山陰旅行 足立美術館と天橋立・出雲大社正式参拝の旅

2008年7月21日〜7月23日

姫路城・松江 堀川めぐり・出雲大社・足立美術館

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2008年7月21日

ツアーは東京駅発ですが、私たちは新横浜駅からの途中乗車です。
新幹線と言えば駅弁!今回も新幹線に乗り込む前にしっかり駅弁を買いました。今日の駅弁は「深川めし」「横濱オムライス」です。
7時16分発こだま533号へ乗り込みます。行きはグリーン車で座席もゆったりしていますが、何せ「こだま」なので新大阪までは約4時間の旅になります。
午前10時53分に新大阪駅に到着し、バスに乗り換えます。今回のツアーは人数がかなり集まったらしく、1号車2号車の2台のバスで移動します。私たちは2号車でした。
バスに揺られて約2時間で『姫路城』に到着します。

『姫路城』を見学する前に昼食タイムがありました。
ツアーご指定のお店は「高田の馬場」で2台のバスの旅行客は一気に「高田の馬場」へ。。。ところが、注文した物がなかなか出てこない。暫くすると、私たちの隣の観光客も痺れを切らして注文品の催促をしましたが「順番にできますので。」との店員の答え。しかし、後に注文したはずの向こうのお客さんにはもう品物が出ていたり、持ってきた物が注文したものと違ったり、しまいには物を持ってきた(実際には注文した物ではなくても「時間がないのでそれでいい」と言って受け取った)後に改めて注文取ってるなんていう奇妙な状況になっていました。
私たちも例外ではなく、たろが注文した「他人丼」はとりあえず来たのですが、せーこが注文した「ざるうどん」はなかなか来ません。もちろん、催促しました。
お客さんは私たちのツアーばかりでなく他にもいたので、かなりの人数が一気に入ってきた事で店員はパニック状態になってしまったようです。とは言え、それも仕事なので対応できないのであれば、ツアーの受け入れを受けるべきではないです。
結局、集合時間ぎりぎりまで昼食が来なくて集合時間に間に合わなくなってしまった人も出てしまいました。
一応、全員が揃ったところで『姫路城』の入場口まで行き、そこからは集合時間までは自由行動です。
来る時のバスガイドさんからの説明もあったので、効率よく城内を見学する事ができました。
『姫路城』
播磨の守護職赤松則村が元弘3年(1333年)ここに砦を築き、天正8年(1580年)羽柴秀吉が西国攻略の根拠地として入城し、翌年3層の天守閣を完成させました。
慶長6年(1601年)から8年の歳月を費やして南の外濠を現在のJR山陽線附近とする大きな規模に城域を拡張し、姫山に5層7階の天守を築きました。
池田氏3代のあと入封した本多忠政(15万石)は、長男忠刻とその室千姫(徳川秀忠の長女)のために、西の丸を整備して、元和4年(1618年)今日に見る姫路城の全容を整えました。その後、城主は松平氏、榊原氏と変わり、酒井氏が寛延2年(1749年)入封して明治維新を迎えました。
現在、大天守と三つの小天守、これらを結ぶ渡櫓(以上「国宝」)をはじめ、化粧櫓など櫓27棟、門15棟、土塀約1000m(以上「重要文化財」)の建造物と、内濠・中濠の大部分が残っており、中濠以内は特別史跡に指定されています。
空に向かって建ち並ぶ天守群と白く美しい白壁の広がり、天を舞う白鷺のように見える事から、「白鷺城」(はくろじょう)とも言われます。

ちなみに、『姫路城』以外の国宝の城には「松本城」(長野県)、「犬山城」(愛知県)、「彦根城」(滋賀県)があります。
お菊井戸
「播州皿屋敷」は、お家のっとりの企てを女中お菊が知り、城主の難を救ったが、家老はそれをうらみ家宝の皿一枚を隠してお菊を責め、井戸に投げ込んだという有名なお話です。
宿泊:皆生温泉(芙蓉別館)
2008年7月22日
今日はまず日本一大きな「ゲゲゲの鬼太郎の像」がある「大漁市場なかうら」へ行ってお買い物です。
この大きな鬼太郎の像は『がいな鬼太郎』(身長7.7m、体重約90トン)と命名されました。『がいな』とはこの地の方言で「大きい」を意味します。
この『がいな鬼太郎』に会うと”成長し大物になれる”らしいです。写真には写っていませんが、実は地面にはいったんもんめが飛んでいました。
そして、建物の中には「ねずみ男の等身大像」(身長の172cm、体重約685Kg)もあります。
このねずみ男と握手をしたら、”魚のように世の中を上手に泳げるようになるかも!?”

「大漁市場なかうら」で買い物をした後は、松江市内の自由観光です。

私たちは『堀川めぐり』(遊覧船で堀を回ります)に参加しました。
全長約3.7Km、遊覧時間は約50分です。(1,000円/人:団体金額)
遊覧船では番頭さんが要所要所の説明をしてくれます。
遊覧船でいくつもの橋を潜り抜けます。高さの低い橋では遊覧船の屋根が下がって、起き上がる事ができなくなります。特にたろのように太目は要注意!(笑)
また、幅が遊覧船とほとんど変わらない橋下を通ることもあります。遊覧船から手足を出してはいけません!

遊覧船からはあおサギカメ白鳥なども見られます。あおサギは置物ではないかと思うほど微動だにしませんが、時折動いて生きている事を教えてくれます。

遊覧船の『堀川めぐり』も終わりに近づくとやっと『松江城』が見えてきます。
ちなみに今回のツアーでは、『松江城』まで行って見るだけの自由時間はありませんでした。
『松江城』
松江市ののシンボルで、松江開府の祖堀尾吉晴公が慶長12年(1607年)から5年の歳月をかけて、慶長16年(1611年)に築城しました。
千鳥が羽根を広げたように見える千鳥破風の屋根から、別名「千鳥城」とも呼ばれます。
山陰地方で唯一現存する天守閣は黒塗りの下見板で覆われています。
最上階の望楼から360度にわたって見降ろす街並みの眺めは圧巻です。園内は桜やツツジの名所で、桜の時期には「お城まつり」が開催され、多くの観光客で賑わいます。

松江市内散策が終わると、大イベントである「出雲大社正式参拝」に向かいます。

今年は60年に一度「遷宮」の年です。
「遷宮」
とは、神社の建築は土台の上に柱を建てるのではなく、木の柱を地中深く埋めて造るので、何年かに一度は造り直すことが必要だそうです。その為、出雲大社は60年に一度(ただし正確に60年ごとではなく、よき年よき日を選んでということらしい)お宮を造り変えます。
仮のお宮に神様をお遷(うつ)しする前に清祓式(きよはらえ)を行い本殿の前の仮殿に引っ越しをされました。

通常参拝では拝殿前での参拝になりますが、今回は拝殿北側の八足門(やつあしもん)をくぐり、国宝の本殿前までお近づきさせて頂けます。
陰暦の10月を「神無月」と言いますが、全国の神々がみな出雲大社に集まり、国々では神様が留守になるので、昔から10月を「神無月」と言うのだと言います。そこで出雲では全国の神々が来られるからこの月を「神有(在)月」と呼んでいるのだそうです。
「出雲大社正式参拝」を終えて昼食に「鯛めし」をいただいて、次は『足立美術館』に移動です。
この美術館は横山大観の作品が130点もあり、質・量とも日本一を誇っています。横山大観特別展示室では、季節の移ろいや一定のテーマに合わせ、年4回展示替えを行い、収蔵品の中から常時20点前後の展示公開をしています。
『足立美術館』の一番の見所は季節ごと変化する「庭園」です。
窓は館内から見ると額縁の様に作られているものも多く、額に飾られた様々な「庭園」を見る事ができます。

本日の最後は『お菓子の寿城』です。
寿城と言っても、別に国宝でも何でもありません。。。。色々なお菓子が売っている所です。
実は、食いしん坊のたろとせーこは『お菓子の寿城』は楽しみにしてた所の一つです。何と言っても、ここでしか買えないお菓子があると言うではありませんか!!しかも、試食し放題?!
しかし、比較的賞味期限が短い物が多く、帰るのが明後日の私たちは美味しそうなケーキやお菓子を断念する事となってしまいました。(泣)
しかしながら、夕方になって少々小腹が空いた時間・・・2周くらい試食するとけっこうお腹がきつくなります。(笑)
宿泊:羽合温泉(望湖楼)
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