Bringing It All Back Home Bob Dylan
Bringing It All Back Home
■革命的な人
 僕は日本ハムの新庄選手があまり好きではありません。彼はプロ野球を盛り上げようと思っていろんなことをやってるらしいけど、僕からみたらどうでもいいようなことしかやってない気がします。虹色のバットとか襟付きアンダーシャツとか正直どうでもいいです。まぁそういう話題性の強いことを彼がすることによって、新しい野球ファンが増えるのならいいことなのかもしれませんから別に否定もしませんけど、僕は興味ありません。
 僕が思うに新庄は観客を意識し過ぎだと思います。ファンを大事にするのはいいことだと思いますけど、変に意識し過ぎるのはちょっと違うような気がしますねぇ。スポーツを観てなんで感動するかというと、その選手が持てる力をすべてだしてすごいプレイを見せてくれるからで、その瞬間はやはり選手は自分のためにプレイしてると思います。そして凄いプレイができるようにトレーニングしてるその時も。だからファンは熱狂するのではないでしょうか?
 まぁ新庄はそれなりに実績もあるし、プレイでも魅せてくれます。そんな選手がおかしなことをするから、彼の行為もそれなりに認められてるのかもしれませんが…。どうせならホームラン性の当たりをグラブを放り投げてキャッチするとか、打球にバックスピンをかけて、捕球しようとした瞬間ボールがバックしていくとか、プレイ上で魅せてくれるトリッキーなら僕も大歓迎、彼のファンになるかもしれません。
 プロテスト・フォーク・シンガーとして認識されていたボブ・ディランが、バックにバンドを配してロック的サウンドを聴かせた(レコード時代はA面のみ)「ブリング・イット・オール・バック・ホーム」は、当時のフォーク・ファンからはかなりの批判を受けたらしいです。その年のニュー・ポート・フォーク・フェスティバルではバンド・スタイルで演奏するディランをファンが野次り倒し、一度引っ込んだディランがアコースティックギター一本を持ってステージにもどり、「イッツ・オールオーバー・ナウ・ベイビーブルー」を涙をうかべながら歌ったという逸話もあるくらいです。
 今聴いても何の違和感もなくカッコいい音楽として普通に聴くことができますが、当時としてはディランがエレキ・サウンドを用いるということが、ものすごく衝撃的だったようです。もともと学生時代からロックンロールをやっていたディランにとっては、自分の表現としてロック的アプローチをすることは自然なことだったのですが、当時のフォークファンには、それが理解できなかったのでしょう。結果このアルバムは、この次に半年もしないうちに全編ロック・サウンドで発表された「追憶のハイウェイ61」と並んでロックの歴史に残る名盤として名を残すことになりました。
 ときにはファンを裏切ってでも自分の表現を追求することがアーティストにとっては大事なことなのかもしれません。

 さて新庄はすごい人なのか、ただの変な人なのか?もしかしたら新庄が理解できない僕は1965年当時の「頭の堅いフォーク・ファン」なのかも?
リリース 1965 Infidels
おすすめ曲 Subterranean Homesick Blues
これも聴くべき!!
Bob Dylan / Infidels
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