※仁王柳生の28のお題より
午前の授業が終わり、昼食をとる生徒達でざわつく教室。
その中で、一際高い嬌声が響き、柳生は呆れたように息を吐いた。
彼女達が声を上げる原因は、見なくてもわかる。
彼が、来たからだ。
ズルズルと踵を潰した上履きを引き摺らせて、彼が近寄ってくる。
銀髪を無造作にまとめ、軽くゴムで結わえた長めの後ろ髪がうなじで揺れる。
切れ長の瞳を細めて、一癖ありそうな笑みを浮かべる彼―仁王雅治。
仁王が頻繁にココを訪れるようになったのは、いつからだろうか?と、柳生は思い返す。
元々は、百名を超えると言われる立海テニス部に所属している、というだけの共通点。
上級生が引退し、二年生になって柳生はレギュラーに抜擢された。
そこで、新部長の幸村からダブルスを組むようにと言い渡されたのが、仁王だった。
それまでは、クラスも委員も別な仁王と、話をするきっかけすらなかった。
外見からしても、品行方正と言われる柳生と、まったくくだけている仁王とでは、接点などありえない。
誰しもがそう思ったし、柳生自身もその通りだと思っていた。
それが、どうだろう。
ダブルスを組んだ当初はお互いに反発し、ガラにも無く声を荒げたことも一度では済まない。
もっとも、いくら柳生が声を荒げようと、仁王はマイペースに受け流すだけ。
その態度が余計に柳生をイラつかせる。
幸村のことは信頼しているが、この采配だけは間違いなのではと考えたこともあった。
だが、仁王の持つ自由奔放で感覚的なプレイには、柳生も一目置いていた。
自分とはまったく正反対な彼のプレイは、参考にすべき点もある。
それに気付いた時、柳生はすんなりと仁王を受け入れ、今ではコンビプレイをこなせるまでになった。
結局、柳生は彼を認めているのだ。
二人のダブルスがなんとかサマになってきた頃から、仁王は休み時間の度に柳生のクラスを訪れるようになった。
最初は、教室の入り口辺りで、近くの女生徒に声をかけながら。
女生徒達の弾けるような笑い声の合間に、聞き覚えのある独特の言葉が聞こえ、柳生は本を読む手を止めてそちらへ視線を向けた。
そこには、数人の女生徒に囲まれながら、じっと柳生を見つめている、仁王の姿。
視線が合ったのを確認すると、ゆっくりと唇に笑みを乗せ、仁王は笑う。
その笑顔が、どこか自分を試しているように思えて、柳生はふと視線を逸らせた。
そのまま見つめていると、今までの自分が変わってしまいそうで…変化の兆しが怖かったから。
だから、視線を逸らせた後の仁王の表情が、いつに無く真剣みを帯びていたのを、柳生が知るはずも無かった。
その後もずっと、仁王は余程のことが無い限り、柳生のクラスを訪れている。
相変わらず女生徒達と話しながら、視線だけが自分を捉えているのを、柳生は肌で感じていた。
特定の気になる女子がこのクラスにいるのだと思っていたが、誰とでも親しげに言葉を交わしている彼からは、その人物を感じられない。
徐々に近付いてくる、彼との距離。
近付くにつれて、強く感じる、彼の視線。
特に用事がなければ席を立つことのない柳生だが、彼の視線を感じる度に居た堪れなくなり、ココから飛び出して行きたい衝動に駆られた。
何度も同じ行を繰り返し目で追っている小説は、まるで頭の中に入らない。
もう、このクラスの女子には一通り声をかけたのではないかと思うほど、仁王はクラスに馴染んでいる。
最近では、仁王に声をかけてもらおうと入り口辺りで待っていたり、他のクラスの女子までが仁王目当てでこのクラスに集まるほどだ。
そして、いつものように訪れた仁王は、待っていた女生徒達をさらりとかわし、真っ直ぐに窓際の席へと歩み寄った。
「よぉ、柳生。もう、メシは喰ったんか?」
どっかりと、自分の席であるかのように前の席に腰を下ろした仁王は、気だるそうに髪をかきあげる。
「はい、頂きました。あなたは、どうなんです?」
「オレは、適当にやっとるから、ええんよ。」
「食事はキチンと摂っておかないと、部活の時に辛いですよ。」
「ハイ、ハイ。」と、気の無い返事の仁王に、柳生は溜め息を零す。
どうにも、彼の意図するものが理解出来ない。
「それで、何か私に用ですか?仁王君。」
「…別に。何もなかよ。」
「では何故、このクラスに?そもそも、どうして休み時間の度に他所のクラスに来るんですか。」
「気に…なるんか?」
仁王の瞳に強い光が宿るのを感じ、一瞬、その瞳に惹き付けられた。
だが、それを気取られまいと、柳生は手元の本へと意識を向けた。
自分は、気にしてるんだろうか…だとしたら、何に?
仁王の問いかけに、ふと、あの視線を感じる度に込み上げる感情の意味を考えていた。
「オレは、意味の無いことはせんよ。」
「は?」
「オレの行動には、意味がある。」
「…では、ここ最近のあなたの行動にも、意味はあると?」
唐突に告げられた仁王の言葉に、柳生は途惑いながらも、興味を持った。
彼のこの行動の意味がわかれば、自分の中の言い知れない感情の理由も明らかになるのではと。
「ここに来て、女子連中と馴染みになるのは、伏線にすぎん。」
「…伏線……?」
「そうじゃ…オレが違和感無くここにいるための、ただの手段。」
その目論見は、見事に成功したと言えるだろう。
もう誰もが、仁王がここにいることを、当然のように思っていた。
「何故、あなたが、ここに……。」
その言葉に、仁王は口角を上げて、悪戯っぽい笑顔を作る。
だが、標的に狙いを定めた狙撃手を思わせる瞳は、輝きを失ってはいない。
柳生の机で頬杖を付いた仁王の顔が、ふいに距離を詰めた。
「オレの、ポジションは、誰にも渡さん。」
少しでも身じろげば頬に触れてしまうほど唇を寄せて、仁王は耳元でそう囁いた。
お題配布サイト様 ■仁王柳生の28のお題■
END
<2007.2.10>
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