルーイの顔をじっと見た。


 「……………」 


 少し細めの、自分より僅かに高い身長。

 深い、茶色の髪の毛。


 黒の、双眸。


 「あ………っ」


 ソフィーは、今の今まで消えかけていた昔の記憶が、一気に頭の中で弾けたのを感じた。

 と同時に、この青年の昔の面影も、記憶の中で鮮明に蘇り始める。


 そう。

 私、知ってる。


 この笑顔。

 この、雰囲気。


 これは。


 「ルーイ……っ?!」 

  
 
 遠い―――――――――昔の記憶。











 一方ハウルは。

 暖炉の椅子に座りながら、ただ無言で二人を見ていることしか出来なかった。


 ソフィーを見て、驚き喜んでいるルーイと。

 今だ信じられないといった表情をしているソフィー。


 そしてソフィーがルーイに向けて、笑う。 


 懐かしそうに。

 嬉しそうに。


 そして、そんな表情を見せているソフィーを見て、ハウルは無意識に自分の目尻が上がっていくのを感じた。

 
 今まで生きてきた中で、感じたことが無いほどの、この感情。 

 この苛立ち。


 ハウルは、音もたてずに椅子から立ち上がると、入口の所で話し込んでいるソフィーとルーイの方へと足を向けた。

 静かに、それでいて歩巾は大きく踏み出して。 


 二人の所まで、来る。


 次の瞬間。

 ハウルは、入り口の段差に付いている鉄柵に、二人の間を割って入るかのように手をかけた。

 ソフィーとルーイ。そしてその間にハウル。
 「ハっハウル?!」


 あまりに突然のことに驚いたのか、ソフィーが小さく声を上げた。

 しかし、今はあえて無視をする。

 そしてそのままルーイの方へと視線を伸ばした。


 「……で?いいかげん君の用件は何?」

 
 そう言葉にしながら、ハウルは青の双眸にルーイを映す。   

 口では微笑んでいるものの、目は冷たく鋭いもので。


 一瞬、ルーイが息を呑むのが分かった。


 しかし。

 すぐにルーイは、いつもの様に明るく笑って。

 一歩、下がる。


 「いえ、今日はいいです。また日を改めてお伺いします。……でもソフィー、本当に驚いたよ。どうして君がハウルさんの家に?」


 思いがけず、突然核心をつかれたソフィーは、一瞬言葉に詰まる。

 そして、みるみるうちに顔を赤く染めだしたかと思うと顔を俯かせた。


 「あ、うん……。その……えっと……」


 そんな態度をみせるソフィーに、ルーイは何かを感じ取ったのか「あぁ」と口にしてみせた。

 そして、微笑んでみせる。


 「そっかぁ」


 何が「そっかぁ」なのか分からないが、とりあえずソフィーは顔を赤くしながら頷いて見せた。

 そしてルーイに、ぎこちなく笑い返す。


 するとルーイは、ハウルとソフィーの横を通り過ぎて入り口の扉へと向かった。

 そのまま取手に、手をかける。

  
 くるり、と振り向いてこちら側を見て。


 「また来ます。ハウルさんお話はその時に。………それとソフィー」
 
 「え?」


 ハウルの横で、そう聞き返してくるソフィーを見ながら、ルーイは再び目を細めて見せた。

 どこか懐かしそうに、小さく呟く。


 「髪、染めたんだね。前の赤錆色、きれいだったのに……」

  
 その言葉に、ソフィーは一瞬言葉をつまらせて。

 対するハウルは、微かにだが睨むような視線を向ける。


 「…………」


 すると、しばらく黙っていたソフィーが、一度深呼吸をした。

 そして、柔らかな表情で呟く。


 「……うん。でもね、私は今の髪の色の方が好きなの」


 そう言いながら、本当に穏やかな表情をして。


 そんな表情のソフィーを見て、ルーイは「そう」と呟いた。

 そして、今度こそ扉の取手をひねりドアを開ける。


 ドアの隙間から、外の眩しい日の光が差し込んで。


 「それじゃあ、今日は失礼します。またね、ソフィー」


 そう言って、ルーイは外へと出て行った。

 扉の閉まる音が、部屋の中に異常に大きく響いて。


 部屋の中が、シンと静まりかえる。



 しかし、とりあえずは。

 一難去ったのを確認したのか、まず大きな溜息をついたのはハウルでもソフィーでもなく。

 この一部始終を始めから見ていた、カルシファーだったのだ。