〜 Egypt 〜

●2000年10月 エジプト旅行記

第二日目(其の二) ギザの3大ピラミッド

 「ほらピラミッドが見えるぞ」。アフマドの言葉に僕等は俄に興奮を覚えた。「えっどこどこ?」。車は町中を走っており、前方のビルの上辺を見渡してもピラミッドらしきものは無い。「ほら、あそこにあるじゃないか」。アフマドの指す方向に目を凝らすと、はたしてそこには確かにあの世界で最も有名な三つの三角形が並んでいた。しかしその姿はまだ遠く、ビルと同じくらいの高さしかないので分からなかったのだ。頭の中にあるあの巨大なイメージからするとビルの合間に見え隠れするピラミッド達はなんとも可愛らしい感じだったが、僕と末ちゃんは後部座席で子供のようにはしゃいだ。「来たーっ!とうとう来たよ本物のピラミッドだよ〜」。旅行慣れした日本人と言えども、やはり直にあのピラミッドを見るというのは格別 の感慨がある。

  いよいよピラミッドの間近まで来ると車は(何故か)大通りを外れ、細い路地に入って行った。ピラミッドの脇にある普通 の町の広場の様な場所まで来て、アフマドは車を停めた。ハテ、世界的観光地の入口にしては大型観光バスも停まっていないし、いやに寂れた場所だ。いるのは地元の人間ばかりで、観光客の姿は見当たらない。またしても嫌な予感がする。僕等を車から降ろしてアフマドが当然の事のように「よし、ここからはラクダに乗れ」と言う。さっきからどうも臭いなと思っていたら、広場の真ん中に数頭のラクダが繋がれている。僕等はラクダに乗ることなど考えてもいなかったので、まさに虚を突かれてしまった。人間思いがけないことを急にオファーされると、なかなか毅然と拒否できないものだ。辺りを見回しても他の選択肢もありそうにもない(前もってちゃんと調べておけば、すぐ近くに正式のピラミッド入口があることが分かったのだが)。聞けば当然の如くラクダは別 料金で一人80ポンド、決して安くはないがこれにはピラミッドの入場料も入っているという。かなり迷ったがラクダに乗ってみたい気持ちもあって、またしてもアフマドの思惑通 りに僕等はラクダを借りる契約をしてしまった。アフマドとはここでいったん別れ、ここからはラクダの御者の男と助手の男の子(12歳くらいだろうか)に世話になることになった。僕等は当然一人につき一頭借りれるものと思っていたがラクダの御者の所に行ってみると、なんと僕等が使うのはラクダ一頭とショボくれた馬が一頭だと言う。ラクダは交代交代で乗るとのこと。ヤラれた、と気づいても後の祭り。もう金は払ってしまった。ちなみにラクダを牽く御者は元気そうな白馬に乗っていた。

  釈然としない気持ちを抱えつつも、いざラクダに乗ると面白くてそんなことは忘れてしまった。ラクダに乗ったことのある方なら御存知だろうが、ラクダのコブの上はかなり高い。馬の1.5倍位 の高さがあるだろうか、結構コワい。落ちたらタダでは済まなさそうなので、落ちないように気を張っていなくてはならない。しかもコブの上に布を掛けただけの鞍なので、しばらく乗っているとお尻が痛くなってくる。ラクダに揺られて町を抜けるとすぐそこには砂漠がひろがっていて、ピラミッドは砂丘の向こうにその偉容を現している。これこそピラミッド、これこそエジプト、早くも訪れた旅行のハイライトに僕等はちょっとハイになっている。しかし何故か僕等の一行はまっすぐにピラミッドへは向かわずに、反対方向の何も無い砂漠にむかってトボトボと歩みを進めていく。まぁいい、ラクダに乗って砂漠からピラミッドをのんびり眺めるなんて最高じゃないか。そう思った僕がこのラクダ・キャラバンのからくりに気づいたのは、一行がかなり遠回りしてピラミッドの背後に回り込み、ラクダの御者が警備の警官に袖の下をこっそり渡しているのを見たときだった。つまりこういうことだ。ギザの3大ピラミッドの周囲は“ピラミッド地区”という観光エリアになっていて、その中に入るには正面 ゲートで入場料20ポンドを払わないといけない。 このラクダ・ツアーは周囲を警備する警官に幾ばくかの金を握らせ、こっそり裏口からエリアに入れて貰うわけだ。80ポンドにピラミッド入場料が含まれているというのは、こういうことだったのだ。なかば呆れてしまったが、一旦エリアに入ってしまえばこんな目立つ生き物に乗って堂々と観光できるのだから、きっと暗黙の了解があるのだろう。エリア内に入ると何処からかエジプト人のおじさんが僕等に栓を抜いたコーラの瓶を差し出した。「要らないよ」と言うと「金は要らない」とでも言うような手振りで、強引にコーラの瓶を僕に握らせて去っていってしまった。無事にピラミッド・エリアに入れたお祝いだろうか、あるいはこのラクダ・ツアーに元々付いているサービスかと思い、大して欲しくはなかったが折角だからコーラを飲み干した。完全に気が抜けて生温い。しかも空瓶をピラミッドに捨てるわけにもいかないので、結局ずっとこの空瓶を持ち歩くことになった。

  3大ピラミッドの中で最も大きく有名なのが“クフ王のピラミッド”だ。ラクダを少し離れた場所に停め、僕と末ちゃんはピラミッド内部に入るためのチケットを買いに販売所へ向かった。これはエリア入場料の倍で40ポンドもする。これはラクダ屋に払った80ポンドには含まれないらしい。全くどこまでもうまくできている。警官への賄賂なんてたかが知れてるから、結局僕等はラクダ一頭のチャーター代に160ポンドも払ったことになる。しかも、この“クフ王のピラミッド”の内部に入れる人数には一日当たりの上限があるのだが、遠回りをしてきたせいで危うくその制限にひっかかる所だった。チケット売り場で僕等の少し後に並んでいた人たちは、どうやら入れなかったようだ。もしこれで内部に入れないなんてことになっていたら、僕等の怒りはアフマドに向かっただろうが、例えギリギリでもそうはならない所が向こうの手練れなのかも知れない。チケットをなんとか手に入れた僕等は改めて目の前の信じがたいほど巨大な建造物をまじまじと眺めた。よくピラミッドは宇宙人が造ったなんていう俗説があるが、目の当たりにするとその俗説を支持したくなってしまう。これを人間が造ったと言う方が無理だろう。しばらく外からピラミッドを眺め、数段登ったりしてから、僕等はとうとう内部に足を踏み入れた。

  僕等は盗掘者が掘った狭い通路を中腰でしばらく進んだ後、突然巨大な空間に出た。これが有名な“大回廊”だ。ここに至って僕は“ピラミッド宇宙人建設説”をほとんど確信したくなった。正確な形に切り出された巨大な石が寸分の隙間も無く組み合わされて出来たこの空間は、まるでSF映画に出てくる異星人の宮殿のようだ。こんなものを人間が、しかも4500年以上昔に造ったなんてほうが余程“珍説”じゃないだろうか。ピラミッドの中は大勢の観光客の体温と汗でとても蒸し暑いのだが、それに加えて何とも言えない圧迫感がある。頭上に何万トンもの石が積まれているせいか、非常に空気に圧力を感じる。何万もの石がせめぎ合っているかのような“地鳴り”も、幽かにずーっと聞こえる。ナポレオンはたった一人でピラミッドの中で一晩過ごしたというが、本当だとしたらすごい度胸だ。こんな人知を超えた異空間に独りで入ったら、ほんの数十分で気がおかしくなりそうだ。“大回廊”は明らかに何らかの機能を備えた形状をしている。かつてこれが正常に機能したとしたら、それは一体どんな機能で、どんな風に作動し、何を引き起こすための装置だったのか。吉村教授でも誰でもいいから、僕の生きている間にピラミッドの謎を解いて欲しい(まず、ムリだろうが)。“大回廊”を抜けた先にある“王の玄室”や“女王の部屋”は、“大回廊”に比べるとつまらない、ピラミッド建築時に使われた資材置き場なんじゃないかと思わせるくらい簡素な空間だ。一説に依ればこの部屋は本当の玄室を隠すための囮だそうだが、それも頷けるような気合いのない造形だ。しかし“王の玄室”の一方の壁には“大回廊”の形そっくりの窪みがある。そして有名な、決まった期日にオリオン座が見えるという換気口もある。う〜ん、こういうのをロマンって言うんでしょうか。男って幾つになってもこういうのが好きなんですね・・。

  ピラミッドの暗闇から出ると、日は少し傾きギザの街を白く輝かせている。「なんかスゴイものを見た」という興奮で、頭がボーッとしてしまっている。遺跡・名所の中には訪れても意外と感動できない所もままあるが、ここはそんな心配は無用だ。首根っこを捕まえて捻り伏せるような、有無を言わさず感動させるパワーがある。これから先ピラミッド以上にインパクトのある遺跡には巡り会えないんじゃないかと、つい要らぬ 心配までしてしまう位だ。 僕等はラクダのところに戻り、今度はピラミッド観光には文字通 り“付き物”のスフィンクスへ向かった。

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